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第40話 贈り物の意図

「ひめさまー」

 ユイの声は軽い。

「また、陛下からお届け物ですよぉ」

 にこにこと上機嫌な侍女を後目に、ラゴウは微妙な表情を浮かべる。

 北嶺派遣で負傷して王宮に戻って以降、王の過干渉が度を越している。

 ・・・ような、気がする。

 ツクヨミからの見舞いの花を取り上げられて以降、アレクは約束どおり毎日花を贈ってくる。

 花じゃなくて実用的なものを贈れといったら、部屋の調度品やら衣類やらを贈ってくる。

 単純に恋人関係なら、絶賛熱愛進行中かと思うところだ。

 しかし。

 いまだかつて、どこをどう記憶をたどっても、政略結婚だったアレクシスと恋人のような間柄を過ごしたことはないし、心身ともに未成熟なまま夫婦になり、義務的に身体だけをつなげる時間を3年過ごした・・・こんな甘やかし方をされる覚えは全くない。

 なにか意図があるのか、ないのか。

(・・・分からん・・・)

 頭をかかえる。

 そして。

 ――そうこうしているうちに、次の任務である。

 ◇ ◇ ◇

 今年は、聖女カナリアの誕生日に合わせて、四大国会議が開催される運びとなった。

 四年に一度開催されるこの大会議の今回の主催は、レザリアである。

 王都の大広間は、普段よりもさらに明るい。

 高く吊られた灯火が金の装飾を照らし、磨き上げられた床に、無数の光を落としている。

 各国の使節。廷臣。護衛の騎士たち。白衣の聖女たち。

 華やかな衣装と香の匂い、笑い声。

 表向きには、何もかもが美しかった。

 だが。

 この場は、祝宴ではない。

 北嶺の国境侵犯を受けて開かれた、四大国会議。

 各国が「平和」を掲げながら、実際には――次に誰が主導権を握るのかを測り合う場だ。

 どの国が北嶺を制するのか。

 教会を、誰が掌握するのか。

 華やかな表舞台の裏側で、いくつもの思惑と策略が交錯する夜である。

 円卓のように配置された席が、四つ。

 それぞれが、微妙な距離を保っている。

 ――均衡。

 その配置だけで、この世界の力関係が見て取れた。

 北。

 レザリア王国。

 石と制度で築かれた国。

 秩序と法を重んじる、最も「整った」王国。

 だが同時に、内側に歪みを抱える。

 東。

 草原連合。

 境界を持たない民。

 風と血で繋がる、自由の国。

 今回の会議には、王の代理として草原の使者が訪れることになっていたが、到着が遅れるとの報が入っていた。

 西。

  北嶺。

  寒冷と飢えの地。

  資源も乏しく、常に南を見ている。

  侵すか、死ぬか。

  選択肢は、その二つしかない。

 そして――中央。

 聖教会領。

 国ではない。

 だが、どの国よりも強い。

 信仰。

 奇跡。

 正統性。

 すべてが、そこに集まっている。

 どの国も、逆らえない。

 どの国も、手に入れたい。

 だからこそ。

 この四つは、均衡している。

 崩れれば。

 一つが抜ければ。

 ――世界が、傾く。

 ラゴウは、壁際からその配置を見ていた。

(……なるほどな)

 誰が、どこに座るか。

 誰が、誰を見るか。

 それだけで。

 この場が、ただの祝宴ではないことは、十分すぎるほど分かる。

 そして。

 その中心にいるのは――3人の聖女たちである。

 カナリアは、当代の3人の聖女の中で、もっとも強力な回復魔法保持者だ。

 中立の聖教会領から、レザリア王国には聖女カナリア、北嶺には聖女グレーシスがそれぞれ委託され、教会領には聖女ミネルバが残っている。

(……要するに、聖女の奪い合いか)

 聖女とは、ただ「癒す者」ではない。

 命を繋ぎ。

 戦を左右し。

 そして――国の正しさを決める存在だ。

 だからこそ。

 誰もが、手に入れたがる。

 ラゴウは、静かに、息を吐く。

 この場にいる全員が。

 互いを測り、互いを疑い、 そして――“どこが崩れるか”を、待っている。

 ◇ ◇ ◇

 近衛隊に与えられた役割は、単純だった。

 守ること。監視すること。異変があれば、即座に動くこと。

 ラゴウは壁際に立っていた。

 正装の騎士服。腰には、アレクから贈られた短剣。

「……派手な宴だな」

 誰にともなく呟く。

 その少し後ろに、ガレス。

 さらに柱の影に、ツクヨミ。

 三人とも、表情は違うが、視線だけは同じように広間全体を走らせていた。

 中央の広間では、聖女カナリアの誕辰を祝う宴が始まっていた。

 白と金で統一されたカナリアの装いは、まるで月光と祝福をそのまま織り上げたようだった。

 金糸のような髪。

 透けるような肌。

 誰が見ても、美しい。

 そして、そのそばにはアレクシスがいた。

 もう何度も、似たような光景を目にしている気がする。

 その距離に、ラゴウは目を細めた。

(……誰が、だれの隣に立つべきなのか)

 分かり切った話だ。

 なのに。

(・・・我ながら、往生際が、悪い)

 アレクシスを想い続けているのは、きっとラゴウの情念だ。

 諦めきれないのも。

 この苦しさも。

 離縁はできない、とあいつは言った。

 ラゴウは所詮、政略で嫁いできた王妃。

 聖女と王の間に入り込んだ、異質な女。

 そう思われること自体は、別にかまわない。

  かまわない、はずだった。

(どうせ、いずれ戻る)

 草原に。

 自由な生活に。

 ケイトの命を繋ぎ、必要な役割を終えたら、あとは離縁して去るだけだ。

 そう決めていた。

 いや。決めている。

 なのに。


第40話を読んでいただき、ありがとうございます。

華やかな宴の裏で、各国の思惑が静かに動き始めました。

同時に、ラゴウ自身の気持ちも、少しずつ揺れています。

アレクの「贈り物」の意味も、まだはっきりしません。

次回、この均衡が崩れはじめます。

引き続き、見守っていただけると嬉しいです。


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