第107話
マサヒデ達が、米衆連合国でイザベルの地獄の特訓を受けている頃。
日輪国、トミヤス村、トミヤス道場では―――
1人の青年が、道場の真ん中で頭を下げていた。
上座には、錚々たる面子が顔を揃えている。
言わずと知れた剣聖、カゲミツ=トミヤス。マサヒデの父。
居合の頂点の猫族、サカバヤシ流夢想派8代目宗家、ジンゴロウ=サカバヤシ。
闇の闘技場で血を撒き散らしていた虎族、柔鋼流、ショウジ=マスダ。
「顔を上げてくれ」
「は!」
カゲミツが顎に手を当て、じいっと青年の顔を覗き込む。
少しして、口の片端を上げて笑った。
「一剣流、ゾエ派、な」
「は!」
「知ってるぜ。一剣流にゃあ珍しい、身軽な剣だ」
「畏れ入ります」
ふふん、とカゲミツが鼻で笑い、ジンゴロウを見る。
「サカバヤシ先生は知ってるよな?」
ジンゴロウがにっこり笑って頷く。
「勿論。ナガタニ君、久しいじゃないか」
「は。お久しゅうございます」
「ふふ。トワダ先生は、中々来てくれないからな・・・」
この青年、一剣流ゾエ派トワダ道場の高弟、ナタノスケ=ナガタニ。
10年後に道場を譲る、という言葉を、師のトワダから得た者である。
そして、トミヤス道場で修行をして来い、とも言われて来た。
剣は勿論だが、一番の目的はその指導方法である。
なお、師のトワダがサカバヤシ道場に出稽古に行かないのは、若い頃に血気に逸り、ジンゴロウに挑んだ末、こてんぱんにのされた事があって、恥ずかしくて中々顔が出せないのである。
仲は良いのだが、いざ道場で、となると、トワダの気が引けてしまう、というのが原因なのだ。
「当然、マスダさんは知らねえよな。ほら、自己紹介」
ふふん、とマスダが鼻で笑って、
「柔鋼流、ショウジ=マスダだ。見ての通りの虎族だ。今、わけありで、このトミヤス道場で師範代やってんだ」
「ははっ!」
「分かる。分かるぞ。あんた、若いのに中々やるな。良いねえ、実に良い!」
「恐縮です」
ははっ! とカゲミツが笑い、
「じゃ! 早速お手並み拝見!」
「あ、いや! 私、道場破りではなく!」
「ん」
ナガタニが、ふ、と息を吐き、背を正し、
「私、一剣流ゾエ派トワダ道場を、10年後に譲ると、トワダ先生からお言葉を頂きました」
「ほう!」
「おお! やったな! ナガタニ君!」
「へーえ・・・道場主にねえ・・・」
三者三様の反応。
カゲミツは興味津々の笑み。
ジンゴロウは喜びの笑み。
マスダは凶暴の笑み。
「10年、トワダ道場からは、正式にお暇を頂いております。5年の間、このトミヤス道場にて修行をと考えておりますが、入門をお許し頂けぬでしょうか」
「いいよ。じゃ、今からトミヤス流の門弟だ。5年と言わず、好きなだけ居なよ」
「は」
あまりにも軽い了承。
ぱん、ぱん、とカゲミツが手を叩く。
「ん、じゃあさ、お手並み拝見だ」
「は!」
「アルマダが出て行ってるから、今、剣使う高弟が居ないのよ。道場任されるってくらいだから、それなりに出来るんだろ? ま、見た所、高弟には十分の腕と見える。だーが。指導員にするかどうかだ。見せてくれ」
「は!?」
いきなり高弟!? 指導員!?
ジンゴロウがげらげら笑って、
「ははは! 頑張れよ、ナガタニ君! 入門初日でもう高弟だ! さて、指導員にはなれるかな!」
「は!? お待ちを! 高弟!? 指導員ですか!?」
「そうだ!」
カゲミツが立ち上がって、ちょいと横に避け、床の間の掛け軸を指差す。
勝即正義。
「うちはこれでやってんのさ! 実力が全て! 勝てば正義! 強い奴が正義! 手段は関係ねえ! 流派も関係ねえのさ! 俺は俺が知ってる限りの、強くなる教えしかしねえ! だが! トミヤス道場にいる奴ぁ、俺の教えを無視しても全然構わねえ! それで俺の教えより強くなるなら文句はねえ! それがトミヤス流だ!」
ぐ! とナガタニが拳を握る。
これがカゲミツの方針!
指導員! カゲミツの具体的な教え方を、ぐっと近くで見られる!
ナガタニが見たいのはそこ。教え方なのだ。
「ふふふ。ブルっちまう奴もいるがな。あんたは違うようだ。流石、道場譲るって約束もらってるだけはある。さて」
「やるか!」
ぶん! とマスダが手を挙げた。
かくん、とカゲミツが肩を落とし、
「いやいや、駄目だよ。まずは俺が見極めなきゃだろ。ここ、俺の道場なんだぞ」
「む」
「大体、うちの門弟になんだぞ。後でいくらでも立ち会えるだろ?」
「あ、それもそうか」
「全く。気合入れていこうぜ! って所で水差しやがって・・・あんた、空気読めねえよなあ」
「そうか? 気配には敏感な方だと思うが」
「いやそうじゃなくて・・・まあいいや」
ぷ、とジンゴロウが笑い、
「カゲミツ殿、これは天然というものでござろう」
「だな」
「カゲミツ殿もな」
「え!? そう!? 俺、そうなの!?」
くすくすと門弟達が笑う。
「もう、空気ぶち壊しじゃねえかよ・・・」
ぶつぶつ言いながら、カゲミツが木剣と木刀を持って来て、ナガタニにずいと木剣を突き出し、にやりと笑った。
「殺す気、じゃあ足りねえぞ。殺しに来い」
木剣を押し頂き、一度頭を下げ、ぐっと上げて、にやにやしているカゲミツを見上げる。
「一剣流・・・いや! トミヤス流! ナタノスケ=ナガタニ! 参ります!」
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ナガタニが立ち上がり、すさり、と下がって、カゲミツに礼。
「ううむ、3手だな」
「は」
「3手やる。3手の間、俺は手は出さねえ。動きはするぞ。3手で仕留めてみろ」
「は!」
びたりとナガタニが中段に構える。
カゲミツは片手に木刀をぶら下げたまま。
すうー! ふうーっ!
すうー、ふうー。
すー・・・ふー・・・。
段々、ナガタニの呼吸が細く、小さくなる。
相手に呼吸を見せなくする。
身体の拍子を見せない。
「ほおう・・・これは中々。トワダ先生とやら、上手い教え方をするな」
ぴく、とナガタニの剣が動いた。
あれ!?
「んん? どうした?」
下手に動くまいとしていたのだが、一瞬、手が出そうになった。
「・・・」
カゲミツは動いていない。
ぐ、と腰を据え・・・
ぴく、と剣先が上がる。
「む!?」
「おい、どうした? 指導員になれなくて良いのか? ははは!」
ふう! と息を吸い込み!
「ええい!」
「1手」
くすくすと門弟達の含み笑い。
ははは! と笑う、ジンゴロウとマスダの声。
突き入れた木剣の横に、カゲミツがぴたりと立っている。
「良い突きだ。出てく前のアルマダと、どっこいってところだ。今のアルマダには負けてるかな。ゾエでどんくらいになってたかは知らねえが」
剣先を落とすように引いて、斬り上げ!
「中々良い!」
ぎく! とナガタニの手が止まった。
カゲミツの位置が動いていない。
動いていないなら当たるはず!
霞を斬ったのか!?
「力を無駄にしていない! 良いぞ! 2手だ」
斬り上げた姿勢のまま、ナガタニが固まる。
ぶつぶつぶつ、と指先から胸まで、肌が粟立っていくのを感じる。
見越したように、カゲミツが声を上げた。
「そこでビビんじゃねえ! 来い!」
「はい!」
ふん! と八相に構え直し、ぐい! と剣を握る手に力を込める。
そうして粟立つ肌を抑え込んでから、ふわ、と握りを柔らかくして、
「つあっ!」
袈裟に斬り下ろされた木剣が、かすん! と小さな音を立て、カゲミツに当たらずに床を叩いた。
道場に、があん! と音が響く。
(擦り落とし!?)
驚いたナガタニの鼻先に、カゲミツの木刀があった。
「ここまでだ。中々良いよ」
(片手で!)
す、とカゲミツの木刀が引かれると、ジンゴロウがげらげら笑い出した。
「ははは! カゲミツ殿! 一剣流のお方に、それは嫌味というものでは!」
「あ、そう? ははは!」
ぱん! とナガタニの頭がはたかれた。
「全員聞け! 今日から剣の指導員になる、ナタノスケだ!」
「「「宜しくお願いします!」」」
門弟達の声に、は! とナガタニが顔を上げた。
「どうした」
「は、は!」
木剣を納め、門弟達に向かって頭を下げる。
「ナタノスケ=ナガタニです! 宜しくお願いします!」
ふん! とカゲミツが鼻を鳴らして、
「門弟の長屋は村にある。後で案内してもらえ。指導員は家賃免除だ。食費は自前。金がねえ時は、村の仕事でも手伝って稼げ。隣町に行きゃ冒険者ギルドもある」
「は!」
「さあてと!」
のそ、とマスダが立ち上がった。
ふ! とジンゴロウが笑う。
「ナガタニさんよ! 勝負だ!」
がくっ! とカゲミツが肩を落とす。
「あんた本当に空気読めねえな!?」
「ええ!? 後でいくらでもって言ったじゃねえかよ!」
「ははは!」
ジンゴロウが声を上げて笑い出すと、門弟達も声を上げて笑った。
剣聖の道場とは、なんと明るい道場であろうか!




