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第31話 王と王妃のカラダの記憶

 

 ――わたしも、知っていますよ。・・・あなたの、カラダ。


 ラゴウの目が揺れる。

 アレクが踏み込む。

 剣を合わせる。

「踏み込みで、肩が先に出る」

 弾く。

「力で押し切る癖だ」

 ラゴウの体勢が崩れる。

 アレクの声が落ちる。

「三年もの間」

 一拍。

「毎夜、見ていましたから」

 ラゴウが目を見開く。

 刃が絡む。

 距離が近い。

 そのまま。

 アレクの視線が、わずかに落ちる。

 震えていた肩。

 強張ったままの背。

 逃げ場を探すように揺れていた、乾いた金の瞳。

 湯浴みの後。

 微かな花の匂いと、寝台に広がる、赤い髪。

 少女の、体温。

 触れるたび、壊しそうで怖かった。

 何もかもを拒むように、固く閉じていた身体。

 とてもじゃないが、意のままになど抱けなかった。

 ひたすら自分を抑えた。

 肩も、指も、背も、脚も、髪も、爪も。

 ――すべて、知っている。

 と、思って、いた。

 ――のに。

 目の前のラゴウは違う。

 迷いなく踏み込んでくる。

 まっすぐに見返してくる。

(・・・何が変わった)

 金の瞳に、釘付けになる。

 衝動が湧く。

 押し潰したい。

 怒らせたい。

 ねじ伏せたい。

 泣かせてみたい。

 笑ってほしい。

 ――もっと、知りたい。

 ラゴウの剣が押し込まれる。

 距離が、さらに潰れる。

 剣が絡む。

 押し合う。

 ラゴウの手から剣が滑る。

 落ちる。

 空白。

 ラゴウは迷わない。

 腰を落とす。

 槍を拾う。

 構える。

 距離を取る。

 突く。

 引かない。

 流す。

 線を繋ぐ。

(……いける)

 だが。

 アレクが口を開く。

「昨晩」

 一拍。

「夜更けに、護衛と重なっていましたよね」

 ラゴウの眉が寄る。

「誤解のある言い方するな」

 アレクがわずかに笑う。

「見たら忘れない」

 低く。

「……あの呼吸」

 その一言で。

 ラゴウの呼吸が、わずかに乱れる。

 そのズレに、アレクが踏み込む。

 速い。

 槍の内側へ入る。

 左手で柄の根元を掴む。

 身体を捻る。

 重心をずらす。

 ラゴウの槍がぶれる。

 ラゴウが引く。

 遅い。

 衝撃。

 槍が軋む。

 次の瞬間。

 折れる。

 中央から。

 穂先が弾かれる。

 一直線。

 ビシッ!!

 ――シキの顔の横。

 壁に突き刺さる。

 沈黙。

 シキは微動だにしない。

 頬に、細い傷。

 血が、つ、と流れる。

 アレクが息を吐く。

「……重心が甘い」

 シキを一瞥して、言う。

「あなたの師は」

「距離と呼吸を、教えなかったのですか」

 シキは平然として動かない。

 ラゴウは折れた槍を見る。

(……読まれた)

 だが。

 口元が、わずかに歪む。

(それでも)

 一瞬。

 確かに。

 王の懐に入った。

 触れた。

 アレクがラゴウを見る。

 静かに。

 呼吸が、わずかに乱れている。

 誰にも分からないほど。

 だが、確実に。

 ――互いに読み合った。

 そして。

 勝負は、ついた。


「――そこまで」

 ルシアンの声で、空気が戻る。

 ざわめきが広がる。

 だが誰も、今何が起きたのか、うまく言葉にできない。

「久しぶりに見たな、陛下の本気」

「あのラゴウって女、ただもんじゃない」


 ◇ ◇ ◇


「ねえ、ラゴウ」

 甘ったるい声が割り込む。

 ツクヨミだった。

「さっきさ。ああいう戦い方って、互いのクセを熟知してないと、できないよね」

「なんで、王の身体のクセなんて、知ってんの」

「・・・まあ、な」

 ラゴウが言葉を濁す。

 横から、ルシアンの視線が刺さる。

 余計なことを言うな、という圧だろう。

 ツクヨミは、くすりと笑う。

「へえ。そんなに深い関係なんだ?」

 潤んだような瞳が、じっとラゴウを凝視する。

 視線を外さない。

「ところでさ」

 ツクヨミは軽く首をかしげる。

「なんで近衛隊に?」

 ラゴウが肩をすくめる。

「王の命を守るために」

「・・・ふうん?」

 人懐っこい微笑みで、ツクヨミは言う。

「忠実なんだねえ?」

「忠実、というか・・・」

 言いよどむ。

「僕はね、会いたいひとがいて」

 一拍。

「そのひとに会うために来たんだ」

「会えたのか?」

「会えたよ」

 やわらかく答える。

「でも」

 わずかに目を細める。

「気づいてくれないみたいだ」

「名乗ればいいのに」

 ラゴウが言う。

 ツクヨミは、首を振る。

「怒られそうでさ」

 軽く笑う。

「勝手に追いかけてきちゃったから」

 その笑みの奥で。

 何かが、歪む。


 夜。

 人気のない回廊。

 ツクヨミが、シキを呼び止める。

「……シキ」

 静かな声。

 だが、逃がさない。

 シキは立ち止まる。

 振り向かない。

「星が、動いた」

 低く。

「三か月前の、月蝕の夜。星はたしかにラゴウの死を予見した」

 一拍。

「今は、違う」

 沈黙。

 シキは答えない。

 ツクヨミが一歩、近づく。

「間に合ったのか」

 さらに一歩。

「それとも――別の要因か」

 視線が、わずかに細くなる。

「……ともかく、姉上は、生きている」

 その言葉だけが、わずかに熱を帯びる。

「僕の命令、覚えてるよね?」

 シキが、ゆっくりと振り向く。

 正面から、ツクヨミに対峙する。

「――カヨウ」

 その名を、呼ぶ。

「草原王みずから、なぜ来た」

 一拍。

「なぜ?」

 声が変わる。

 甘さが消える。

「こっちのセリフだよ」

 下からねめつけるように、シキを見る。

「僕の意に、従わなかった理由は?」

 沈黙。

「おまえの望みは、ラゴウの生存、だったはずだ」

 ――しかし、ラゴウ、ではない。

 〈あれ〉は、ラゴウでも、ジンナイでもないモノに、なりつつある。

「勝手に歪曲するな」

 笑みが消える。

「オマエの役目は、姉上を、生きたまま、草原に連れ帰ること。そして僕の望みは」

 熱に浮かされたように、カヨウの瞳が潤む。

「姉上を、僕の妻に迎えることだ」

「なのに」

 低く。

「なぜ、アレクシスに触れさせた」

 昼間の光景が、脳裏に浮かぶ。

 王とラゴウの模擬戦。

 まるで見せつけられているような一戦だった。

 剣を交える距離。互いしか知らない呼吸。王の、あの視線。

 不愉快だ。虫唾が走る。

 シキは、動かない。

「もとより、ラゴウはレザリア王の妻だ」

 沈黙。

 カヨウの目が、わずかに細まる。

「……なるほど?」

 一歩、近づく。

「じゃあ、命令を修正する」

 静かに。

「姉上を――二度と、アレクシスに抱かせるな」

 空気が、止まる。

「姉上に触れていいのは」

 一拍。

「僕だけだ」

 さらに一歩。

 距離が消える。

「無論」

「オマエも例外じゃない」

 沈黙。

 シキの視線が、わずかに動く。

 カヨウは、笑わない。

「……気づいていないとでも?」

 低く。

「僕に言わせれば」

「一番危険なのは、オマエだよ」

 一拍。

「誰よりも深く」

「誰よりも無自覚に」

「姉上と繋がっている」

 言葉が、落ちる。

「そんなもの」

「僕が許すと思う?」

 沈黙。

 ほんのわずかに。

 シキの呼吸が、ずれる。

 誰にも分からない。

 だが。

 カヨウだけが、それを捉える。

 一瞬。

 あの感覚が、よぎる。

 背中に重なった温度。

 呼吸。

 骨の位置。

 境界が、消えた瞬間。

(……ずいぶん深く、入った)

 カヨウに見られていたことに、気がつかないほど。

 シキは、わずかに目を伏せる。

 ――まずい。

 だが。

 すぐに戻す。

 何事もなかったように。

 しかし、カヨウの視線は、逃さない。

「……今の、何だ」

 シキは、答えない。

「揺れたな?」

 低く。

 確信を含んで。

 沈黙。

「オマエが、揺れるの、はじめて見たよ」

 毒蛇のような眼光。

 瞳の奥の光彩が、獲物を狙う毒蛇のように細くなる。

「オマエ、自分の役目、分かってるよね?」


第31話までお読みいただき、ありがとうございます。

“知っている”という言葉の意味が、

少しだけ変わる回でした。

王と王妃の距離。

身体の記憶。

戦いの中で、関係の歪みが、少しずつ表に出てきています。

次は、その歪みがどう動くのか。

引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

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