第90話 獄吏は王に秘策を授ける
「なにがなんでも、諦めないんですね・・・」
先が思いやられる、とルシアンの表情は苦い。
窓辺のカーテンが揺れた。
静蘭は、面白そうに目を細める。
「でも、どうやって王妃を取り戻します?」
――もはや、レザリアの王妃ではなく、草原の女帝となりつつある、あの女を。
「思案中だ」
(・・・取り戻した、ところで。)
おとなしく、男のもとに留まるまい。
(ならば、どうすれば)
ユイが、吹き出す。
「むりむりー」
アレクシスの視線が動く。
「全然本意じゃないのに離婚請願に署名して、未練たらたらなのに草原に帰して、現在進行形で遠距離恋愛なんて、フツーに詰んでますよぉ?」
「お前は、もっと気遣いのある言い方ができないのか」
ルシアンが呆れたように言う。
「だって、姫様は草原のほうが似合うし」
そして、ぽろり、と口を滑らせる。
「シキ様も死にそうだったし」
空気が止まった。
「・・・なんだと?」
底冷えするような王の声が落ちた。
「あ」
ユイが固まる。
「なんでもないですぅ」
ごまかすように、皿の菓子に手を伸ばす。
が。
「ルシアン、取り上げろ」
ユイの前にあった焼き菓子の皿が、ふわり、と浮いた。
「!!」
「わたしのお菓子ぃ!」
ユイが慌てて立ち上がる。
ルシアンは、無表情のまま皿を遠ざけた。
アレクシスが言う。
「詳しく話せ」
「やだー!」
「話せ」
「陛下ってば横暴です!」
ユイが涙目になる。
「返してくれなきゃ、シキ様のほうを応援しちゃいますからねっ!!」
静蘭が、ぷっと吹き出した。
「王妃はあの護衛のために草原に帰還を?」
ルシアンが、余計なことを言う。
アレクシスの底冷えした視線が、騎士を刺した。
ぎくりとして、騎士は黙る。
――シキのためばかりではない。
そんなことは百も承知だ。
ラゴウは、自らが協定会合の取引の駒となることで、
レザリアを救い、草原を抑え、わたしを生かし、シキを助けた。
分かっていて、それでも、癪に障る。
――あの女は。
いつもこんなふうに、わたしを焦らせ、煽り、余裕を失わせる。
なんて面倒な女に捕まってしまったのだろう。
――愛している、と言ったくせに。
何度も身体をつなげて、あんなにも蕩けるような目で煽るくせに。
草原の最強戦士。ラゴウの影――シキ。
身体をつなげる深さよりも、おそらくずっと深奥で、ラゴウとつながっている男。
(どう奪い返す)
どうすれば。
いやがおうなくあの女を引き寄せる、磁場になれるのだ。
――たったひとりの女のために、これほど計略を巡らせる自分の愚かさにあきれてしまう。
自嘲するように、王は笑う。
「陛下はめちゃくちゃ姫様の好みですけど」
またこいつは余計なことを言う気か、とルシアンは睨む。
が、知ってか知らずか、侍女は悪意なく王の神経を逆なでする。
「眼帯はずしたシキ様なんて、今の数倍はいい男なんですから!」
「目隠しをしていないシキを知っているのか」
「知ってますよぉ。あたし、一応フギですから。ほんとは、陛下やルシアン様より、ずっと年上なんですからね」
15、6の小娘にしか見えない童顔の侍女を、ルシアンはまじまじと凝視する。
ふふん、とユイは胸を張る。
「シキ様なんて、昔からとんでもなくモテましたし」
「・・・そうか」
「姫様が生まれた日から、ずーっと姫様だけ見てるんですよ」
アレクシスの眉が、わずかに動く。
ユイは気づかない。
「何千年も探して」
「何千年も待って」
「何千年も守って」
「もう執着とかそういうレベルじゃないんですよねぇ」
「・・・何千年」
ぽつり、と王が呟く。
「時間だけで言ったら、陛下なんて全然勝負になりません」
「ユイ」
ルシアンが警告する。
遅かった。
「しかも本気になったシキ様って、かなり反則級なんですよ」
「ルシアン」
「はい」
「菓子を没収しろ」
「ぎゃー!!」
静蘭が、くすくすと笑っている。
「陛下!!」
ユイは、びし、と王を真正面から睨んだ。
拷問解禁以来、どうも人が変わったように恐れを知らない侍女である。
「・・・なんだ」
「あたしに意地悪するなら、秘策を教えてあげませんからね!」
「秘策?」
「姫様を虜にする方法です」
アレクシスの眉が、ぴくりと動く。
ふふん、と侍女は偉そうにふんぞり返る。
「知りたいでしょう」
「口車に乗せられてはいけません。どうせテキトーに言ってるだけですよ」
とルシアン。
「あたしをなめてもらっては困ります!得意なのは拷問だけじゃないんですから。だてに、草原監獄の看守だったわけじゃないんですよーだ。自白をさせるための、人心掌握術の天才と呼んでください!」
「・・・自白誘導の天才なら、フェルンでの不審者の男たちを、あそこまで徹底的に痛めつける必要はなかったのでは?」
「ええー、だって拷問のほうがおもしろいんですもん」
「・・・やはり、ろくでもないな」
「ひどい言い様です、陛下ったら!」
「わたしは聞きたいわ、その秘策とやら。・・・ねえ、陛下?」
静蘭も、なにやら楽しそうだ。
「・・・菓子を返してやれ」
低い声で、王は言った。
「うわー、やったー」
ユイが勢いよく立ち上がる。
ルシアンは呆れながら皿を戻した。
侍女は即座に焼き菓子を確保する。
まるで誰にも渡すまいとする小動物だった。
「それで?」
静蘭が微笑む。
「秘策とは?」
ユイは焼き菓子をひとくち齧った。
そして。
にやりと笑う。
「帰る場所になることです」
第90話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は久しぶりに、少し肩の力を抜いた回でした。
離婚したばかりなのに、まったく諦める気のないアレク。
そんな王を遠慮なく煽るユイ。
そして苦労人のルシアン。
書いていて楽しい面々でした。
ただ、今回の話で大事なのは最後の一言です。
「帰る場所になること」
ラゴウにとって、本当に大切なものは何なのか。
アレクは、その答えに辿り着けるのでしょうか。
次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。




