第108話
ナガタニは初日から早速稽古をつける事になった。
初めての顔ばかりなので、緊張はしたが、トワダ道場でも門弟をしごいていたので、それなりに出来た、と思う。
稽古の終了後、ジンゴロウに呼ばれ、
「手間を掛けるが、荷物を置いて来てから、私の居なかった間のゾエの話を」
と言われたので、ナガタニは門弟達と一緒に長屋に行った後、道場に戻って来た。
縁側には、カゲミツ、ジンゴロウ、マスダと、おそらくマサヒデの母であろう女が待っていた。
「奥方様、でいらっしゃいますか」
「はい」
す、と女が頭を下げ、
「カゲミツの妻、アキでございます。カゲミツがお世話になります」
「あいや、お世話などとんでもない! 私が世話される方で」
「指導員ですもの。夫のお手伝い。宜しくお願いしますね」
「は、は・・・」
なんとも、といった顔をしていると、ぽんぽん、とジンゴロウが縁側の床を叩く。
「ナガタニ君」
「は」
一礼して、ジンゴロウの隣に座る。
「で。私の居ない間、ゾエでは何かあったかね」
「はい。細かい事を上げるときりがございませんが、大きな事がふたつ」
「ふむ」
「マチダ殿が、お亡くなりに」
「・・・そう、か。あのマチダ殿も、病にはついには負けたか」
こと、とナガタニの横に、アキが湯呑を置き、茶を注ぐ。
カゲミツが腕を組み、
「誰だい」
「うむ。キホでアブソルート流の道場主をしておられたお方だ」
「ほう。アブソルート流か」
カゲミツも、元はアブソルート流から出た。
ジンゴロウが夕焼け空を見上げる。
「道場を閉じ、幼子を連れ、ゾエまで来られた・・・60年ほど前か」
「ゾエにアブソルート流の道場ってあったか?」
「いや。道場は開かなかった。他の事に剣を使っていた」
「他の事?」
「人斬りだ」
「ふうん」
カゲミツの意外な反応。
ジンゴロウ以外、皆がカゲミツを見る。
「悪党を斬っておられたのよ・・・奉行所では捕まえられぬ悪党を。自分のやっている事は悪事と分かっておって、斬って斬って、斬り続けた。極悪人の、殺人鬼と呼ばれても致し方ない剣を振っていた」
カゲミツはひらひら手を振って、
「ま、剣ちゃあそういうもんさ。俺はその辺割り切ってるから。俺達ゃあ殺しの練習、毎日してんだぜ。んな事、ジンゴロウ先生もマスダさんも承知だろ。で、ナタノスケ。もひとつってのは何?」
「む・・・はい。え、ええと、これは話すと長くなりますが・・・ううむ、ええと、白露帝国の第一王女が参られまして」
「へえ」
「ほう?」
「白露帝国?」
マスダが首を傾げる。
は、とカゲミツが呆れ声を出して、
「そっからかよ。白露帝国ってな、世界で2番目に大きい国! 魔の国の次に大きい国! ・・・だよな? 米衆連合より大きかったよな?」
ふ、とジンゴロウが笑う。
「ああ、そうだ。合っている。世界で2番目。米衆連合より大きい」
「そんな国があったのか!?」
マスダが驚いて声を上げる。
うんうん、とカゲミツが頷き、
「ああ、そうだよ。あるよ。ゾエから船で1日。米衆連合と反対。ずーーーーっと西まで広がってて、西の端はもう魔の国だ。お隣さんっちゃお隣さんだな」
「本当か!? すげえな白露帝国!」
「まあまあ、それは置いといて。で? 白露の姫様が来たと。まあ、船で1日だもんな。遊びには来るよな。何があった」
ちらり、ちらり、とナガタニが庭を見回し、声を小さくして、
「暗殺者が送られて来たんです。同じ白露帝国から」
「・・・」「・・・」
カゲミツとジンゴロウが顔をしかめる。
ジンゴロウがじっとりとナガタニを見て、
「で・・・マサヒデ君達と、うちのジンノジョウと、暗殺者を撃退し、王女を守ったというわけだな」
ナガタニがはたと膝を叩き、
「よくお分かりに!」
「分かるだろ」「分かるさ」
「や、流石のご慧眼、畏れ入りました」
ぱちん! とアキが手を叩く。
「まあ凄い! マサヒデ、そんな働きもしているのですね!」
「おいアキ、待て待て。ナタノスケ、それ、大丈夫なのか? 白露の問題に首つっこんで」
「はい。外務大臣のミスジ様が話をつけてくれたそうで」
ぺしん! とカゲミツが額を叩き、渋い顔で天を仰いだ。
「まった、あの野郎! 余計な事を!」
ち、とジンゴロウも舌打ちして首を振る。
ナガタニが慌てて手を振り、
「あいや! これはミスジ様からのお願いで、別にマサヒデ殿から好んで首を突っ込んだという訳ではなく! 何の差し障りもないとの事で」
「んん・・・そう? なら、まあ良いけどよ。良くないけど・・・ま、うん。良いとしよう。な、ジンゴロウ先生よ。起きちまった事は仕方ねえ」
「ううむ」
はあー・・・と2人が溜息をつく。
「確かに、仕方なかったと思います。事の始まりは、マサヒデ殿達の宿に王女が来られて、そこに暗殺者が入って来たのです。好んで首を突っ込んだ訳では。私もジンノジョウ殿も、王女に呼ばれたとあらば、参らぬわけにも」
「ちっ」
「面倒な」
「我儘姫と有名な王女でございますから」
ふう、とジンゴロウが肩を落とす。
「まあ、な・・・」
ナガタニが頷いて、
「我々は護衛ではなく、王女が我儘で我々について来たという感じでありまして」
「あそう。それで通っちゃうんだ」
「ミスジ殿とやらは、やり手なのだな」
ちら、とナガタニが目を泳がせる。
「ま、まあ、正直に申しまして、私も少々苦しいのではと思いましたが」
「だろ!?」
「王女の日頃の行いからして、全く不自然もなく。その後、特に何も」
「不自然じゃねえのかよ!?」
ナガタニが苦笑しながら首を振る。
「元々、王女は騎士のスカウトにゾエに来たそうで、我々武術家がぞろぞろ温泉に行く所について来たというのも全く。あれや腕利きの武術家が行くぞ、是非我の騎士にスカウトよ、という感じで」
「温泉!? 温泉行ってんの!? 暗殺者が来るって時に!?」
「はい。この作戦が功を奏し、見事、暗殺者を打ち倒す事が出来ました。王女はしばらくは国に帰れませんので、気の向くままにゾエの温泉を回っておりましょう。既に軍か情報省の忍が、護衛についております」
「あ、そう。そうなんだ・・・」
「・・・」
「大きな事はこのくらいです」
「でかすぎるよ」
「そうだな」
ナガタニが懐からナイフを取り出し、
「実は、これがその暗殺者達と戦った時の記念で、トワダ先生から預かった物です」
「ほう?」
「どれ」
「面白えのか」
カゲミツ、ジンゴロウ、マスダがナイフを覗き込む。
「はい。面白い物です」
ナガタニがナイフを抜き、地面に向けて、くい、と金具を押す。
ぱす! と刀身が飛んで地面に突き刺さり、長いバネが飛び出る。
「おお!」
「これは!」
「あ、面白え!」
「白露帝国の特殊部隊、忍のような輩でして。鉄砲や爆弾も持っておりました」
「へーえ!」
カゲミツが声を上げ、地面に突き刺さったナイフの刀身をつまみ上げる。
「おっ! 良いなこれ! 結構良い鉄だぜ」
「でありましょう。白露の鉄は中々良いのです。ただ、一度飛ばしてしまうと、もう使えないので、奥の手なのですが」
は? とカゲミツが顔を上げて、
「何言ってんだ。使えるって」
ひょいと刀身をジンゴロウに投げると、ジンゴロウが指2本でぴしっと取り、ははあ、これは中々、と、刀身を見つめる。
カゲミツはナガタニの前に歩いて来て、手を差し出し、
「ほら、ちょっとそれ貸してみろ」
「は」
ナガタニがバネが飛び出たナイフの柄を渡すと、カゲミツが軽く振る。
ぶいん、ぶいん、と音を立ててバネが振れる。
「痛えぞお、こいつは!」
「あっ! そうか!」
「だけじゃねえぞお。ナタノスケ、ちょっと腕上げてみろ。痛くはしねえ」
「はい」
ひゅ! と振ると、伸びたバネがナガタニの袖を絡めて、ぐいと引っ張られる。
振られて伸び、袖に絡まって、ぐっと縮まったのだ。
「うおっ!?」
「ははは! ほおらな! 破れてねえか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「適当に振り回して、どっかに当たれば押さえられちまう。便利だろ」
ぽす、とカゲミツがナイフの柄をナガタニの膝の上に置くと、ナガタニが絡んだ袖からバネを回しながら慎重に外す。
「こういう柔軟な思い付きってのが大事なんだぜ! 指導員!」
「は! 勉強になります!」
マスダはその様子をにやにやしながら見ていたが、ふとナガタニに尋ねた。
「なあ。その白露帝国の暗殺者って、強かったのか? 鉄砲持ってたんだろ?」
「剣は合わせておりませんが、恐ろしい隠形の術をもっておりました。トワダ先生が気付いてくれたので良かったのですが、でなければ、王女は鉄砲で死んでおりました」
「ほーん。そうなのか・・・ふうむ」
「なにか」
ん、とマスダが少し首を傾げ、
「いやさ、俺、鉄砲使いでマシな奴、見た事ねえからさ。俺に銃向けた奴は、全員殺したぜ。で、俺に鉄砲傷はねえ」
「・・・」
ナガタニは絶句したが、カゲミツもジンゴロウも苦笑するばかり。
「マスダ殿、あまり驚かしては、折角の指導員が道場を逃げてしまいますぞ」
「そおだよ! マスダさん、あんま脅すなよ。あんた、ただでさえ怖え顔なんだからよ! ははは!」
「そいつは困るな。俺と一手勝負してから逃げろよ。かはははっ!」
「だから脅すなってよお! ははは!」
皆げらげら笑っていたが、ナガタニは顔を青くするばかりであった。




