第106話
訓練区域F、山中。
10日経ち、ついに動き出したイザベルとカオル。
カオルはきちんとナイフを用意したが、イザベルの得物はただの鞭。
長い鞭ではなく、1尺程度の、先が平たくなっている、馬の尻を叩く鞭である。
イザベルはそれを持って、鼻歌を歌いながら、罠だらけの山を歩いて行く。
臭いの先は、5人で組んだ海軍兵達。
「んっふふーん、ふんふふーん・・・」
ぴし!
ぐおん! と丸太がイザベルの横を通り過ぎていく。
「ふふーん、ふんふーん♪」
とすん、と足が穴に埋まった。
L字に掘ってあって、抜けない・・・はず。
「おおう! これはうっかり! 捻挫をしたらどうしようか!」
ぼごん!
派手な音と土を撒き散らし、足が蹴り上げられる。
「んっんー、んーんー♪」
土煙の中をイザベルが歩いて行く。
段々と罠が大きなものになってきたが、イザベルは止まらない。
「わーお!」
ばしん! と足に縄が巻き付き、一瞬で上に引き上げられた。
頭を下に吊り下げられたが・・・
「ううむ、父上に遊んでもらった頃を思い出すな!」
縄を手に取り、ぶちっと引きちぎり、宙でくるっと回って着地。
「はんはーん、ははーん♪ おおい、おるのは分かっておるぞー! 聞こえておるだろうがー!」
イザベルは全ての罠に掛かりながらも、鼻歌を歌いながら、真っ直ぐ歩いて来る。
ざす、ざす、とこれ見よがしに落ち葉を踏んで歩いて来る。
隠れるとか気配を消すとか一切なし。
「おおっと」
ぷつ、と足元で何かが切れた。
瞬間、地面に浅く埋もれていた網がイザベルを引き上げる。
「今だ!」
隠れていた海軍兵5人が、手に石槍やナイフ、石を持って飛び出てくる。
「おう! この網は作るに苦労したろう!」
みちっ。
「何」
みちみちみち! ぶつん! ばりっ!
イザベルが網を引っ掴み、ばりばりと引き千切っていく!
生のツタでみっちり編んだ、太い網なのに!
「掛かれ!」
石が投げられ、石槍が突き出されたが・・・
「も少し強く頼む!」
「げえっ!?」
シャツは斬ったが、中に入っていかない!
着込みなど着ていないのに!
「押し込め!」
ぐいぐい槍が押され、イザベルが持ち上げられる。
「おう! 効いてきた効いてきた! うん、気持ち良いぞ!」
「まずい! 離れろ!」
持ち上がった所で、イザベルの手が網の根本に掛かってしまった。
ぶつん! と低い音が響いて、ばらりと網が広がり、どすんとイザベルが落ちる。
「・・・」
「よっこらせ、と・・・ふう!」
ぱん、ぱん、とシャツを払って、イザベルが5人の海軍兵を見る。
「ううむ、お前達程度の使い方では、石槍では我の肉には通らんぞ。ナイフを使え、ナイフを。鉄なら通るし、斬れる。多分な。多分だぞ。斬れぬでも文句は言うな」
言いながら、腰の裏の鞭を取り、ぱし! と手の平に当てる。
「さて! 掛かって参れ! 我から無距離戦闘術の技術を引き出して見せよ!」
「囲め!」
ばらりと5人がイザベルを囲む。
「うむ! 良い囲み方である! 1人前の大人がお手々繋いで5人で女の子1人を囲み、ナイフで脅しにくるとは見上げたものだ! 米衆海軍はこうもせぬとデートの誘いも出来ぬとは知らなんだぞ!」
ざ、と輪が半歩縮まる。
「良いぞ! 動きに乱れひとつ見えぬ! 褒めてやるぞクソ虫共! 我にナイフを突き立てたらそのカワイイほっぺにキスをしてやろう!」
すぱん!
「う!」
右後ろのナイフが弾かれた。
ぺしん、ぺしん・・・
「どうした!」
すぱん!
右前のナイフが飛ぶ。
「んぐ!」
ぺしん、ぺしん・・・
イザベルは余裕の顔で、手の平を鞭で軽く叩いているが、その鞭がナイフに振られる時、全く見えない。
「おい大丈夫か! もう2本もナイフが無くなったぞ!」
すぱん!
正面のナイフが飛ぶ。
「なんということだ! 3本目だ! ああ神様!」
すぱん!
すぱん!
「ううっ!?」
左前後のナイフも飛ばされる。
「もうナイフが無くなってしまったぞ! これで我とのデートのチャンスは消えた! 貴様らの敗因は、我の戦力を見誤った事だ!」
ぱぱぱぱんぱん!
「ふはははは!」
どさささ!
イザベルの鞭で、5人の海軍兵が吹っ飛んだ。
「ふう・・・さて、と・・・」
吹っ飛んだ5人の所に歩いて行き、1人ずつ引きずってくる。
綺麗に並べて、ポーチから白旗を出して、口に突っ込んでいく。
ナイフも拾ってきて、1本だけ頂き、他はまとめて地面に転がしておく。
「ふん。犬族に毛が生えた程度にしか思っておらなんだな。不合格だ」
トラップの仕掛け方は中々良かったのだが、また随分と甘く見られたものだ。
鉄砲や罠の技術はまあ良いとしても、直接戦闘面は、上級冒険者にも及ばない。
確かに、兵はそれぞれ特化して、使い所云々という話にはなるが・・・
「ううむ・・・鉄砲がなければこんなものなのか? これが人の国で随一と言われる米衆の精鋭か? やれやれだな」
ぱちん、とベルトにナイフの鞘をつけ、すとん、と納めて、首を傾げる。
実際の所、米衆連合の軍では、狼族はどのくらいの危険度で見られているのだ?
訓練が終わったら、エイデン大佐とクレンナ中尉に尋ねてみようか。
勿論、個人によって違いはあるだろうが、腹を割って教えてくれるだろうか。
「さて、行くかなー! ふんふふーん・・・」
くんくん。鼻を鳴らす。誰も居ないのか。
勝利! と油断した所で襲ってきた! などという事はないのか・・・
つまらん。
「はっ!」
イザベルが足を止めて振り返る。
5人もまとめて倒してしまったではないか!
ここは恐怖を植え付けて逃がすべきであった!
慌てて駆け戻り、気を失っている5人を見下ろし、そっと膝をつく。
(よし)
ナイフを取った1人以外の4人の口から、慎重に白旗を取って回収。
これでこの4人は訓練終了まで山を下りられない。
降参ですと言っても、白旗がないのだ。
最後まで生きるか、死ぬしかない。
上手く生き残ったら、サドンデスマッチでもさせるか。
「これでよし、と!」
イザベルが鼻歌を歌いながら、次の獲物を求めて去って行く。
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そして半刻後・・・
「む、ううむ・・・」
気を失っていた5人の海軍兵のうち、1人が目を覚ました。
「はっ!?」
がば! と起き上がると、4人が転がっている。
慌てて首に手を当てて、生存確認。
(生きている!)
水を貯めた木の鍋を持って来て、シャツを脱いで突っ込み、1人1人の顔にべちゃべちゃ当てていく。
「うう」「あっ?」「は、は?」「あう」
4人共、すぐに目を覚ました。
ぽろ、と1人の口から白旗が落ちる。
「?」
海軍兵は口から落ちた白旗を拾い上げ、はあー、と溜息をついた。
「ああ・・・俺達、全く歯が立たなかったなあ」
「ううむ、全くだ。あれ程とは」
「全員失格か。下りるか」
と、ポーチに手をやって、あれ? とポーチの中に手を突っ込んだ。
「あれ!? 白旗がないぞ!?」
「あっ! 俺もない!?」
「俺のもないぞ!」
「・・・」
皆が顔を見合わせた。
もしかして・・・
「降参、出来んぞ・・・最後まで逃さん、という事か?」
ぱ! と白旗を持った1人が離れた。
「じゃ俺はここで!」
「おい待て!」
「お疲れ様でしたー!」
がさささ! と茂みの中を、白旗を掲げて海軍兵が走って行く。
「あっ! ちくしょう!」
「どうする!?」
「待て。待て待て。皆、慌てるな。信号弾があるじゃないか。これを使えば失格だ。うん、これで助かる」
「・・・本当に、それで助かるのか? そんな事をしたら、今度は鞭では済まんのではないか? 毒虫や毒蛇に噛まれたでもないのに、信号弾を使ったら・・・」
「む・・・どっちが良いかな・・・4日間、何とか生きるか。思い切りぶっ飛ばされるだろうが、自ら失格を選ぶか」
「思い切りやられたら、死ぬかもしれんぞ。いや、死ぬ。間違いなく。あの力、見たろ」
「いやしかし、しかしだ。このまま山にいてもまた襲われる。どちらにしても死ぬ恐れはある。どうする」
「・・・」「・・・」「・・・」
「演習、だから、な? 流石にファッテンベルク様も・・・殴り殺しは・・・」
「『事故』が起こっても構わない。そう言っていたが。平気で事故を起こしそうな感じはしないか? 信号弾を上げたら、救助隊が来る前に・・・」
「・・・」「・・・」「・・・」
「下りよう! 入口で信号弾を上げれば良い! 即出るんだ!」
「そうか! お前、頭良いな! それで行こう! よし、とっとと下山だ!」
海軍兵、これで全滅。
残り4日。
残り8名。




