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第45話 誤魔化して残るもの

 

 別のグラスを取る。

 酒を変える。

 葉の量を減らす。

 苦味を、少しだけ残す。

「・・・たぶん、こうだ」

 差し出す。

 シキが受け取る。

 一口。

 沈黙。

「苦い」

「だろうな」

 ラゴウも飲む。

 喉に透明な液体が落ちる。

 重い。

 だが、抜ける。

 シキが言う。

「嫌いじゃない」

 ラゴウが、わずかに笑う。

「だと思った」

 一拍。

 ラゴウは、グラスの縁をなぞる。

「・・・甘いの、嫌いだろ」

「無駄だからな」

「だよな」

 沈黙。

 ラゴウは、視線を落としたまま。

 ぽつりと、言う。

「・・・あいつは、甘いの飲んでたけどな」

 シキは、何も言わない。

 ただ、飲む。

 苦味が、静かに残る。

 ラゴウは、ふっと息を吐いた。

「・・・ちなみに」

 グラスをもうひとつ引き寄せる。

「俺の好きなやつは、こっちだ」

 瓶を取る。

 さっきより軽い香りの酒。

 ほとんど透明だ。

 そこに、細く刻んだ葉を落とす。

 潰さない。香りだけを乗せる。

 次に、柑橘。

 指で軽く絞る。

 雫が落ちる。

 ほんの少し。

 そして、透明な液体を注ぐ。

 ――炭酸に近い、軽い発泡。

 シュ、と微かな音。

 ラゴウの口元が、わずかに緩む。

「・・・こんなもんだろ」

 軽く混ぜる。

 さっきより速い。

 雑に見えて、崩れない。

 そのまま、シキに差し出す。

「飲め」

「おまえは、レザリア王の好きな酒を飲むくせに」

 シキは低く言う。

 一拍。

「おれには、お前の好きな酒を飲ませるのか」

 ラゴウの手が、一瞬、止まる。

 視線を逸らす。

「いいから、飲めよ」

 シキは受け取る。

 一口。

 さっきとは違う顔になる。

「・・・軽いな」

「だろ」

 ラゴウが笑う。

 今度は、ほんの少しだけ柔らかい。

「・・・残るな」

 シキが言う。

「後からくるだろ」

 ラゴウは、自分の分を口にする。

 喉に落ちる。

 すっと抜ける。

 だが。

 芯だけが残る。

 シキが言う。

「おれのとはずいぶん違うな」

「そりゃな」

 ラゴウは、グラスを回す。

 中の液が、灯りを拾う。

「おまえのは、削って残す酒」

 一拍。

「これは、誤魔化して残す酒」

 シキは黙る。

 ラゴウは、視線を落としたまま続ける。

「飲みやすい方がいいだろ」

 軽く。

「女も、その方が引っかかる」

 一瞬。

 空気が、変わる。


 ――また、重なる。

 首筋にかかる、金の髪。

 切れ長の目。

 軽い笑み。

 グラスを差し出す手。

 ――これ、強くないからさ。飲んで。

 女が、笑う。

 簡単に、距離が詰まる。


 ラゴウの指が、わずかに止まる。

 すぐに戻る。

 シキが、静かに言う。

「・・・恋人が?」

 ラゴウは、ふっと笑う。

「不自由はしなかったな」

 一拍。

「顔も身体も、それなりに使えた」

 グラスを傾ける。

「男にも女にも、言い寄られたし」

 軽く。

 どうでもいいことのように。

「学費のために、ホストまがいのこともやった」

 一瞬。

 視線が、遠くなる。

「・・・まあ、いろいろだ」

 それ以上は言わない。

 シキは、聞かない。

 沈黙。

 ラゴウが、ぽつりと続ける。

「でもさ」

 少しだけ、声が落ちる。

「――あいつは、違うだろ」

 一拍。

 グラスの縁を、指でなぞる。

「誠実で、穏やかで、公平だ」

「選ぶべきものを、ちゃんと選んで」

「間違えない」

(選び間違えたのは、自分の妻くらいのもんだろう)

 苦笑する。

 ・・・そう。選び間違えた。それだけだ。

(あいつが選ぶべき女は、ほかにいる)

「・・・ああいうやつが、いちばん厄介だ」

 喉に、酒が引っかかる。

 軽いはずなのに。

 妙に残る。

 シキが、言う。

「王と寝たいのか」

 直球。

 ラゴウは、少しだけ黙る。

 それから。

「・・・分からん」

 短く。

 視線を落とす。

「これはラゴウの身体だろ」

 一拍。

「だから、触れられれば、反応するよな」

 緊張する。動悸が早くなる。

 また、あの夜のような、とんでもない失態を犯しそうになる。

「でも、中身は――」

 言葉が、止まる。

 小さく、舌打ちする。

「いや・・・もう、どっちか分からない。ラゴウが反応しているのか、ジンナイが反応しているのか」

 それとも、両方なのか。どちらでもないのか。

 沈黙。

 シキは、何も言わない。

 ただ、グラスを傾ける。

 苦味だけが、残る。



 ラゴウが、ぽつりと。

「・・・なあ」

 シキは答えない。

 続きを待つ。

 ラゴウは、少しだけ顔を上げた。

 金色の目が、わずかに潤む。

「“失いたくない”って、言われた」

 沈黙。

 シキは、微動だにしない。

 ラゴウの声が、低く落ちる。

「・・・どう受け取るのが正解だ」

 わずかな間。

「好きに受け取れ」

 シキは言う。

 ラゴウが、乾いた笑いを漏らす。

「それができれば、飲んでない」

 グラスを持ち上げる。

 だが、口にはつけない。

 ただ、揺らす。

 赤い液体が、灯りを映す。

 沈黙。

 ふいに、口を開く。

「・・・あいつはさ」

 視線は落ちたまま。

「たぶん、一度選んでしまったら、それを修正できないだけなんじゃないかと」

 なにか言い訳するように、言う。

「誠実で、聡明で・・・責任を取る男だよな」

 指先が、わずかに止まる。

「だから――」

 言葉が、少しだけ詰まる。

「・・・選び間違ってたとしてもさ。一度婚姻を結んだ女を、別れるとか捨てるとか、絶対しないやつだよな」

 小さく笑う。

 力がない。

 沈黙。

 シキが、静かに言う。

「そう思うんなら、なぜ聞く」

 一瞬。

 ラゴウの手が止まる。

 答えない。

 答えられない。


 夜。

 ひとりでいるとき。

 ふと、思い出す。

 ――あなたを、失いたくない。

 あの声。

 あの目。

(・・・勘違いだ)

 そう思う。

 思うことにする。

 感情より。

 義務。責任。立場。

(……だから)

 あの言葉も、きっと、その延長だ。

 好きだとか。

 触れたいとか。

 束縛したいとか。

 そういう、そんな、生々しいものじゃない。

 はず、だ。


 シキは、わずかに首を傾けた。

 眼帯の奥で、何かを“見ている”ように。

 ラゴウは、小さく、吐き捨てる。

「・・・最悪だ」

 何が、とは言わない。何が、なのか、自分でもよく分からない。

 シキは、何も言わない。

 ただ、そこにいる。

 揺れないまま。

 ラゴウの前で。


第45話「誤魔化して残るもの」をお読みいただき、ありがとうございます。

酒の味と同じように、ラゴウの中にも残るものが少しずつ見えてきた回でした。

削って残すのか、誤魔化して残すのか。

その違いが、これからどう出てくるのか――。

次話から、また大きく動きます。

引き続き、お楽しみください。

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