第102話
図書館にて・・・
クレールは郷土資料や地元の民話、伝説をどっさり抱え、机に座っている。
イザベルは読売を持って来て、眉根を寄せて読んでいた。
(支援打ち切りか)
白露帝国と小競り合いをしている小国、ワキーナへの支援だ。
元々は白露帝国のいち区域であったが、独立国家になった。
30年程前に大規模な魔力災害が起こった後、ほぼ放置状態だったので、異議を唱えて独立国家となった国だ。
白露帝国の南西の端で、西側は紛争地域と隣接。
独立してくれれば復興支援もしなくて良いし、紛争地域との隣接部が小さくなる。
どうぞどうぞ独立して下さい。
そんな感じで、独立はすんなりであった。
大きく分けて東西に分かれており、東側は特に魔力災害の被害もなく、大規模な農業開発を積極的に進め、結構な食料輸出国家となった。
紛争地域とも、外交で上手く立ち回っていて、巻き込まれる事なくやってきたのだが・・・
食料開発に成功したら、白露帝国がいちゃもんのような文句をつけ、宣戦布告。
世界各国から、いくらなんでもそれは乱暴な、と、ワキーナへの戦力支援や、白露帝国への経済制裁を決定。この米衆連合もそう。
開戦前、白露帝国が戦の匂いをほのめかした時、ワキーナ国内の意見は真っ二つに割れた。
西側の魔力災害を受けた方は、白露へ恭順の意を唱えた。
東側の農業開発に大成功した方は、白露に猛反発した。
戦力差がありすぎるから、勝てるわけはない。
戦が起こった後はどうなるか。
東側の大農業地域を抱え、やれ嬉し。食料自給率が大きく上がるぞ!
西側? 復興支援? 放っておいても良かろう。
西側はそれを恐れ、大規模な復興支援を条件に降伏しよう、と唱えたのだ。
東側は猛反発して当然。
長年放っておいて、独立後に自分達だけで土地開発を頑張り、やっと、と言う所にきたら、その土地を寄越せ、ときたのだ。
元々は白露帝国の土地ではないか。返せ。大雑把にはそんな理由。
世界には色々と理由を述べたが、要は開発された食料供給地域が欲しいのだ。
そんな事は誰でも分かる。
ワキーナ西側は魔力災害が起こって30年、未だに復興作業を行っている。
そんな西側地域は欲しがっていない。
そして開戦。
これまで、各国の支援を受けつつ、小国ワキーナは頑張って持ちこたえてきた。
さて、米衆の元首が変わって3ヶ月。
ワキーナへの戦力支援は打ち切りと決まった。
現在の米衆元首は強烈な自国保守派な上、これでもかと言う程に金にうるさい。
そんな所に金を使っていられるか。
それより、今まで送った軍備の分、金を返してくれぬか―――
(なんと乱暴な)
戦の真っ最中の国に、支援してきた分の金を返せ、ときた。
元々、米衆連合から支援をと申し出たはずでは?
それは前元首の意見である。我は知らぬ。
これでは米衆とワキーナの縁は切れたも同然。
東側は米衆連合に寄るべしの方針を取っていたのだが・・・
戦後どうなるかを考えた発言とは思えない。
何とかワキーナが独立を保って終戦を迎えたとしても。
近くの大国、大中心国は食料に困っていない上、白露とはずぶずぶ。同盟は結べまい。
では、白露帝国の従属国家になるしかない。
それを断るなら、隣接した紛争地域の国のどこかと結ぶのみ。また戦が続く。
各国の支援や傭兵の活躍で、これまで何とか持ちこたえてきたが、ワキーナの先は見えたか。これでワキーナを吸収したら、白露帝国が大きくなるだけだ。
大きく、とは、単純な土地の広さだけではない。
白露帝国にとって、それだけワキーナは大きな意味を持つ。
今までは小規模な派兵であった。これは大国ゆえの悩みだ。
他国との隣接部が多いから、兵を散らさねばならない。
だが、一度大規模な兵を送られたら、即終わる。
(数年もしたら、米衆連合と派手な火花を散らす事になるは明白であろうに)
ワキーナは戦略上、重要な地域だ。
すぐ北東に白露帝国の首都があり、そこまではだだっ広い平野しかない。
長い目で見れば、むしろここで驚く程の支援を送り、同盟など如何? と申し出て、白露帝国と完全に手を切らせる方が良い。元々、東の裕福な地域は米衆に寄るべしの考えを持つ地域なのだ。西側も助かったとしがみつく絶好の機会だ。
首都のすぐ側に、ライバルの米衆連合との同盟国。
白露帝国の喉元にナイフを突き付けられる。
大きなアドバンテージを取れる。
しかし、支援の打ち切り。
アドバンテージを取れるチャンスは、これで完全に消えた。
そして、白露帝国では問題であった食料問題の改善がなされる。
10年後、米衆連合と白露帝国のパワーバランスはどうなるか・・・
ふ、とイザベルが鼻で笑う。
戦が終わる頃には、今の元首は交代しているから、どうでも良い、か。
自分の任期にだけ、手元に金が集まっておれば良い。
米衆連合の元首の任期は4年。
現在の元首は、長い目で見ることが出来ないのだ。
どうだ! 俺のお陰で米衆の金が増えたぞ!
支援など出さずとも良かったのだ!
他の国の戦など知らぬで良いわ!
戦の被害が減ったではないか!
わあー! ぱちぱちぱち!
はあ、とイザベルが溜息をつく。
長い目でと言うよりも、国ではなく、自分の名を考える者か。
一見、お国大事の動きと見えるから、自国保守派は大支持なのだ。
次の元首は大変であろうな・・・
何で金が出て行くんだ、と国民は文句たらたら・・・
(父上に具申してみようか? 思い切ってワキーナに派兵してみてはと)
ぱらり。
米衆元首、日輪国国王との会見で関税を匂わす。
(なんとまあ)
同盟国のはずの日輪国製品の関税を上げたい。
日輪国の製品は良く売れているからです。
税金上げても売れるから良いでしょう。
日輪国の各社米衆連合国支部、撤退も考える・・・
(やれやれ)
長年同盟国であった、日輪国のご機嫌を損ねても良いのか?
白露帝国、大中心国への橋頭堡となる国なのに・・・
軍事的な視点では、物を見られない者なのか?
ぱらり。
「ん! これですね!」
「?」
クレールが声を上げたので、イザベルも読売から顔を上げた。
「クレール様? 何か面白いものでも」
「んっ!? ええ、先程のお地蔵様」
「ああ、羽の地蔵ですか?」
「はい」
「うーん、面白いですねえ。暇潰しに来て良かった」
「何か?」
「この地には、テヅカ様のお師匠様がおられるのかも」
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セント=エントーニョイ市庁舎、資料室。
「どうぞ」
訴えてやると言われた受付嬢のジョディは、学生に変装したカオルのご機嫌取りに必死だ。
す、とカオルが小さく鼻を鳴らす。
最高級の青山コーヒー。
「いりません。うっかり大事な資料にこぼしちゃったら大変だ。下げて下さい」
「はい。あの、ケーキなんか」
「いりません。ところで、他の皆さんにも、同じサービスしてるんですか? 誰の席にも、コーヒーもケーキも見えないけど」
「・・・」
「皆さんには同じコーヒーを配らないんですか。それ、青山コーヒーですよね。こう見えて、結構コーヒーは詳しいんだ。それ1杯いくらするんです? 凄いサービスだ。流石だなあ」
「・・・」
「1人にしてくれませんかね。いくらご機嫌取りに来たって無駄だよ。求人広告でも探してた方が、時間を無駄にしなくて済むんじゃないかな」
「・・・」
「僕は資料を読むのに集中したい。コーヒーが飲みたくなったり、何か食べたくなったら、自分で外に食べに行く。あなたのサービスはいらない。聞こえたかい? 聞こえたなら、僕を1人にしてくれ。あなたが僕に出来るサービスは、僕を1人にして、市長に裁判所からの召喚状がいつ届くかってびくびくしてる事さ。さあ」
カオルがドアに顎をしゃくると、受付嬢は頭を下げて、肩を落として資料室を出て行った。
ドアが閉まり、受付嬢が遠ざかるのを待ち、カオルが席を立つ。
図書館と違い、ここには人が少ない。
本棚と本棚の間に立ち、1冊の資料を取る。
古の先住民の伝え。
ぱぱぱぱぱぱ!
物凄い速さでページをめくる。
ぴたりと手が止まり、1ページ戻る。
(ほほう!)
実に興味深い記述。
『古人曰く、鳳、テヅカと争い、この地に落ちる』
そこに書かれた絵図は、遠近法のない、人々が横を向いた絵図。
背に太陽、大きな羽を広げる、白く長いワンピース? を着た杖を持った女神。
地面からそれを見上げる、剣を持った大きな獣人族。
獣人族の周りには、何人か小さな人が描かれている・・・
一度、鳳の神がテヅカ神の元を去った後、戻って来た時の話。
テヅカ神は鳳の神の怒りを買い、封印された、とは資料で読んでいた。
一方的に封印されたのではなく、争ったのか。
(そうだ。そういえば)
テヅカ様は、トモヤに褒美だと言って、剣を差し出した。
勿論、扱いきれぬと辞退したのだが・・・
剣。
神と神が争う為の、神が使う武器。
テヅカは誰と争ったのだ? そう、鳳の神だ。
(なるほど。そういう事か)
ぱらりとページをめくる。
また絵図。
片羽根を落とした女神が、獣人族に背を向け、太陽に杖を上げている。
そして、大きな岩に潰された獣人族。
古人曰く、鳳、地に落つ。
テヅカ、鳳に潰され、地に埋もる。
テヅカ消え、鳳去る。
両の神消え、人も去る。
されどテヅカの戦士は消えず。
(戦士は消えず、か・・・)
テヅカの戦士。
これは現在の米衆連合の先住民の先祖だ。
テヅカのあだ名、彫カトウ。
テヅカにあやかって、彫で紋様を入れる。彫を入れるから彫カトウ。
後世の者が勝手につけた名で、テヅカは妙な名を、と変な顔をしていた。
最初は獣人であるテヅカの模様を真似ていたのが、今の様々な模様に変わった。
絵図の小さな人々には、彫がない。紋様がない。
彫を入れるようになったのは、テヅカが封印された後か・・・
ぱらり。
絵図。
膝を付き、落ちた羽を太陽に掲げて拝む人々。
反対側には、同じように膝を付き、岩を拝む人々。
どちらの神の姿もない。
鳳の神を祈る者達と、テヅカ神を祈る者達・・・
(ん?)
羽を太陽に掲げて拝む人々。
羽を掲げて・・・拝む。
(もしや・・・)
教会には、天使だとか、白い羽の神の使いのような存在が、よく描かれる。
羽。
白い羽。
なるほど、教会が欲しがるはずだ。
神が落とした白い羽。
我らの神は、邪悪な戦の神と戦いました。
美しき羽を落としながらも、人々をお救いましたとさ・・・
なるほど、そう見て絵図を見ると、確かに教会に描かれる神に似ている。
太陽を背にした姿。
白い服、白い羽。
勿論、教会の神ではない。年代が全然違うのだ。
(ははあん)
あの基地の地下に厳重に保管されているのは、神の身体の一部、羽だ。
それをなぜ教会が保管しないのか。
何らかの理由で運び出せないのだ。
それで、伝道所と言う名の見張りを建てて置いた。
しかし、教会内でも知る者は少なかったはず。そうそう記録にも残せまい。
年を重ね、いつしか知る者は消えてしまい、伝道所は廃れて消えた。
そして、今。
残された神の身体の一部を、軍が保管。もしくは研究している。
9割方、後者だ。
神の力を求めて。
ぱたん、とカオルが資料を閉じ、机に戻る。
資料を開き、ノートに絵図と古人の言葉を写していく。




