表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/128

第39話 花を贈る少年の記憶

 

 天幕の入口に、影が落ちた。

「入るよ」

 軽い声。

 ラゴウは顔を上げる。

 白銀の髪。

 細い体躯。

 光の加減で、赤にも黒にも見える不思議な色の瞳が、静かに揺れた。

 ツクヨミだ。

「・・・なんだ」

「お見舞いもって、また来るって言ったでしょ」

 手にしていたのは、小さな花束だった。

 可憐な白い花だ。

 だが、どこか、懐かしい。

 ラゴウの視線が、わずかに止まる。

「・・・それ」

 ツクヨミは、何でもないように差し出す。

「好きでしょ」

 沈黙。

 ラゴウは受け取る。

 指先が、ほんのわずかに止まる。

(・・・この花)

 記憶が、よぎる。

 草原を出て、3年の間。

 毎年、贈られてきた。

 かすかに甘い花の香り。

 まだ幼い少年が、はにかむように差し出してきた花。

 いつもじゃれあうように一緒に過ごしていた。

 レザリアへの降嫁で別れた時には、まだ背も低くて、細くて――いつも、まるで少女のような優しい面差しで、行かないで姉上、と泣きじゃくっていた、義弟。

 つい先ごろ、草原王の名を継いだ、と聞いている。

「・・・カヨウ?」

 ぽつりと、名がこぼれる。

 ――・・・錯覚?

 ツクヨミの目が、細くなる。

 笑う。

 軽く。

 だが、その視線だけが外れない。

 ラゴウは花を見る。

(・・・似てる)

 限られた者しか知らぬ、ラゴウの本当の誕辰(誕生日)の時期に。

 決まって贈られてきた、草原の花。

 あの頃の、義弟おとうとに。

 ――まさか。

「・・・なぜ、この花が好きだと?」

 何気ない声を装う。

 ツクヨミは肩をすくめる。

「なんとなく」

 嘘だ。

 わかる。

 だが、追及しない。

「・・・そうか」

 短く言う。

 ツクヨミは一歩、近づく。

「大事にしてよ」

 低く。

「眺めたあとは、乾燥して、煎じて飲めば鎮痛剤になる」

 一瞬。

 空気が、変わる。

「・・・飲みすぎなければ、ね」

 ラゴウの目が、わずかに細くなる。

「・・・へえ」

 そんな効能の花の名前を、どこかで聞いた覚えがある。

 だが、深くは踏み込まない。

「まだ、痛む?」

「少しな」

「大丈夫。そんな痛み、僕が消してあげる」


 ――レザリア王のために負った傷を肌に残すなんて、許さない。


「僕の故郷には良い薬草がたくさんあるんだ。取り寄せておくね」

「・・・恩に着る。でも、本当にたいした傷じゃないから」

 ツクヨミは、くすりと笑う。

「じゃあね」

 踵を返す。

 そのまま、音もなく外へ消える。

 残ったのは、花と――わずかな、違和感。

(……なんだ)

 胸の奥が、ざわつく。

 懐かしい。

 だが。

 それだけじゃない。

 何かが、違う。


 ◇ ◇ ◇


 招かれざる訪問者は、その日の午後にやってきた。

「――あなたの天幕は、ずいぶん、賑やかなようですね」

 低い声。

 ラゴウは顔を上げる。

「・・・ヒマじゃないんだろ。なんでまた来る」

(・・・まったく、どいつもこいつも)

 アレクシスの視線が、ゆっくりと室内をなぞる。

 果物。

 包み。

 そして。

 ――花。

 一瞬。

 その視線が、止まる。

 ラゴウはさりげない口調を装う。

「見舞いだよ。ありがたいことにな」

「そうですか」

 短い。

 だが。

 空気が、わずかに沈む。

 アレクが歩み寄る。

 寝台のそば。

 手が伸びる。

 花に触れる。

「・・・これは?」

 何気ない声。

 だが、低い。

 ラゴウは肩をすくめる。

「もらった」

「誰から」

 間髪入れずに。

 ラゴウが眉をひそめる。

「別に、誰でもいいだろ」

 沈黙。

 アレクの指が、花をなぞる。

 ゆっくりと。

「よくありません」

 低く。

「近衛隊の騎士が、出所不明の贈り物を受け取るのも」

 理屈だ。

 正しい。

「男が贈る花を、女が受け取る、ということの意味を認識していないのも」

 だが。

 それだけではない。

「どちらも問題だと思いますが?」

 ラゴウは鼻で笑う。

「別に、深い意味なんてない。ただの花だろ」

 視線が、ぶつかる。

(・・・なんでそんなに見る)

 逃げ場がない。

 低く。

 静かに。

「――誰ですか」

 その圧に、一瞬、気押される。

 アレクの視線が、ゆっくりと上がる。

 真正面から、ラゴウを捉える。

「あなたに花を贈る男がいて」

 一拍。

「あなたは、それを受け取った」

 さらに一拍。

「・・・そういうことですよね?」

「それは、だって、受け取るだろう、普通」

「・・・誰ですか」

「言う必要あるのか」

「あなたに近づく人間は、すべて、把握します」

「なんの権限があって」

「あなたの傷はわたしのものだって、言いましたよね」

「勝手に所有するな」

「あなたは、わたしの王妃ですよね」

「だからなんなんだそれは。そんなに部下の動向を把握したいのか?からかってるのか?ケンカ売ってんのか?嫉妬してるのか?」

 一瞬、アレクシスの表情が強張る。

「あ。いや、嫉妬、てのはナシで・・・」

「・・・口説いているんです」

 ふ、と男は笑う。

 ――口説く?だれが、だれを?

「あなた、鋭いようで、鈍いですよね」


 ・・・いや。これ以上は、聞かないほうがいいような気がする。

 さっさと話を終えて追い返そう。

 埒が明かない。


「ツクヨミだ」

 アレクシスの眉がわずかに上がる。

「ツクヨミ?」

「故郷に薬草が生育する場所があると。この花も、乾燥して煎じて飲めと言ってた」

 アレクは動かない。

 沈黙。

「・・・なるほど?」

 花を、一瞥する。

「・・・花なら、王宮にもどってからわたしが山ほど贈ります」

「いや、そんなに大量の花なんか要るかよ。どうせくれるなら実用的なものにしてくれ」

「だから、ツクヨミが贈った花は、わたしにください」

「アンタがもらってどうするんだ」

「この花をみるたび、あなた、贈り主を思い出すでしょう」

「いや、だから、そういう関係じゃないし」

「ください」

 一歩も引かない。

「・・・わかったよ、まったく・・・」

(なんなんだ、いったい)


 ◇ ◇ ◇


 天幕を出ると、近衛隊長が控えていた。

 アレクシスの片手には、可憐な白い花が花器ごと握られている。


「・・・陛下」

 話かけようとすると、想定外に冷たい声音が返ってきた。

「ルシアン」

 王の瞳が、鋭い。

「・・・どうなさいました」

「ツクヨミの来歴を探れ」

「ツクヨミ、ですか」

「草原の間者か・・・もしくは、もっと大物の可能性も」


 ――寝台の枕元のガラスに活けられているその白い花に、見覚えがあった。

 毎年、ある一定の時期に、草原から花が贈られてきた。

 いつも頑なな表情で、めったに笑わない王妃が、その時ばかりは、嬉しそうに笑っていた。よほど親しい者からの贈り物なのだろうと思っていた。

 聞けば、2つ下の弟からだと。

 よほど絆の深い姉弟なのだろうと、その時は考えていた。

 しかし。

 記憶を辿る。

 王妃の寝室。

 いつも、同じ時期に、同じ香りが、あった。

 毎年、一度も欠かさず、草原から届いていた花。

 この3年間。

 毎月、抱いた。

 王の責務だったとはいえ。欲情を抑えながらだったとはいえ。

 王妃は、一度も、子を宿さなかった。

 しかし。

 子を宿さなかった、のではなく。

 誰か、何かの意図によって、身体の機能を止められていたのではないのか。

(・・・まさか)


「もうひとつ」

「なんなりと」

「この花を、異民街の薬房へ」

「静蘭様のところですか」

「効能を調べてほしいと。・・・分かり次第、すぐに連絡を」

「・・・おかしな点が、あるのですね」

 王の目が、底冷えするような光を宿す。

 そしてはっきりと、告げる。

「王妃の身体に干渉する者は――」

 一拍。

「例外なく、殺す」


第39話をお読みいただきありがとうございます。

今回は、「花」にまつわる記憶と違和感の回でした。

一見すると、ただの見舞い。

けれどラゴウにとっては、過去と繋がる“特別な花”。

そしてその裏には、まだ名前のつかない不穏さが潜んでいます。

そしてアレクシス。

今回はかなり分かりやすく“厄介な男”になってきました。

理屈を並べながら、やっていることはほぼ独占と排除です。

ただ――

彼が本当に見ているのは、花ではなく、その先にあるものです。

引き続き見守っていただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ