第109話
翌日、ナガタニはオリネオの町で冒険者登録をするため、道場を休む事となった。
ゾエで冒険者として働いてもいたので、活動拠点の書き換えだけである。
道場を休むのは、町を案内してもらう為で―――
「なんで俺だけ歩きなんだよ」
「仕方ねえだろ。あんたみてえなの乗せれる馬なんて、いねえって」
マスダも一緒である。
しかも案内役がカゲミツである。
ナガタニはカゲミツと馬を並べ、肩をすくめるばかり。
「それとな、運が良ければ、冒険者ギルドで遊んでいける」
「何かあんのか」
「アブソルート流の使い手が、冒険者の指導に来るんだ」
「えっ」
ナガタニが顔を上げた。
「マサヒデが居た頃は、マサヒデやカオルさん、シズクさんが指導やってた。マサヒデが町を出る時、そのアブソルート流の使い手に、後をお願いしたってわけだ」
「と言うと、相当のお方ですか」
カゲミツがにやっと笑って、ナガタニ、マスダと見て、
「そりゃあそうさ。俺の師匠の息子さんだからな」
「えっ!」「何だと!」
カゲミツがおかしそうに笑って、馬の頭をわしわし撫でる。
「ははは! 道場がちょっと遠いから、毎日ってわけじゃねえけど、ちょいちょい来てるし、冒険者も2、3人その息子さんの道場に入った。勿論、うちにも来たけど」
「カゲミツ先生よ、どのくらい強いんだ」
「ちょい前のマサヒデと比べてで良いか。ここに居た頃のマサヒデ」
「ああ」
「んー! そうだな、どっこいか、ちょい強いくらいだ」
「なんと!?」「そりゃあまた!」
ナガタニは驚き、マスダは喜びの声を上げる。
「最近は見てねえが・・・どんくらい腕上げたかな。うん、マスダさんとは、かなり良い勝負するくらいになってると思う。ナタノスケは8、2くらいじゃねえか」
「そうか!」
「して、その御方の名は」
「ジロウ。ジロウ=シュウサン」
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そしてオリネオの町、冒険者ギルド前。
カゲミツとナガタニが繋ぎ場に馬を止めている。
そして、マスダは『暴力』を絵に書いたような笑みを浮かべ、入口で仁王立ち。
ロビーはしんと静まり返って、皆がマスダに目を向けては、すっと目を逸らす。
「マスダさんよう・・・頼むぜ」
「何を」
「あんまビビらすなって。ほら、皆、あんた見てビビってんだろ」
「仕方ねえだろ。でかいのは生まれつきなんだ」
「顔だよ、顔」
「仕方ねえだろ。虎族なんだから・・・」
「そうじゃなくてな。まあいいや」
マスダを連れ、カゲミツが入って行って、受付を覗き込む。
「おーい」
「ひいっ!」
頭を抱えて震えていた受付嬢が声を上げた。
ふ、とカゲミツが苦笑して、
「大丈夫。俺々。カーゲーミーツ!」
「カゲミツ様!? 助けて!」
「いや、あれ、うちの師範代だから。顔が怖いだけで、面白い奴だから」
すすす・・・と目を向けると、恐ろしい顔の虎族。でかい!
「ひ、ひひひ」
「何もしねえって」
「ははあ、はあ、はい・・・」
目を合わせないように、おずおずと受付嬢が立って、椅子に座る。
カゲミツはどっかりと受付に肘を乗せ、にっこり笑った。
「あのさ、今日、ジロウさん来てる?」
「いえ、来る予定ですけど、まだ」
「なあんだよ!」
ふはあ、とマスダが息をついて、がっくりと首を落とした。
まあまあ、とカゲミツがマスダの腕を叩く。
「後で来るって言ってるじゃねえか。軽く町回ってからまた来ようぜ」
「うーん」
「ナタノスケ。手続き済ませろ。向かいがマサヒデの嫁の家。俺ら待ってるから」
「嫁? マサヒデ殿の奥方ですか?」
マサヒデの嫁はクレール、レイシクランだから、家は魔の国では?
「クレールさんは2番目だから。第一夫人の家」
「は!?」
「じゃ。マスダさん、行こうぜ。サン落雁あるかな」
「はいよ」
驚くナガタニを置いて、カゲミツとマスダは出て行ってしまった。
2人は「マツさーん」と声を掛け、向かいの平屋に入って行く。
「ん・・・おほん! 失礼しました」
「あ、は、ははい!」
ん、ん! と受付嬢も居住まいを正す。
「手前、ナタノスケ=ナガタニ。ゾエのウスケシで冒険者活動をしていました。しばらくトミヤス村に住むことになりましたので、こちらに所属を変えたいのです」
「あ、はい! 分かりました!」
ナガタニが冒険者免許証を出すと、あっ! と受付嬢が声を上げた。
枠が茶色!
「茶帯ですか!」
「ええ、まあ」
「すごい! Bランク上級ですね! 即戦力です!」
「や、トミヤス道場で指導員になりましたので、そうしょっちゅう顔は出せないと思うのですが」
「ええーっ! 指導員! トミヤス道場の!」
「恥ずかしながら・・・あ、先程の虎族の方、マスダ先生。あの方も、最近、師範代になられたそうで」
ちら、と受付嬢が向かいの魔術師協会に目を向ける。
「えー・・・怖いですけど・・・」
「実力は折り紙付きですね。凄く珍しい武術を使われる方です。見た目も怖いですし、怖い事も言いますが、乱暴をする方ではありません。刃を向けなければですが」
「うっかり向けちゃったら」
「・・・」
「注意勧告を出しておきます」
「稽古なら平気ですよ。トミヤス道場で教えてるんですから」
「あ、それもそうですね・・・でも、あんなに大きな方が来たら、びっくりしちゃいます」
「私も最初は驚きましたが、良くも悪くも、武術に純粋な方です。では、手続き、頼みます。カゲミツ先生を待たせては」
「はい。ええっと・・・」
書類を探し、ペンを出す。
「こちらに住所、こちらにお名前」
ナガタニは名前を書き、署名をして、顔を上げた。
「現在の住所・・・トミヤス道場で良いでしょうか。トミヤス村の長屋を借りているのですが」
「構わないですよ。2、3日で道場の方に新しい免許が届きます」
「はい」
さらさら・・・
「ありがとうございます! んー・・・はい! 結構です!」
「この、今まで持っていた冒険者免許は」
「まだ持ってて下さい。身分証にもなってますから。新しい冒険者免許が届いたら、破棄してもらって結構です」
「分かりました。では、また後で来ます。シュウサン殿に挨拶がしたく」
「あ、やっぱり! お待ちしております!」
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手続きを済ませ、魔術師協会の玄関前。
(ううむ)
このような侘家に、マサヒデの第一夫人がいるとは。
クレールのどでかく派手な客船を見ているので、あまりにも意外。
中からはカゲミツとマスダの笑い声。
(待たせては)
と、玄関に手を掛けた時。
「御用ですか」
「!」
びくっとして横を向くと、黒髪の女が立っている。
いつの間に!?
ぱ! と飛び退き、左手が、ぱちん! と剣の留め具を外す。
つつー・・・と、こめかみを嫌な汗が垂れ落ちていく。
「御用ですか」
こくん、と喉を鳴らし、
「かっ・・・カゲミツ先生」
と、何とか言葉をひねり出すと、女がにこりと笑った。
「ああ! ナガタニ様ですね! さ、どうぞ・・・」
「は・・・失礼致します」
女が前に出て、玄関を開け、するりと中に入っていく。
これがマサヒデの第一夫人!?
見た目は普通の女だが、数語のやりとりで分かった。
この女、只者ではない!




