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第37話 傷を所有する

 医療天幕の端。

 人の気配が、少し引いた場所。

 ラゴウは、肩から包帯を巻かれて、矢が貫通した鎖骨のあたりを押さえたまま座っている。

 傷跡が、まだ熱をもって痛む。

 だが。

 顔には出さない。

「――ねえ」

 甘い声。

 すぐ近く。

 いつの間にか、隣に座っている。

 ツクヨミ。

 猫のように、音もなく。

 どこか憎めない。

 ラゴウはちらりとツクヨミに視線をやる。

「なんだよ」

「聞いたよ」

 くす、と笑う。

 指先で、ラゴウの包帯に軽く触れる。

「痛そうだね」

「触るな」

「聖女をかばって矢を受けたんでしょ?」

 ラゴウは顔をしかめる。

「なんの用だ」

 ツクヨミは、少しだけ首をかしげた。

 その瞳が、細くなる。

「なんで?」

 一拍。

 ラゴウの動きが、ほんのわずかに止まる。

「・・・聖女の護衛も仕事のうちだ」

「ふうん」

 軽い声。

 しかし、逃げ道をふさぐように、矢継ぎ早に言い募る。

「仕事のために?忠誠のために?聖女のために?それとも」

 一拍。

「・・・王のために?」

 ラゴウの瞳が、わずかに揺れる。

 ほんの一瞬。

 だが。

 ツクヨミは、見逃さない。

 くすり、と笑う。

「ねえ、ラゴウ」

 さらに近づく。

 吐息がかかる距離。

「そんなに、王が好き?」

 沈黙。

 ラゴウは、視線を逸らす。

「……くだらない」

 低く。

「じゃあさ」

 ツクヨミが、さらに踏み込むように聞く。

「次にまた同じような状況に立たされたら、どうするの」

 ラゴウは答えない。

 答えられない。

 ツクヨミの口元が、歪む。

「……王のためなら、何度でも、自分を犠牲にするんだね?」

 立ち上がる。

 ひらり、と。

 軽い動き。

「やっぱり、面白いね」

 振り返る。

 その瞳だけが、わずかに冷たい。

「壊れ方が」

 ラゴウの眉が、ぴくりと動く。

 だが。

 何も言わない。

 ツクヨミは、くすりと笑って立ち上がった。

「また来るね」

 猫のように、気配を残さず、ツクヨミは消えた。

 残ったのは。

 わずかな風と。

 言葉だけ。


 ◇ ◇ ◇


 ラゴウは、しばらく動かなかった。

 ツクヨミの言葉が、脳裏に反響する。


 ――そんなに、王が好き?


「……くだらない」

 小さく、吐き捨てる。

 だが。

 消えない。

 一拍。

 腕の痛みが、じくりと熱を持つ。

 包帯の上から、軽く押さえる。

(……当たってたら)

 あの軌道。

 あの距離。

 聖女の細い身体。

 後ろにいた位置。

 ほんの少しでもズレてれば――直撃だった。

「・・・は」

 ラゴウは、鼻で笑う。

(別に)

 単純な話だ。

 自分なら、はずせる、と分かっていた。

 踏み込みの角度。

 腕の位置。

 急所は、外した。

 致命傷にはならない。

 分かっていた。

 だから、受けた。

 ――それだけのこと。


 かつて。

 ラゴウが海に身を投げたとき。

 あの男は、草原の策略を疑った。

 そこに、個人的な感情はなかった。

 少なくとも。

 そう、見えた。

(……でも)

 聖女は違う。

 あの女は。

 あいつの――大切な女だ。

 死なせられない。

 傷つけさせられない。

(……だから)

 指で、額を押さえる。

 赤い髪を、無造作にかきあげて、舌打ちする。

(……道化を演じてる)

 笑える。

 馬鹿か。

 わたしは。

 一拍。

(……どうせ)

 シキに知られたら、また、嗤われる。

「……くだらない」

 もう一度、吐き捨てる。


 ◇ ◇ ◇


 いつのまにか、意識が途切れた。

 ただ眠りは浅く、まるで夢の中を漂っているような浮遊感がある。


 天幕の中は、静かだった。

 外の喧騒が、布一枚で遠ざかっている。

 血の匂い。

 薬草の匂い。

 湿った土の気配。

 ラゴウは寝台に横たわっていた。

 肩に巻かれた布が、じんわりと熱を持っている。

(・・・ちょっと、発熱してるか・・・)

 傷が熱を持っている。

 想定内だ。痛みと、熱。

 だが、動けないほどではない。

 傷を洗い、清潔な布でくるみ、薬湯を飲み、安静にしていれば数日で体力は回復するはず。

 発熱は、むしろ免疫があがっている証だ。


 男の気配が、すぐそばにある。

 視線を向ける。

 アレクシスがいた。

 王の指が、ラゴウの頬に触れる。

 冷たい布が、静かに額に置かれる。

「……アンタ、暇なのか」

 ラゴウが言う。

「暇ではありません」

 ふ、と、何か安心したように、アレクシスが笑う。

「なら、なんでここにいる」

「見ての通り、あなたの看病です」

 沈黙が落ちる。

「今夜は熱が出るかもと、軍医が言っていたので」

 風が、天幕を揺らす。

 布が、わずかに鳴る。

 その音だけが、やけに大きく聞こえた。

「――ひとりでも大丈夫だ。自分の天幕に戻れよ」

 ラゴウが言う。

「昼間、戦場に立ち続けてるんだろう。ちゃんと休め」

「戦況は、落ち着きましたよ」

 穏やかな声で、アレクシスは続ける。

「目が覚めたのなら、包帯を替えましょう」

「アンタひとの話聞いてないだろ」

「……脱がせましょうか?」

 がば、とラゴウは起き上がる。

「自分でやる」

「手伝いますよ」

 睨む。

「いい。見るな」

「・・・今さら?」

 くすりと笑って、王は後ろを向いた。

「これでいいですか?」

「振り向くなよ」

「はいはい」


 天幕の中。

 ラゴウは、ゆっくりと上着を脱いだ。

 白い肌が、露わになる。

 肩甲骨の、内側。

 赤く熱を持って残る、矢の痕。

 指で触れる。

 鈍い痛み。

 包帯をほどく。

 巻き直そうとするが――うまくいかない。

 片手では、角度が合わない。

 布が、滑る。

(……面倒くさい)

 舌打ちする。


 そのとき。

 背中越しに、男の腕が伸びた。

「だから、言ったでしょう。手伝うって」

 ラゴウが振り返る。

 一瞬。

 視線が、ぶつかる。

 そして。

 男の視線は女の傷跡に落ちる。

 ――乳白色の、肌。

 細い。

 しなやかに引き締まった身体の輪郭を、視線がなぞる。

 沈黙。

 手が、伸びる。

 指先が、傷の縁に触れる。

 びくり、とラゴウの肩が揺れる。

「動かないでください」

 声が、近い。

 息が、かかる。

 背後から。

 身体が、触れる。

 布越しの体温が、じわりと伝わる。

「……力を抜いて」

 低く。

 落ちる声。

(……近い)

 息が、詰まる。

 なぜか分からない。

 この男の近くにいると――いつも、うまく息ができない。


 アレクの指が、ゆっくりと傷をなぞる。

 確かめるように。

 一拍。

「この傷は」

 ぽつりと。

 アレクシスが言う。

「え?」

 わずかに、声が掠れる。

「・・・わたしのものです」

 沈黙。

 次の瞬間。

 後ろから伸びる長い腕に、包み込まれるように、抱きしめられる。

 背中に、男の唇が落ちた。

「――っ」

 触れるだけの、短い口づけ。

 だが。

 熱が、残る。

 消えない。

 そのまま、何事もなかったかのように、白い布を当てる。

 巻く。

 指先は、正確で。

 冷静で。

 ――背中に。口づけられた、温度だけが、残る。

 包帯を結ぶ。

 手が、離れる。

 距離が、戻る。

「・・・アンタ、からかっておもしろがってるだろ」

「そう見えますか」

 毛布を整えて、ラゴウの肩にかける。

「包帯は替えました。・・・横になって」

 傷をかばうように横たわるラゴウの身体を、気遣いながら支える。

 ラゴウの耳元で、アレクシスは囁いた。

「今日は、あなたをからかう余裕なんて、ありませんよ」

「・・・どういう意味・・・」

「そのままの意味です」

 ふ、と王は笑う。

「……ゆっくり、眠ってください」

(眠れるかこのバカ!!)



第37話を読んでくださって、ありがとうございます。

今回は「傷」をめぐる回でした。

ラゴウにとっては、自分で選んで受けたもの。

そしてツクヨミは、相変わらず一番痛いところを突いてきます。

ラゴウはまだ、自分の感情を認めていません。

でも、もう選んでしまっている。

その積み重ねが、これからどうなるのか。

引き続き見ていただけたら嬉しいです。


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