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第74話 おまえは、誰だ

 

「・・・で?」

 ぱち、と。

 焚き火が爆ぜる。

 湯治洞の奥。

 負傷者たちのいる石室から少し離れた、小さな空洞。

 ユイは、血まみれの包帯を放り投げながら、じとりとシキを見上げた。

「略奪愛、しちゃいます?」

 沈黙。

「シキ様、顔が怖いですよ」

 返事はない。

 ユイは、わざとらしく頬杖をつく。

「でも、ちょっと応援しちゃうかもです」

「うるさい」

 低い声だった。

 その瞬間。

 洞窟の空気が、ぴり、と震える。

 ユイは肩をすくめた。

「はいはい。怖ーい」

 だが。

 その視線は、すぐに真剣なものへ変わる。

 シキの黒衣の下。

 滲み出た血が、地面へぽたり、と落ちた。

「・・・ひどい傷ですよ」

 ユイは包帯を巻こうとして、ぴたりと手を止めた。

「・・・なんでそこで縦に巻く」

 シキが低く言う。

「え?」

「それでは途中でほどける」

 見れば、包帯が妙な方向へねじれていた。

 ユイは慌てて巻き直す。

「きつい」

「えっ?」

「締めすぎだ」

「だって、難しいんですよこれ!」

 ユイはあわてて包帯を引っ張る。

「皮剥いだり骨砕いたりのほうが簡単ですもん」

「比較対象がおかしい」

 シキは深くため息を吐いた。

 ユイはぶつぶつ言いながら、再び包帯へ手を伸ばす。

「侍女のくせに、包帯ひとつまともに巻けないのか」

「そりゃあ、シキ様の大事な大事な姫様ほどには、うまくは巻けませんよーだ」

 ぴくり、と。

 ほんのわずか。

 シキの指先が止まる。

 だが次の瞬間には、冷えた声が返った。

「黙れ」

 黒い紋様。

 盟約の刻印。

 それが、首筋から胸、腕、脇腹にかけて赤黒く浮かび上がっていた。

 まるで。

 皮膚の下で何かが暴れているように。

 裂けた血管から、じわじわと血が滲んでいる。

「いくら不死身のシキ様でも、これはさすがにシャレになってません」

 ユイが眉をひそめる。

 シキは答えない。

 ただ。

 壁へ背を預けたまま、呼吸を整えていた。

 全身が、軋んでいる。

 骨が。

 血が。

 臓腑が。

 ――盟約違反。

 草原王への反逆。

 フギ族の身体は、それを許さない。

 それでも。

 シキは、カヨウへ刃を向けた。

「姫様をお呼びしましょう!治療できるかも」

 ユイが不器用に包帯を結びながら、思いついたように言う。

「ユイ」

 制止。

「ラゴウには言うな」

 短く、命じる。

「ええー。でも、かなりヤバいですよこれ」

「黙っていろ」

 低い。

 感情を削ぎ落とした声。

 シキは、ゆっくりと立ち上がる。

 黒衣を羽織る。

 浮かび上がった刻印も。

 滲む血も。

 裂けた皮膚も。

 全部を隠すように。

 ユイは、その背を見ながら、呆れたように小さく呟く。

「・・・重症じゃないですか」

「地上のほうを見てくる」

「もぉー。奪おうと思えば奪えるのに、あえて奪わないなんて、シキ様ってば愛ですねー」

(・・・愛?)

 ふざけた戯言だ。

「なんの冗談だ・・・馬鹿が」

 吐き捨てるように言って、踵を返す。

 ただ。

 ふいに、呼吸が乱れた。

 近い。

 熱い。

 唇へ残る、薬草と血の匂い。

 ラゴウの呼吸。

 喉の奥で震えた、小さな声。

 それを思い出した瞬間。

 胸の奥が、焼けた。

「・・・っ」

 シキは反射的に石壁へ手をつく。

 指先が、震える。

 頭の奥で、古い声が響く。

 ――フギは、ジョカを求める。

 宿命。

 盟約。

 半身。

 欠けた魂。

 何千年も前から繰り返される神話。

 分かっている。

 これは、情による衝動などではない。

 そのはずだ。

 なのに。

 もっと深く。

 触れたかった。

 抱き締めたかった。

 あの女を。

 ・・・女?

 シキの喉が、ひくりと震える。

 違う。

 本当に?

 ラゴウ、なのか。

 それとも。

 ジンナイ、なのか。

 あの異質な魂。

 時代の外から落ちてきた、“もうひとつの存在”。

 いや。

 違う。

 もっと曖昧だ。

 ラゴウでもない。

 ジンナイでもない。

 もっと深い場所。

 もっと古い何か。

 魂の奥で。

 ずっと探し続けていた“誰か”。

 見えてしまう。

 目隠しをしていても。

 血の流れ。

 魂の揺らぎ。

 輪廻の因果。

 そして。

 あの女の奥に、幾重にも重なって見える影。

 女媧。

 ジョカ。

 草原の女帝。

 壊れた天を繋ぎ止める女神。

 その残滓が。

 確かに、ラゴウのなかにある。

「・・・おまえは」

 掠れた声が漏れる。

「誰なんだ」

 自分でも。

 誰へ問いかけているのか分からなかった。

 ラゴウへ?

 ジンナイへ?

 それとも。

 もっと別の、なにかへ?

 胸が、激しく軋む。

 ――フギは、ジョカを求める。

 なら。

 幻や神話ではない。

 たしかな実体として。

 おれの目の前で笑いわめき甘え怒り泣くあいつは。


 ラゴウなのか。

 ジンナイなのか。

 ジョカなのか。


 分からない。

 分からないのに。

 確信に近い予感がある。


 ――もし本当に、あいつがジョカの魂そのものであるならば。

(・・おれは、もう、逃げられないだろう)

 永遠に捕らわれて。


 身体だけが知っている。

 ずっと探していた、と。

 何千年も。

 気が遠くなるほど長い時間。

 ずっと。

 この魂へ、触れたかったのだと。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

これまで“感情のない影”みたいに見えていた男が、ラゴウという存在によって、少しずつ揺らぎ始めています。

それが愛なのか。

宿命なのか。

輪廻の記憶なのか。

シキ自身にも、まだ分かっていません。

ただ、もう戻れないところまで来てしまった――そんな回だった気がします。

あと、ユイは通常運転でした。

包帯をまともに巻けない侍女、好きです。

そして次回から、王都側も本格的に動き始めます。

洪水。

疫病。

草原軍。

神殿。

壊れ始めた国の中で、それぞれがどんな未来を選ぶのかを書いていけたらと思っています。

もし続きを読みたいと思っていただけたら、ブックマークや感想などで応援いただけると嬉しいです。

いつもありがとうございます。

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