第41話 本当の誕生日
視線が、勝手にアレクシスを追う。
カナリアのほうへ向けられる表情。
言葉を交わす距離。
穏やかな目元。
(……あんなやつ、さっさと聖女に譲り渡してやればいい)
そのはずなのに。
ラゴウは小さく舌打ちした。
「……面倒くさい」
そのときだった。
「ラゴウ様」
穏やかな声。
振り向く。
カナリアだった。
内々で近衛隊の騎士になっている体裁のため、王妃様、とは呼べない。
おのずと、名前を呼ばれることになる。
白い衣の裾を揺らし、柔らかく歩み寄ってくる。
周囲のざわめきが、わずかに変わる。
視線が集まる。
ラゴウは表情を変えなかった。
「なんだ」
ぶっきらぼうに言う。
カナリアは、少しも気を悪くした様子を見せない。
むしろ、いつも通りの微笑を崩さないまま、ラゴウの肩へ視線を落とした。
「お怪我の具合は、いかがですか」
「すっかり回復している」
「それは何よりです」
一拍。
カナリアは、ほんの少しだけ声を低くした。
「でも、跡が残るかもしれないと伺いました」
ラゴウは肩をすくめる。
「別にかまわない」
「そうですか」
カナリアは微笑む。
だが、その微笑みの奥で、瞳だけが揺れない。
「わたしなら、癒せたかもしれませんのに」
柔らかい。
あくまで優しい声音。
それでも、ラゴウは聞き取った。
その中にある、ほんのわずかな棘を。
「あなたの治療の優先順位は、負傷兵だ。一度に使える回復魔法にも限りがあると聞いたし、あなたの負担も大きくなるだろう。・・・わたし自身も、あなたの治療を望まなかった」
それに、と続ける。
「傷が、残るほうが、都合がいいこともある」
・・・その傷跡の意味と価値を、大切に抱えて生きていきたいと思うときもある。
カナリアの睫毛が、わずかに震える。
「……そういうお考えも、あるのですね」
沈黙。
周囲は祝宴の音に包まれている。
だが、この小さな空間だけ、妙に静かだった。
やがて、カナリアは気を取り直したように視線を広間へ戻し、明るい声で話題を変えた。
「陛下は、毎年、わたしの誕生日に、心のこもった贈り物をくださいました」
唐突な話題。
だが、唐突ではない。
ラゴウは黙っている。
「高価なものではないのです」
カナリアは続ける。
「わたしを気遣うお手紙をいただいたことがあります」
「故郷のお菓子を、わざわざ取り寄せてくださったことも」
「お忍びで、遠乗りに連れ出してくださったこともありました」
ささやかな思い出のひとつひとつを、愛おしそうに聖女は語る。
王がどれほど細やかにカナリアを気遣っていたか、痛いほど分かる。
(・・・マメな男だな、ほんとに)
アレクが本当にカナリアを見ていたことが。
本気で、好きだったことが。
誠実に、大切にしていたことが。
分かってしまう。
カナリアはラゴウを見た。
「王妃様のお誕生日にも、きっと素敵な贈り物を贈られるのでしょうね」
やわらかな笑み。
まるで、何気ない会話のように。
ラゴウは、ふっと笑った。
「あいつは、毎年、そつなく抜け目なく、誰からも文句のつけようのない、政治のために選び抜いたものを贈ってくるぞ」
「・・・まあ、それは、素敵ですね」
お気の毒に、という響きに聞こえる。
・・・いい女なのに、ちゃんと嫌味な女だ。満面の笑みで皮肉を投げてマウントをとってくる。
(・・・別に、関係ない)
「すてき、ねえ。気の利く侍従や有能な側近たちが、草原との同盟に影響しないようにって知恵をしぼって選んでる品々だろうから、まあ高価ではあるだろうな」
ラゴウは淡々と続ける。
「贈り物なんかなにをもらっても同じだ。売れるものならなんでもいい」
カナリアが、初めて言葉を失う。
ラゴウは、視線を逸らさない。
一拍。
・・・情なんか、なにひとつこもってない。
あの男がラゴウに贈り物をするとすれば、ただの政治上の手段だ。
広間の音が、遠くなる。
カナリアの微笑が、ほんの少しだけ固まった。
ラゴウは、つぶやくように、続ける。
「・・・ちゃんと、分かってる」
低く。
喉の奥が、ひりつく。
「ほかに話がないのなら、失礼する。回廊の警護に戻らないと」
カナリアの目が、わずかに細くなる。
「――陛下」
気づけば、アレクシスが近くにいた。
「怪我は、もういいのですか」
王の視線が、まっすぐに、ラゴウを捉える。
「・・・」
本当に気遣われているように思えるから、タチが悪い。
これが本当に「心配するフリ」だったらどんなに気が楽だろうか。
そうすれば、ラゴウの気持ちにも早々にケジメがつくというものだ。
「贈り物は、大歓迎だぞ」
わざと、挑発するように言ってみせる。
「どうせなら、金目のものをよこせ。・・・手紙や遠乗りより、よっぽど使える」
一瞬。
アレクの目が、揺れる。
ほんのわずかに。
「なんの話です」
「別に」
視線を外す。
逃げるように。
見苦しい。嫉妬だ。とっくに分かっている。
自覚がある。
認めれば苦しいだけだから、認めないことにしているだけで。
「どうせ、本当の誕生日でもないしな」
さらりと、言う。
アレクシスが、はっきりと視線を合わせた。
「・・・どういう意味ですか。あなたの誕辰は、冬でしたよね」
(一応、形式上の誕辰は、把握してるのか)
低い声。
ラゴウは振り向かないまま、軽い調子で言った。
「そのままの意味だ」
ラゴウの本当の誕辰を知る者は、ごく少ない。
その日に、必ず贈り物をくれるのは・・・草原の義弟であるカヨウだけだ。
毎年、薬草になる白い花を贈ってくる。
レザリアに嫁いで3年。
その気遣いに、どれほど救われていたか。
たったひとりだけでも、本当に生まれた日を祝ってくれる存在があることに。
「わたしの誕辰は、意図的にずらされてる」
一拍。
「凶星が重なる日だったから」
沈黙。
風が、灯りを揺らした。
アレクシスの表情が変わる。
はじめて、明確に。
ラゴウは背を向けた。
「まあ、今となってはどうでもいいことだ。警護に戻る。じゃあな」
何か切り捨てるように、ラゴウは王に背を向けて歩き出す。
そのまま、振り返らずに。
第41話を読んでいただき、ありがとうございます。
この回は「誕生日」という、とても個人的で静かなテーマの話でした。
王から与えられるものは、完璧で、正しくて、間違いがない。
けれど、それは“誰にでもできる優しさ”でもある。
一方で、たったひとりだけが覚えている「本当の誕生日」。
それは、不器用でも、偏っていても、確かにその人だけに向けられたものです。
ラゴウがどちらに救われていたのか。
そして、それを自分で切り捨てようとしていること。
その小さな歪みが、これから少しずつ大きくなっていきます。
引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。




