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第46話 見せつける距離

 広間の空気は、すでに張り詰めていた。

 四大国会議から数週間後。

 草原からの使者が到着した。

 その報は、数日前から知らされていた。


 使者は、謁見の間に控えていた。

 近衛隊の騎士たちは、正装して横に並んでいる。

 先頭は、ガレスだ。

 一糸乱れぬ統率で、直立不動の姿勢で立っている。

(ラゴウが、いない)

 ルシアンから明かされた秘密――ラゴウは王妃である――は、いまだに現実感がない。

 王妃は虚弱体質で、とても表に出られる状況ではないということになっていた。

(あの女の、どこが虚弱体質だ)

 毒づきたくなる衝動を抑え、ガレスは礼の姿勢を取る。

 そのとき。

 広間の扉が、開いた。

 ざわめきが、止まる。

 ガレスは、顔を上げた。

 そして――固まる。

 王が、入ってくる。

 後ろには、ルシアンが追従している。

 その隣に。

 女がいた。

(・・・誰だ)

 本気で思う。

 三拍ほど遅れて。

(・・・いや、まさか)

 思考が、追いつく。

 黒の礼装。

 夜をそのまま纏ったような深い黒。

 そこに走る金糸が、灯りを拾い、わずかに揺れる。

 歩くたび、光が滑る。

 細く編み込まれた髪。

 編み目の間に、細い金の飾りが差し込まれている。

 それが、呼吸に合わせてかすかに鳴る。

 首筋は、すらりと白い。

 無防備なほどに露出しているのに。

 どこにも隙がない。

 鎖骨の線は、繊細で。

 その下に、うっすらと残る赤い痕が、かえって視線を引く。

 隠す気がない。

 むしろ。

 見せつけるように。

 視線が、離れない。

 顔を上げる。

 金の瞳。

 まっすぐに前を見据えている。

 揺れない。

 怯えない。

 そのくせ。

 唇には、かすかな笑み。

 柔らかく。

 だが、迎合しない。

(……違う)

 ガレスは、思う。

 あの女は。

 こんなふうに、立つ女だったか。

 戦場で見た姿とは、まるで別人だ。

 だが。

 違う。

 同じだ。

 同じものが、そのまま形を変えている。

 荒さは消えていない。

 ただ。

 削ぎ落とされて。

 磨かれて。

 ――完成している。


 王の手が、自然にラゴウの腰に回る。

 引き寄せる。

 ラゴウは、拒まない。

 視線を合わせる。

 わずかに、体を預ける。

 その距離。

 その呼吸。

 一瞬で、分かる。

(・・・これは)

 演技とは思えない。

 少なくとも。

 それだけではない。

(・・・美しい)

 思わず、そう思う。

 認めたくはないが。

 目を逸らせない。


(・・・ちょっと待て)

 ガレスの思考が混乱する。

(あの女は、こんな顔で笑うのか?)

 柔らかく。

 穏やかに。

 ――見たことがない。

(いやいやいやいや)

 内心で首を振る。

(違うだろ。あの女はもっとこう・・・殴るぞって顔で――)

 王が、ラゴウの髪に触れる。

 指先で、整える。

(・・・近い近い近い近い)

 ガレスの中で何かが崩壊する。

 視線が落ちる。

 首筋。肩。布の隙間。

 ――痕。

(・・・あえて、見せつけてる、よな?)

 確信する。

 隠そうとしていない。

 草原への牽制だとは、思う。

 しかし、それにしても。

 露骨すぎる独占欲を、演出しすぎではないのか。

(・・・つまり)

 理解する。

 したくないが。

(そういうことか)

 ルシアンの声が蘇る。

 ――王妃だ。

(・・・本当に?)

 もう一度、見る。

 笑っている。

 寄り添っている。

 触れている。

 否定できない。

(あの女は、王妃だ)

 そして。

(・・・完全に、王のものだ)

 ガレスは、静かに息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇


 数日前。

 王妃の部屋。


 ――あなたを失いたくない。


 あの夜以降、王はなにかと理由をつけては部屋を訪ねてくる。

 剣の稽古。弓の調整。時には馬を駆って遠乗りする。

 すべて。「近衛の職務の延長」という顔で。

(・・・タチが悪い)

 断れないし、逃げられない。

 気がつけば、いつのまにか、夕食まで、共にするようになっていた。

(・・・これまでの埋め合わせのつもりか)

 贖罪か。義務か。それとも――

(・・・分からん)

 あいかわらず、意図が読めない。


 そして、その日の夜。

 いつものようにふらりと王妃の部屋を訪ねてきて、卓をはさんでふたりで座り、ユイの入れた茶を飲みながら。

 アレクシスは、提案した。

 ――明日、草原の使者による正式な訪問がある。それに臨席してほしい。

 それ自体はおかしな話ではない。

 問題は。

「――夫婦仲が良好なふりをしてください」

 ラゴウは、あからさまに顔をしかめた。

「ばかばかしい」

 吐き捨てる。

「そんな演技に加担しなきゃならない理由はなんだ」

 一拍。

「第一、こっちとしては、廃后されて草原に帰れるなら、それはそれで願ったりかなったりだ」

 視線を逸らす。

「もともと、そのつもりだったんだからな」

 沈黙。

 アレクは、すぐに否定しなかった。

 一拍。

 静かに、茶器を置く。

「今回の使者の要求は、三つです」

 淡々と。

 感情を交えずに。

「一つ」

 指をひとつ立てる。

「王妃の価値の確認」

「二つ」

「レザリアに対する影響力の測定」

「三つ」

 わずかに、視線を上げる。

「――奪えるかどうかの判断」

 沈黙。

 ラゴウの眉が、わずかに動く。

 アレクは続ける。

「つまり」

 短く、言い切る。

「あなたを“連れ帰る”か、“利用する”か、“捨てる”か」

 一拍。

「その選別に来ています」

 ことり、と静かな音を立てて茶器を置く。

「草原に帰れば自由の身になると、本気でそう思っているなら」

 低く、静かに。

「あなたは、草原を見誤っています」

 ラゴウの眉が、ぴくりと動く。

「……は?」

「“帰れる”と思っているのが、まず甘い」

 一歩、近づく。

「今回の使者は、あなたを迎えに来るのではありません」

「では何だ」

「値踏みです」

 即答だった。

「あなたが、まだレザリアにとって重要な駒かどうか」

「草原にとって、回収する価値があるかどうか」

 一拍。

「そして――こちらが、あなたをどれだけ手放したくないか」

 ラゴウは黙る。

 アレクは続けた。

「もしここで、わたしたちの関係が冷え切っていると見られたらどうなると思います」

「廃后の話が進む。それだけだろ」

「違う」

 低く、言い切る。

「草原は、次に“譲歩”ではなく“介入”を選ぶ」

 沈黙。

「あなたが不要になったと判断されれば、草原は別の娘を寄越すでしょう」

「新たな婚姻で、より強くレザリアの中枢に入り込むために」

「あるいは、あなたを“失敗した同盟の象徴”として利用する」

 一拍。

「王宮で廃された女王として」

 ラゴウの目が、細くなる。

「……何が言いたいんだ」

「あなたは、自由にはならない」

 はっきりと。

 逃げ場のない声で、アレクは言った。

「草原へ戻ったところで、“戻った王女”にはならない」

「廃された王妃です」

「責任を問われる。再婚の駒にされる。あるいは、王権のための生贄にされる」

「少なくとも」

 視線が、まっすぐラゴウを射抜く。

「あなたが望む形では、絶対に帰れない」

 沈黙。

 ラゴウは、何も言わない。

 アレクはさらに続けた。

「それだけではありません」

「今ここで、王妃の地位が揺らげば、草原だけではなく神殿も動く」

「“王統の整理”と“婚姻の再編”が始まる」

「そうなれば、あなた一人の問題では済まない」

 一拍。

「レザリアも、草原も、北嶺も、教会も、全部があなたを中心に動き始める」

「盤面が崩れるんです」

 ラゴウが、ようやく口を開いた。

「……つまり?」

「つまり」

 アレクは息を吐く。

「あなたがここで“捨てられた女”に見えることは、誰にとっても都合がよすぎる」

「草原にとっても」

「教会にとっても」

「そして、おそらくメフィストにとっても」

 ラゴウの目が、鋭くなる。

「・・・メフィスト」

「ええ」

「だからこそ、逆を演じる必要がある」

 一拍。

「逆って・・・」

「あなたは、この国で最も揺るがない地位にある」

「王の隣に立つ、唯一の女だと」

 沈黙。

 ラゴウは、鼻で笑った。

「それで、仲良し夫婦ごっこか」

「ごっこでは困ります」

 さらりと返す。

「疑いの余地がないくらいに見せつける必要があります」


第46話までお読みいただきありがとうございます。

人前で寄り添うふたり。

けれど、その裏では盤面を読む王と、逃げ場を失っていく王妃がいます。

ラゴウは、ただの演技で済ませたい。

アレクは、演技だけでは終わらせたくない。

同じ距離に見えて、心の距離はまだ噛み合っていません。

そして草原の使者来訪。

静かに見えて、水面下ではそれぞれの思惑が動き始めました。

どうぞ続きも見届けていただけたら嬉しいです。

面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、

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