第103話
ホテル・セント=エニャ。
クレールの部屋に、カオルが入って来た。
「カオルさん、何かありましたか」
「はい。こちらを」
カオルがノートを出し、絵図を古人の言葉を写したページを開き、クレールに差し出す。
「んん・・・」
クレールは小さく唸って、眉根を寄せ、ノートの上で指を動かしていく。
こく、こく、と頷いて、ノートから顔を上げ、カオルを見て、にやりと笑った。
「市庁舎の方に行ってもらって、正解でした」
「は」
「私の方では、御神体そのものかと判断していました。お眠りあそばしておられるなら、運び出すなどとんでもない! なんて考えておりましたけど、羽、ですね」
「おそらく」
「んふーん。なるほどなるほど・・・神の遺物ですか。それも、身体の一部」
「おそらく、ですが」
びりびりとページを切り取り、ぼ! と火を点けて一瞬で灰に。
ぱたん、とノートを閉じて、テーブルに置く。
「ううん・・・」
クレールは腕を組んで、天井を見上げる。
「こういうのって、世界中にあるんでしょうか」
「見当も付きません。おそらく、これは日輪国の情報省も知らぬ事かと」
「ううん・・・」
「危険な物、かどうかは、まだ分かりませんが」
「ううん・・・」
「奪取致しますか」
「ううん・・・見つけたとして、まず、持ち出せるかどうか。小鳥の羽ではありませんし。仮に鳳の神が人族と同じ重さとして、それを飛ばせる羽。かなりの大きさのはず」
「はい。絵図を見ても、大きさは鳳の神の身長よりも大きく。まあ、古い絵図なので、正確さはどうだか分かりませんが」
「持ち出せたとして、運んで行ける物かどうか。持っているだけで危険な物かも」
「はい。私もその可能性は大きいかと考えます」
「何故?」
「運ばれず、伝道所が建てられた。伝道所は見張り台であったのでは」
「確かに。取り敢えずは、地下のどこにあるか、ですね。今の所、おそらくそうであろうというだけで、私達は、捕らぬ狸の皮算用をしております」
「はい」
「持ち出せて、運べるなら・・・こっそり魔王様に、と言いたい所ですけれど」
「何か」
「研究、させるだけさせておいて・・・という手も」
「なるほど」
「それに、他の国にも同じような物がありました、皆が研究しています、さて軍事技術が生まれた。我が国にはないぞ、となると、世界のパワーバランスはがくんと傾きますね」
「・・・」
ううん! とクレールが声を上げ、ぺちん! と額に手を当てる。
「どう、致しましょうか・・・神の遺物なんて」
「宜しいでしょうか」
「どうぞ」
カオルが真剣な顔で首を振る。
「人の手には余ります。クレール様、私は強引にでも奪取、封印すべきと。持ち出せぬとあらば、せめて魔王様へ報告すべきです」
クレールが苦笑して頷く。
「ん、そうですね。研究させて、なんて、愚かな考えでした。でも、何があるのかはまだ確認出来ていません。捕らぬ狸のー、です」
「は」
んーっ! とクレールが声を上げ、伸びをして、にっこり笑った。
「報告を待ちましょう! イザベルさんを呼んで、プールにでも行きませんか」
カオルも笑って頷いた。
「はい」
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セント=エントーニョイ陸軍基地。
(あったぞ!)
クレール配下の忍の1人が、ついにそれと思しき場所を発見した。
搬入口と見られる場所、それはゴミ捨て場であった。
だかん、だかん、と古い箱が放り投げられて捨てられていくが、真新しい木箱が落とされる穴がある。蓋つきの穴だ。
この古い箱は焼却されて灰になる。
真新しい木箱の方は、おそらく食料やら日用品やらが入っているのだ。
(捨てている者は気付いていまいな)
おそらく、ただ燃えないゴミだとか、軍の事情で焼却処分出来ないゴミとか、何らかの理由を言われているだけだろう。
忍が覆面の下でにやりと笑う。
ゴミ捨て場なら、ネズミが入ってしまったというのも、全く不自然でない。
ゴミ捨て係が紙束を掴み、火を点けて放り投げる。
燃えていくゴミと古い木箱。
(ち)
しっかりとゴミが燃え尽きるのを待っている。
煙草を出して、吸い出した。
あいつが離れるまで待つのだ・・・
生ゴミが燃える嫌な臭い。
もくもくと上がる黒煙。
(焦るな。待て待て)
じりじりしながら待つこと半刻(1時間)。
ゴミ捨て係が文句を言いながら、ばしゃっとゴミに水を掛け、空の馬車に乗って離れていく。
(よし)
姿を消したまま、穴に近付いて行く。
クレールからもらった式神の札を出したが、木箱が放り入れられる穴・・・
周囲を見渡し、慎重に蓋に手を当ててみる。
特に魔力を感じられるでもない。
ゴミ係がこの蓋を開けているのだ。封印などされていまい。
木箱が落ちていくのだから、何かが入っても平気だろう。
忍は式神の札を懐に戻し、ぴゅー! と笛を吹いた。
しばらくして、散っていた忍達が集まってきた。
皆もすぐに気付いて、蓋を見る。
「あれか」
「おそらく、な。あちらに入れられるのは、新しい木箱だけだ」
「ふむ」
「人1人、入れると思う。もう1人、一緒に来てくれ。あと1人、見張りを頼めるか。後は他の捜索を頼む」
「よし。俺が一緒に行こう」
「俺が見張りに残る」
「見張り、式神の札をくれ。中で使うやもしれぬ」
「む」
小さく蓋を開け、ぬるりと忍が入り込む。続いてもう1人もぬるりと入る。
見張りが周りを見渡し、蓋に目をやった。
(これだけ巧妙に・・・何があるのか)
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穴の左右に手足を突っ張り、慎重に穴を下りていく忍2人。
下からは、薄く光が見えている。
やはり、下に人が居るのだ・・・
かたり。
(し)
小さく口を鳴らし、ぴたりと忍2人が止まる。
かたり。かたり。
落とされた木箱を片付けている音か。
ちらちらと薄く見える光が動く。
間違いない。誰かが居るのだ。
しばらく待っていると、光が消え、ぱたん、とドアが閉まる音。
ゆっくりと、忍2人が下りていく。
ほんの少しずつ、何かの罠、魔力の乱れに気を付けて・・・
するり、と1人が穴から出、すぐにもう1人も下りてきた。
真っ暗闇。人の気配はない。
火打ち石を出して、じ! とこすり、一瞬の光で部屋を見る。
かなりの広さ。
箱は分けて積まれている。
この広さと備蓄物資、中には結構な人数が居ると予測出来るが・・・
「行くか?」
「その前に、適当に箱の中身を見てみるか。どんな者が居るか、分かるかもしれん」
「よし」
細い竹筒を出し、ぽ、と蓋を開ける。
中には油と、灯芯。
灯芯のすぐ横に火打ち石が付いていて、これをこすれば油が染み込んだ灯芯に火が点くのだ。
じ、と擦って、火を点ける。
「ふむ」
積み上げられた箱には、字は書いていないが、箱の隅が小さく塗られている。
それぞれ、色が違う。
積み上げられた場所には、地面に枠が書いてあり、何の箱を積む場所か分かるようになっている。
音もなく歩いて行き、箱の側に近付いた時。
「ほう。少し面倒そうだ」
積み上げられた箱と箱の間に、小さな棚があって、長銃が縦に並んでいる。
ここには兵がいるのだ。
『火』と書かれた枠に積まれた箱を開けてみる。
弾薬。
他の箱を次々開けるが、爆弾の類は閃光爆弾と煙幕爆弾のみ。
「爆弾はこの類だけか」
「地下だからな」
「それもそうか」
す、と蓋を戻し、周りを見る。
「だ、が・・・壁には、ばっちりと埋め込んであるのではないか」
「で、あろうな」
いざと言う時には、この地下を丸ごと埋めてしまうのだ。
「この爆弾、いくつか頂いていくか? イザベル様の訓練の様子を見たが、中々良さそうだ」
「馬鹿を言うな。武器の備蓄量はしっかり帳簿に記してあろうが。数が足らぬとなれば大騒ぎになる」
「ううむ、惜しいな・・・行くか?」
「うむ・・・折角、式神の札を頂いてきたのだ。使ってみるか?」
「何を探させるのだ? もう侵入は出来ている。それは侵入経路を探すに使うのだぞ」
兵など、消えていれば、すれ違っても気付かれはしない。
普通に廊下を歩いて偵察すれば良いのだ。
「・・・それもそうか。探す物が何だか分かっていないのだからな・・・すまん」
「行くぞ」
「待て、広さが相当だぞ。本館の入口からかなり離れている。この食料を少々頂いて行くか? あの白露の軍の缶詰と同じような物であろう。かなり腹に入ると思うが」
「ううむ・・・いや、中に食堂の類はあろう。そこで済ませては」
「我らが食うと減るぞ。消えて行かねばなるまいし、腹は減るばかり。人族の食事量では、あれ、こんなに食うたか? とならんか」
「それもそうだな。いくつか頂いていくか」
いくつか食料の箱を開け、中を使いかけの箱から、缶詰を取り出して懐に入れ、ふ! と竹筒の火を吹き消し、蓋をして懐に戻す。
扉に張り付き、外の気配を確認・・・
き・・・と小さく扉を開け、目でも確認。
「出るぞ」
「む」
するりと倉庫を出て、長く伸びた廊下を見やる。
ドアがいくつも並んでいるし、1部屋も大きそうだ。
人影は見えないが・・・小声で囁く。
(これはまた・・・広いぞ)
(細かく調べておっては時間が掛かるな)
前を歩く忍が足を止め、こん、と小さく壁を叩く。
そこには『区域44番』と書かれてあった。
(見ろ。少なくとも、あと43区域。1区域がどれだけの広さか分からぬが)
(参ったな。戻って人を呼ぶか?)
(その方が良さそうだ。戻ろう。間違いなく、ここのどこかにお宝がある)
(そう人数もおらぬから、あと2人かな)
(そうさな。戻ろう)
今の所、分かっているだけで44区域。
時間は限られているし、細かくは調べていられない。
この厳重に隔離された広い地下施設に、一体何があるのだろうか。




