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第38話 厄介な関係

 天幕の入口が、ひっきりなしに揺れる。

 若い兵士たちが、入れ替わり立ち替わり、ラゴウの天幕に顔を出していた。

「ラゴウ様、お加減はいかがですか」

「腕……動くようになりました。あの時、ありがとうございます」

「これ、差し入れです。たいしたものじゃないですけど」

 果物。

 乾パン。

 包み紙にくるまれた、なにか。

 どれも、ぎこちない。

 照れくさそうに頭をかきながら、だが、目だけは真っ直ぐだった。

「……礼、言えてなかったんで」

 ラゴウは、肩をすくめる。

「気にするな」

「気にしますよ!」

 思わず、声が重なる。

 一瞬。

 天幕の中に、妙な間が落ちる。

 ――笑いが、漏れた。


「ラゴウ様ってさあ・・・」

「狂暴だけどさ」

「めちゃくちゃ強いよな」

「でも、普通に綺麗だよな・・・」

「おれ、あの金色の目に睨まれてみたいかも」

「おれもおれも!弟子になりたい」


「おい、聞こえてるぞ」

 低く言うと、兵士たちが一斉に固まる。


「す、すみません!!」

 慌てて頭を下げて、逃げるように散っていく。

 その様子に、ラゴウは、ふっと息を吐いた。

「・・・別に、怒ってないけど」

 むしろ。

(・・・なんだこれ)

 こんなふうに。

 まっすぐに、感謝されることなんて――なかった。

 次の兵士が、また顔を出す。

「ラゴウ様!」

 呼ばれる。

 ためらいなく。


 当然のように。

 ラゴウは、わずかに目を細めた。

(……面倒くさい)

 そう思いながら。

(……悪くない)

 ほんの少しだけ、そうも思っていた。


 ◇ ◇ ◇


 騎士団出身のエリートにして、規律と秩序を最優先事項と心に刻む忠実な青年は、近衛隊長に呼び出された。

 騎士団時代、ガレスはルシアンの直属の後輩でもある。


「ルシアン様。ご用件は」

 ガレスは丁寧に一礼する。

 ルシアンは思う。

 ・・・これこそが王直属の近衛隊に求められるべき資質であり、礼節だ。

 あの、傍若無人な無礼な草原の女などではなく。

 ふううっ、と深くため息をつく。

「いかがされましたか?」

 ルシアンはテーブルの上の包みを指で示した。

「届けてくれ」

 薬草。

 果物。

 簡素だが、質は良い。

「……これを?」

「ラゴウに」


 一拍。

 ガレスの眉がわずかに動く。

「ルシアン様から、ですか?」

「馬鹿を言うな」

 速攻で否定する。

「・・・陛下からだ」

 一瞬、ガレスは沈黙する。

 とっさに、どう反応していいか分からない。

「陛下から・・・とは」

 ――上司のルシアンは、なにやら不機嫌そうな表情をしている。

 これは、もしかして、慎重に言葉を選ぶべき場面なのだろうか?

 しかし、状況を判断する情報が少なすぎる。

「まさか、噂は本当なのですか」

 ルシアンの目がわずかに細くなる。

「噂?」

「陛下は、あの女をずいぶん気に入っていると」

 一拍。

「近衛選抜の折の王との模擬戦も、妙に親密な雰囲気を感じましたし」

 続ける。

「先日は、負傷したラゴウを自ら抱えて運び、夜更けに彼女の天幕を訪ねられたとか」

 ルシアンは苦虫を踏み潰したような表情で黙って聞いている。

「……あの女は、陛下のなんなのです」

 低く。

「愛人か何かですか」

「無礼者!」


 空気が一変する。

 思わず、背筋が伸びる。

「申し訳ありません」

 ルシアンの視線が、真っ直ぐに刺さる。

「しかし、ご説明いただかないことには、状況が把握できず・・・」

 一拍。

「今後のこともあるから、念のため、おまえにだけ伝えておくが・・・」

 低く。

「王妃だ」

 ガレスの思考が止まる。

 ・・・おうひ?オウヒ、とは?

「王妃!?」

 思わず、叫ぶ。

「王妃、とは、その、・・・」

「草原の王女にして、レザリアの正妃」

 一拍。

「アレクシス陛下の、ただひとりの妻だ」

 沈黙。

「要するに、このレザリアにおいて、最も貴く高貴な地位におられるたったひとりの女性だ」

「えっ・・・え?」

「・・・おまえは真面目だから、現実を受け入れるのも難しかろうが・・・」

「アレがですか!?」

 思わず、言葉が漏れる。

「アレ、とか言うな」

 ・・・同感だが。

「も、申し訳ありませ・・」


 頭の中に浮かぶ。

 戦場での姿。

 怒号を飛ばして突っ走る。

 命令を無視する。

 直感で動く。

 気性が荒い。

 性格も粗い。

 統制が取れない。

 ・・・あの、手に負えない野生動物のような女が?

 あの、自由奔放で暴言三昧の暴力的な女が?

「・・・ガレス、言いたいことはだいだいわかる」

「いや、しかし、ルシアン様・・・!」

「おれもほぼ同じ気持ちなのだ」

 ガレスは黙る。

 二の句が継げない。

(……あの、女が)

 ルシアンが小さく息を吐く。

「だが、事実だ」

 ガレスは言葉を飲み込む。

 ルシアンは続けた。

「最近、王妃の天幕には若い兵士が出入りしているとか」

「……はい。負傷を世話してもらった新兵たちのようで、ラゴウの取り巻きのような集団ができていると」

「陛下の耳にも入っている」

 一拍。

「・・・ああ見えて、陛下はけっこう厄介なひとなのだ」

「え?」

「おまえが見張れ」

 ガレスが顔を上げる。

「見張る……?」

「監視だ。状況によっては護衛もだ。・・・まあ、王妃には<草原の影>が付いているから、命の危険にさらされることはないと思うが」

 淡々と。

「しかしそいつは、王妃に寄って来る悪い虫を追い払うところまではやらないだろうから」

「・・・悪い虫を追い払う?」

 低く。

「――陛下以外の男を、王妃に近づけるな」

 沈黙。

 ガレスの眉が寄る。

「・・・それは」

 一拍。

「私に、どうしろと・・・」

 ルシアンは答えない。

 ただ、視線で押し切る。

 沈黙。

 ガレスは、包みを手に取る。

 重い。

 中身ではなく。

 意味が。

(・・・王妃)

 もう一度、反芻する。


(……あの女が)

 理解と現実が、噛み合わない。

(……本物か?)

 まだ、ピンとこない。

 影武者ではないのか。

 替え玉ではないのか。

 王妃とは、もっと、こう・・・気品と礼節を兼ね備えた・・・

「ガレス。現実逃避はよせ」

 考えを見透かすように、半ば気の毒げに、ルシアンが言う。

「我らが王妃は、ともかくふつうの女ではないのだ」

 近衛隊長の断定に、ガレスはぎこちなく首肯する。

「は・・・承知しました」

 低く。

(……厄介だ)

 そう思う。

 アレが、レザリア王国最高位の女。

 規律と命令と礼節から最も遠いところにいる、獣のような女。

 そしてさらに厄介なのは、あの女の周りには、人が、勝手に集まる。

(・・・なんてはた迷惑な)

 がっくりと、ガレスは肩を落として、歩き出した。


第38話をお読みいただきありがとうございます。

今回は戦場の緊張から少し離れて、「ラゴウという存在が周囲にどう見えているか」を描いた回でした。

若い兵士たちにとってのラゴウは、怖いけど強くて、でもどこか憧れる存在。

本人は面倒くさがりながらも、まっすぐ向けられる好意に少しだけ救われています。

そして一方で、ガレス視点。

“あの女が王妃”という事実に対する混乱。

ただ、この「厄介さ」はここで終わりません。

むしろここからが本番です。

王妃としての立場、近衛としての振る舞い、そして王との関係。

すべてが少しずつズレながら、確実に動き始めています。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。


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