第10話
翌朝の事であった。
疲れてぼんやりした頭で起き、もそもそと寝袋から出た時。
は! として、マサヒデが声を上げた。
「起きて!」
寝不足で鈍くなっていたか! ここまで近付いていたとは!
皆が目を開けた瞬間、クレールが作った土の壁の外から、何かが放り投げられた。
(爆弾!?)
マサヒデが爆弾の頭を抜き打ちに斬り落とそうとした時、さ! とカオルが手を伸ばし、ぴたりと刀が止まった。
何も言わず、ひょいっとカオルが爆弾を投げ返す。
「うわあー!」
と声が聞こえ、すぐに「どかん!」と爆発音。
カオルはするっと立ち上がり、マサヒデに頭を下げ、
「ご主人様。おはようございます」
「急に手を出したら危ないですよ!」
「ご主人様なら止めて頂けると分かっておりました」
爆発音が聞こえた方を見ると、ばかかっ、ばかかっ、と馬の走り回る音。
「何事です!?」
アルマダが飛び起きざまに剣を抜く。
「何だ!?」
シズクも飛び起きて、鉄棒を構える。
イザベル、アルマダの騎士達、ラディ、クレール、トモヤ。
「ああ、全員無事ですね」
ぼとん。ちりちりちり・・・
また爆弾!
「あっ!?」
驚く皆を尻目に、ひょいとカオルが爆弾を拾い、また外に放り投げる。
どかん!
「うわーっ!」
また叫び声。
カオルが首を傾げ、
「馬鹿なのでしょうか?」
「さあ・・・」
マサヒデがクレールの側に歩いて行き、
「クレールさん、死霊術で蝶か鳥でも出して、外、見てもらえます? 相手が鉄砲持ってたら、顔を出した瞬間、ぱん! ですので」
「はい!」
ふわりと蝶が舞っていき、土の壁の上に止まる。
クレールは目を閉じたまま。
死霊術で呼び出した生物の目で何かを見る時、自分の視覚はなくなるのだ。
「2人です。馬に乗っています。鉄砲、持っています。3人、倒れています」
「5人。勇者祭の者と見て良いですかね・・・」
マサヒデが頷き、
「おーい! 勇者祭の人ですかー!」
「ブッ殺す!」
「みたいですねえ。さあて、どうしましょうかねえ」
クレールが目を閉じたまま、
「私が」
シズクが手を上げ、
「私、私!」
「いや、ここは私が」
カオルがすらりと刀を抜く。
「皆さん、何を言っているのです。狙いは私です」
アルマダが呆れ顔で剣を肩に乗せる。
(この人達は朝から何を・・・)
ラディが目をこすり、枕元の眼鏡を取ってかける。
「じゃあ、くじを作りますよ。文句なしですからね」
「出てこいやあー!」
ぱあん! ぱあん!
びす! びす!
拳銃の音と、土の壁に銃弾が刺さる音。
マサヒデは暢気に懐紙でこよりを作り、ぷつ、と指先を斬ってひとつの先を血で染め、くしゃくしゃやって握る。
「カオルさんは最後ですよ。あなた、当たりがどれか分かってるでしょう」
「は・・・」
ぱあん! ぱあん!
びす! びす!
銃声の中、シズクがくじに手を伸ばし、
「じゃあ、私! えーと・・・これ!」
ぴ!
「外れたあーっ!」
「はいはい! 私が次を引きます! これ!」
ぴ!
ああっ! とクレールの顔がほころぶ。
「当たったー!」
「くっ!」
アルマダが悔しそうに横を向き、すらりと剣を納める。
カオルも溜め息をついて刀を納め、
「朝食の用意を致します」
と、馬車の中に入っていった。
「もう少し寝かせて下さい」
マサヒデは寝袋の上に横になる。
その様子を、ラディ、トモヤ、アルマダの騎士達がじっと見つめていた。
皆が顔を突き合わせ、
(おい、あやつら皆おかしいぞ)
(はい)
(トモヤ殿、お声を。カオル殿やシズク殿に聞こえます)
(外でぱんぱん鳴っておると言うに)
「嫌でも馴れてもらう」
ぎく! と皆が肩を竦めた。
腕を組んだイザベルが立っている。
「米衆は剣や槍より、鉄砲が主だ。馴れて頂く」
「はい・・・」
イザベルがラディを見下ろし、
「ラディ。お前も鉄砲使いの端くれ。ここは私もと手を挙げるべきであったな」
「い、いえ・・・私、本業は治癒師で・・・」
「ははは! そこが分かっておるなら良い。そう。手を挙げるべきではなかった」
「はい・・・」
ぼすん!
は! として、皆がそちらを向くと、クレールの眼の前の壁に小さな穴。
この綺麗な穴は、水鉄砲の魔術。
水の魔術の初歩の初歩、水球を浮かせて、後はぐいぐい押して、ぱっと離す。
圧力がぐぐっと高まり、怖ろしい速度で水球が飛ぶ。
1尺もある土の壁に、つるりと磨かれたような穴を開けるほどに。
「ぐはっ!」
ぼすん!
「うご!」
叫び声の後、どさ、どさ、と落ちる音。
馬が駆け去って行く音。
イザベルがクレールの所に歩いて行き、
「もうおりませぬか。勇者祭の者でなく、野盗の類であったかもしれませぬ。しかと周りのご確認を」
「はい!」
ちちち、とクレールの肩から雀が飛んでいく。
「うーん・・・見えません・・・忍みたいに、地面の中に隠れているかもしれませんけど・・・周りは何もないです」
「馬はおりますか?」
「さっきの2頭は逃げましたね。3頭は死んで・・・ません。1頭、足が動いてます」
「他は? 馬がいなければ、まず大丈夫です」
「いません」
ん、とイザベルが頷き、
「もう大丈夫でしょう。この土の壁も崩して頂いて平気です。新手が来ても、この平地では丸見えです」
「はい」
ぼす! と音がして、周りを囲んでいた土壁が消える。
イザベルがラディを手で招き、
「おい、ラディ。出番だ」
「私ですか?」
イザベルが倒れた馬を指差し、
「まだ死んでいない馬がいる。もらっていくぞ。治癒師の出番だ」
「はい」
カオルが馬車からひょこっと顔を出し、
「イザベル様」
「む、カオル殿。何か」
「死んだ馬も頂きましょう。焼くに少々時間は掛かりますが、焼けば今日の食事は腹いっぱいの肉です。鞍の荷も何か使える物があるやも」
「確かに! 頂いて行きましょう!」
「おお! 今日は豪勢になりそうですなあ!」
騎士の1人、サクマが嬉しそうに声を上げる。
皆、貪欲過ぎる・・・半ば驚き、半ば呆れで、ラディはイザベルの後について行く。
馬が1頭、足をゆっくりと泳がせるように動かしている。
「まだ生きておるな。ラディ、急げ。背中側に回れ。腹側から怪我を治すと、蹴られるかもしれぬ」
イザベルが馬の手綱を握り、ラディが倒れた馬の背中側から、血の出ている腹に手を当てる。すぐにのしっと馬が立ち上がった。びく! とラディが後ろに飛び退いたが、イザベルが馬の顔に手を当て、
「よおしよし。鎮まれ・・・お前は怪我をした。それを、そこのラディが助けてくれたのだ」
ふうー! と馬が鼻を鳴らす。
「分かれば良い。お前の主人はどうやら逃げたようだ。ふん。友を見捨てて逃げるなど、碌な者ではない。我らと来るか。野に帰るか。出来れば来て欲しいが、無理強いはせぬ」
「・・・」
イザベルは天才的な馬の才を持つ。時に、馬術の天才と言われるような者に、極々稀に見られる、馬を制する才。クレールのように動物の言葉が分かる訳では無いが、何故かどんな悍馬もイザベルの言う事を聞く。
ぱさ、とイザベルが手綱を離し、くるりと振り返ると、馬はイザベルの後をついて来た。イザベルは歩きながら振り返り、
「前のゴミ主人がつけた名は捨てよ。新しい名を付けよう。良い名を考えておく」
ぽくり、ぽくり・・・
イザベルが馬車を指差すと、馬は馬車の近くで足を止め、草を喰み始めた。
ぶる! と馬車を引く馬が小さく鳴き、ぎく! と馬が顔を上げた。
馬車を引く馬は黒影という。
カオルが捕まえてきた巨馬。文字通りの大きな馬。
本来は戦馬として使うべき馬だが、カオルにはもう1頭、白百合という馬がいるので、黒影の力強さから馬車を引く役に落ち着いている。
マサヒデ達一行の馬は、イザベル以外は皆が同じ群れから捕えて来たので、どれも大きく立派な馬だ。
新しい馬は恐る恐る周りを見渡し、ふと小さな老いた荷馬に目をやった。
貧相・・・
周りが大きいからそう見えるのではない。本当に貧相。
マサヒデが初めて捕まえた馬、ヤマボウシ。まるでロバのようだ。
ほ、と安心したように、新しい馬は草を喰み始めた。




