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第33話 王の贈り物

 王都。町の大通り。

 昼。

 人の波。

 石畳に陽が落ちて、白く反射している。

 アレクは歩く。

 その半歩後ろを、ラゴウが歩く。

 ――視線が、集まる。

 当然だ。

 気づかない者はいない。

 赤銅の髪。

 光を弾くような白い肌。

 そして。

 無駄のない、引き締まった身体。

 ただ美しいだけではない。

 近づけば、傷つく。

 そう思わせる種類の美しさだ。

(……目立つな)

 内心で呟く。

 好ましくない。

 近衛として動く以上、目立つのは不利だ。

 だが。

(隠せるものでもない)

 アレクは視線を前に戻す。

 店に入る。

 仕立屋だ。

 すぐに、空気が変わる。

「……陛下」

 店主が頭を下げる。

 アレクは軽く頷く。

「騎士の礼装を」

 短く。

「女性用で」

 店主の目が、わずかに見開かれる。

 だが、何も言わない。

 すぐに動く。

 ラゴウは周囲を見回す。

「ずいぶん高そうな店だな」

「問題ありません」

 即答。

「問題あるだろ」

「ありません」

 ラゴウは肩をすくめる。

 その間にも。

 布が運ばれる。

 色。

 形。

 いくつかの候補。

 アレクは一つ一つ、目を通す。

(軽すぎる)

  (これは動きを殺す)

  (線が甘い)

 無言で、はじく。

 ラゴウが眉をひそめる。

「なんだよ、その選び方」

「戦場で使えないものは不要です」

 淡々と。

 ラゴウが、ひとつ手に取る。

 黒を基調にした装束。

 動きやすそうだ。

「これでいいだろ」

 アレクは一瞥する。

「却下です」

「は?」

「守りが薄い」

「十分だろ」

「十分ではない」

 一歩、近づく。

 布越しに、肩の位置を見る。

 腰の高さ。

 脚の長さ。

「ここが余る」

 指で示す。

「動いたときに、隙になる」

 ラゴウが舌打ちする。

「細かいな」

「当然です」

 一拍。

「あなたは、死なれては困る」

 さらりと言う。

 ラゴウが、わずかに黙る。

 その沈黙のあいだに。

 アレクは、次の一着を選ぶ。

 深い青。

 光を吸う色。

 金属の装飾は最小限。

 だが。

 ラインが美しい。

 無駄がない。

「これを」

 店主がうなずく。

 ラゴウは顔をしかめる。

「だから高いだろ、それ」

「問題ありません」

「だから――」

 言いかけて。

 止まる。

 アレクの視線が、向けられている。

 逃げ場がない。

「剣も」

 短く言う。

 店主が持ってくる。

 細身。

 軽い。

 だが、芯は強い。

 ラゴウが握る。

 一度、振る。

 空気が鳴る。

「……悪くない」

 アレクシスが、わずかに微笑む。

 そして。

 アレクシスが、視線だけで合図する。

  店主が一瞬で察し、奥へ下がる。

 戻ってきたとき、その手には小さな箱があった。

「それは?」

「近衛隊入隊の祝いの品です」

 ラゴウが箱を開けると、そこには美しい短剣があった。

 青灰の石が、埋め込まれている。

 光を受けて、静かに揺れる。

 ラゴウが、目を細める。

「……あんたの目の色と、同じだな」

「ええ」

 短く。

「わたしが図を描き、職人に作らせました」

 沈黙。

「・・・いつから準備を?」

「護身用です。あなたが近衛隊選抜を受けると言い出した頃あたりから。いずれ必要になるのではと」

 ラゴウが、受け取る。

 重さを確かめる。

「……軽い」

「隠し持つためのものです」

 一拍。

「近距離で、確実に仕留めるための」

 ラゴウが笑う。

「物騒だな」

「あなたに言われたくありません」

 沈黙。

 視線が、ぶつかる。

「・・・感謝する」

 ふ、と、ぎこちなく、ラゴウは笑う。

 わずかに。

 空気が変わる。

 アレクは目を逸らす。


 気づけば、ラゴウの前に次々と衣装が並べられている。

 しかも、それが、ことごとくぴったりと体に合っている。

 ラゴウは眉をひそめた。

「……なんでサイズが分かる」

 アレクは淡々と答える。

「だから言ったでしょう」

 一拍。

「あなたのカラダは、知っていると」

 ラゴウの顔がわずかに引きつる。

「靴まで分かるのかよ」

「ええ」

 当然のように言う。

「あなたの素足の甲にも、指にも、触れたことがありますから」

 ラゴウが振り返る。

「あなたは覚えていないでしょう」

 静かに。

「いつも、怯えて、震えていたから」

 固く目を閉じ、強張った身体。

 細い足。

 逃げ場を探すように揺れる呼吸。

 ――その足に、触れたことがある。

「だからやめろって!!」

 ラゴウの金切声に、周囲の視線が集まる。

 耳が熱い。

 アレクは気にしない。

「……試着を」

 ラゴウは舌打ちして、奥へ消える。


 ◇ ◇ ◇


 衣装を身につけた瞬間。

 空気が、変わった。

 ラゴウはゆっくりと腕を上げる。

 肩の可動域を確かめる。

 軽い。

 布でも鎧でもない、ちょうどいい重さ。

 動きを殺さない。

「……悪くない」

 低く呟く。

 胸当ては身体の線に沿っている。

 無駄な厚みがない。

 腰は絞られ、脚へと流れるラインはしなやかだ。

 だが、華奢ではない。

 踏み込めば、そのまま力を伝えられる形。

 ラゴウは剣を取る。

 握る。

 ――しっくりくる。

 一度、振る。

 空気が鳴る。

 そのまま、半歩踏み込む。

 身体が迷わない。

(……動ける)

 鏡の前に立つ。

 そこに映っているのは。

 もう、かつての“壊れかけていた王妃”ではない。

 赤銅の髪が背で揺れる。

 鍛えられた身体は無駄が削ぎ落とされている。

 しなやかで。

 鋭い。

 そして。

 どこか、危ういほどに美しい。

 視線が上がる。

 金の瞳。

 まっすぐ前を射抜くその光は、

 獲物を見定める獣のそれだ。

「……似合っています」

 後ろから声。

 アレクシスだ。

 ラゴウは振り向かない。

 鏡越しにだけ、視線を返す。

「・・・そうかな」

 アレクの瞳が、ほんのわずかに細くなる。

「とても、綺麗です」

「アンタ、そういうの誰にでも言う男だっけ?」

「誰にでも、言うわけではありませんよ」

 即答。

 ラゴウは舌打ちする。

「はいはい、必要ならお世辞だって政略結婚だってするやつだったよな」

 何かをごまかすように言う。

 アレクシスは一歩、近づく。

 距離が詰まる。

「あなたの入隊に必要なものは、すべてわたしが揃えます」

 そして、低く。

「くれぐれも、捨てないでくださいね」

 ラゴウの肩が、ぴくりと揺れる。

「……なんの話だ」

「侍女長から聞いてますよ」

 淡々と。

「この3年でわたしが贈った衣装は、ことごとく売り払ったと」

 ぎくり、とラゴウの肩が揺れる。

「いや・・・それは」

 とっさに、言い訳が思いつかない。

 アレクシスは、わずかに笑う。

「侍従に選ばせたものは気に入らない」

 一拍。

「では、わたしが選んだものなら?」

 ラゴウは、答えない。

 答えられない。

 アレクシスはさらに言う。

「そこまで好いてもらって、悪い気はしませんが」

「好いてない!」

「そうですか」

 わずかに視線を落とす。

「・・・あなた、本当に、手のかかるひとですね」

(厄介なのは、アンタのほうなんだよ!)

 沈黙。

 ラゴウは、鏡の中の自分を見る。

 その横で。

 アレクシスの視線だけが、外れない。

 一拍。

「――似合いすぎているのが、問題ですね」

 低く。

 誰にも聞こえない声で、呟いた。


第33話までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、戦う前の準備回でした。

けれど、装いを整えることもまた、新しい立場に足を踏み入れるための大事な一歩なのだと思います。

王が選ぶもの。

王妃が受け取るもの。

そのやり取りの中で、少しずつ距離も変わってきました。

引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。

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