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第32話 近衛隊選抜、合否のゆくえ

 静まり返る演習場。

 朝の空気は澄んでいる。

 ルシアンが一歩前に出た。

「近衛隊選抜、最終結果を発表する」

 短く、無駄がない。

 名が呼ばれる。

 ガレス。

 ツクヨミ。

 ――そして。

 一拍。

 ラゴウ。

 ざわめきが走る。

「以上だ」

 その声は淡々としている。

 だが。

「……異議があります」

 低く、ガレスが発言した。

「ラゴウは統制を乱す。近衛には不向きです」

 沈黙。

 ルシアンは軽くうなずくが、きっぱりと宣言した。

「異論は却下する。すでに、陛下の裁可はおりている」

 沈黙。

「――以上で決定する」

 空気が締まる。

 ラゴウは小さく息を吐いた。

(……ひとまず、通ったか)

 アレクシスの死を回避するための、第一段階。

(まずは、突破)


 ◇ ◇ ◇


 王宮の一室。

 アレクシスは、執務机の前に座って、穏やかに微笑んでいる。

 ルシアンは一歩、前に出た。

「・・・ああは申し上げましたが」

 苦虫をかみつぶしたような表情だ。

 声は低い。抑えている。

「やはり、納得はしていません」

 アレクシスは椅子に座ったまま、静かに視線を上げた。

「理由は?」

「三つあります」

 即答だった。

「第一に、統制を乱す」

 一拍。

「第二に、命令に従わない可能性が高い」

 さらに一拍。

「第三に」

 わずかに、言葉を選ぶ。

「……王妃は、直感で動きます」

 沈黙。

 ラゴウはルシアンの後ろで腕を組んだまま、鼻で笑う。

「ずいぶんな言われようだな」

 ルシアンは振り向かない。

「事実です」

 そのまま続ける。

「近衛は“個”ではなく“隊”です。突出は不要。逸脱は危険です。一人の判断で隊が崩れれば、それは軍の全滅に直結する」

 アレクは黙って聞いている。

 ルシアンの声は、変わらない。

「ガレスは正しい。彼は、型を守る。命令に従う。その戦略も論理的で再現性がある。――だから、集団の中の将としては、最適です」

 さらに、続けて言う。

「ツクヨミの動きは独特で読めませんが、必要な時に必要な場所にいる。戦局と兵の配置をよく読んでいます。あれもまた、戦場には不可欠な才能でしょう。」

 一拍。

「しかし」

 断言する。

「王妃には、どちらもない」

 ラゴウが口を開く。

「じゃあ聞くが」

 低く。

「型通りに動いて、全員助かるのか?」

 ルシアンの眉がわずかに動く。

「確率は上がる」

「外れたら?」

「外さないための訓練です」

 ラゴウは笑う。

「それでも外れるときがある」

 一歩、踏み出す。

「そのとき、どうするんだ」

 沈黙。

 ルシアンは答えない。

 代わりに。

 アレクシスが口を開いた。

「・・・たしかに、流れを変える者も、必要だ」

 静かに。

「決まった手順では対応できない状況がある」

 ルシアンがラゴウを一瞥し、すぐに視線を王に戻す。

「だから、例外を入れると?」

「そうだ」

 一拍。

「使い方を間違えなければ、王妃は有益な人材だ」

 ルシアンの目が細くなる。

「扱いを誤れば、こちらを傷つけます」

「使いこなせば――戦局を変える」

 ルシアンが黙る。そして、ゆっくりと息を吐いた。

「……ならば」

 低く言う。

「責任は、すべて陛下が負うということでよろしいのですね」

 アレクは迷わない。

「いいだろう」

 間髪入れずに。

 沈黙。

 ルシアンの視線が、わずかに落ちる。

「・・・しかし。王妃の身分とて、いつまで隠し通せるか」

「バレたらバレた時に考えればいいだろ」

 ルシアンの後ろで壁にもたれたまま、ラゴウが言う。

 ルシアンはふりかえって、きっ、と王妃を睨んだ。

「なにをそんな、行き当たりばったりな・・・」

「王妃が戦場に出て何が悪い」

「危険でしょう!もしお怪我など・・・」

「戦略上、必要な駒が傷つくのが心配か」

 ラゴウの言葉に、ルシアンの言葉が止まる。

「それとも。草原の同盟の証が、揺らぐことを懸念しているのか」

 ラゴウが、わずかに口元を歪める。

 嘲るように。

 その言葉で。

 アレクの口元から、微笑が消えた。

 ――空気が、変わる。

「別にどちらでもいいが」

 ラゴウは続ける。

「わたしはそのへんの兵士よりよっぽど役に立つぞ」

 沈黙。

 ルシアンは、わずかに天を仰ぐ。

 そして、目を閉じた。

「……ならば、近衛隊の一員として、このわたしの部下として、扱いますよ」

 一拍。

「かまわない」

「例外ではなく、戦力として。近衛隊は遊びではない。時には王のかわりに命を差し出さなければならぬ時もあるのです。それでも?」

 ラゴウは、その視線を受け止める。

 逸らさない。

 おぼろげに、正史ルートの記憶を思い出す。

(……ナイルート川の合戦)

 一瞬。

 冷たい水の感触。

 血。

 崩れる陣。

 断片だけが、よぎる。

(あそこで、王は死ぬ)

 まだ先だ。

 だが。

 確実に、そこへ向かっている。

(全部、潰す)

 静かに、決める。

 そのためなら。

 何でも利用してやる。

 自由に動ける身体と、立場と。

 必ず、王の死を回避する。


 ――その暁には。

 ラゴウは、自由の身に。

 妹のケイトは、死を免れ、あわよくば、俺は、現代に戻る。


「上等だ」

 ラゴウは、まっすぐに、笑った。


 ◇ ◇ ◇


 ラゴウは腕を組んでいた。

「で」

 短く言う。

「入隊式ってのは、どうすればいいんだ」

 アレクは書類から目を上げた。

「正装で出席してください」

「正装?」

「騎士の礼装です」

 一拍。

「持ってない」

 ラゴウは即答した。

「シキから借りよう」

 さっさと踵を返そうとしたラゴウの腕が、がし、とつかまれる。

 いつのまにか、アレクシスが立ち上がっていた。

 沈黙。

「なんだよ」

「……どこの世界に」

 声は静かだ。

 だが、冷たい。

「自分の妻が、他の男の服を身につけるのを喜ぶ夫がいると思っているんですか」

 ラゴウは肩をすくめる。

「夫って・・・。とっくに形骸化してる夫婦関係だろ」

 アレクは少しだけ首を傾けた。

「形骸化、というと?」

「会わない、喋らない、目も合わせない」

 指を折る。

「共通の話題もないし、スキンシップもない」

「スキン・・・?」

「身体的接触ってこと」

 一瞬、間がある。

「今」

 静かに言う。

「会ってますよね。あなたと話をしているし、目も合わせてます」

 つかまれた指に、心なしか力がこもっていくのを感じる。

 近い。

「共通の話題、とやらはこれから作るとして」

(・・・いや、いらんから)

「この間、キスもしました」

 ラゴウの眉がぴくりと動く。

「あんなのは酒の勢いの不可抗力だろ!」

 アレクは即答する。

「あなたは、そうでしょうとも」

 底意地の悪い、天使のような整った微笑で。

「わたしは、一滴も飲んでいませんでしたよ」

 ラゴウが黙る。

(……くそ)

「かなり、積極的な、身体的接触、だったと思うんですが?」

 言い返せない。

 唐突に、アレクシスが言った。

「では、出かけましょう」

「・・・えっ?」


第32話までお読みいただき、ありがとうございます。

選ばれる者と、選ばれない者。

そして――例外。

そしてもう一つ。

ふたりの関係は、形だけでは定義できない、ということ。

次は、その距離がどう変わるのか。

引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。

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