第30話 選ばれるのは、誰だ
静まり返る。
砂の匂い。風の音。誰も声を出さない。
「――最終試験」
ルシアンの声が落ちる。
「陛下直々に、確認される」
ざわめきが遅れて広がる。
だが。
アレクシスはすでに剣を取っていた。
黒銀の装束。無駄のない構え。
一歩、踏み出す。
それだけで、場の空気が沈む。
(……重いな)
力ではない。
場そのものを支配する重さ。
一番手は、ガレスだ。
騎士団のエリート。
ガレスは一歩前に出て、一礼した。
背筋は伸び、視線は揺れない。
剣を構える。
足の位置、重心、剣の角度。
すべてが整っている。
「――始め」
合図と同時に、アレクが踏み込む。
速い。
だが、ガレスは退かない。
正面で受ける。
刃がぶつかる。
重い音が響く。
アレクが二撃目を振るう。
ガレスは受け、流す。
三撃目。
角度が変わる。
それでもガレスは崩れない。
足を動かさず、正確にいなし続ける。
ルシアンはその様子を見て、わずかに目を細める。
(ガレスは完成している)
ガレスが踏み返す。
反撃。
踏み込み。
振り下ろし。
速く、正確な一撃。
だが、アレクは半歩だけ身体をずらす。
刃が空を切る。
そのまま、アレクが内側へ踏み込む。
距離を詰める。
ガレスが受けに回る。
剣を合わせる。
だが。
圧が違う。
アレクが押し込む。
わずかに。
ほんのわずかに、ガレスの足が動く。
均衡が崩れる。
次の瞬間。
アレクの剣が滑り込む。
胸元へ。
止まる。
沈黙。
ガレスは動かない。
だが、分かっている。
(押し負けた)
「……そこまで」
ルシアンが告げる。
ガレスは剣を下ろした。
呼吸は乱れていない。
だが、わずかに視線を落とす。
アレクは何も言わない。
ただ、剣を戻す。
その立ち姿に、揺らぎはない。
次に、ツクヨミが前に出た。
足音は、ほとんどしない。
一礼する。
構える。
だが、力が抜けている。
「――始め」
アレクが踏み込む。
一直線に距離を詰める。
だが、届かない。
ツクヨミが半歩ずれる。
剣が空を切る。
アレクはすぐに振り返る。
ツクヨミはすでに別の位置にいる。
横。
さらに後ろ。
位置が定まらない。
アレクが追う。
踏み込む。
だが、わずかに届かない。
ツクヨミは攻めない。
ただ、距離をずらし続ける。
呼吸も、重心も読めない。
観戦している兵たちがざわめく。
「……見えない」
アレクは一度、動きを止めた。
剣をわずかに下げる。
ツクヨミを見る。
(逃げているわけではない)
(“合わせていない”だけだ)
アレクは一歩、踏み出す。
今度は速さを変えない。
逆に、緩める。
一定の速度で、距離を詰める。
追わない。
詰める。
圧をかける。
逃げ場を消すように。
ツクヨミがわずかに動く。
その瞬間。
アレクの剣が先に入る。
軌道を読む。
進路を塞ぐ。
ツクヨミが止まる。
一瞬。
動きが途切れる。
そこへ。
アレクが踏み込む。
剣が喉元へ届く。
止まる。
沈黙。
ツクヨミは動かない。
ただ、わずかに目を細める。
(・・・捕まった)
アレクは剣を下ろす。
「・・・そこまで」
ルシアンが告げる。
ツクヨミは一歩引く。
静かに。
最後は、ラゴウだ。
視線が合う。
青灰の瞳が、まっすぐにラゴウを捉える。
「始め」
次の瞬間、アレクが踏み込む。
速い。
一直線。
ラゴウが半歩遅れて躱す。
刃が頬をかすめる。
二撃目。
三撃目。
角度が変わる。深くなる。
ラゴウが受けずに流す。
力をぶつけず、逃がす。
足を滑らせ、間合いを外す。
(正面じゃ勝てない)
なら、ずらす。
ラゴウがあえて大きく踏み込む。
王の剣が来る。
そこへ半拍遅れて身体を入れる。
刃が空を切る。
ラゴウが滑り込み、肩と腰を合わせる。
王の重心をわずかに崩す。
一瞬。
ラゴウの刃が喉元へ届く。
止まる。
近い。
息が触れる距離。
アレクの目が、わずかに揺れる。
その瞬間。
ラゴウの踏み込みが浅くなる。
王が見逃さない。
刃が返る。
押し返す。
距離が離れる。
ラゴウが後ろへ滑る。
呼吸が浅い。
沈黙。
誰も動けない。
だが――終わらない。
アレクが再び踏み込む。
剣が走る。
ラゴウは受け流しながら、観察する。
踏み込み。
重心。
肩の入り。
(……偏る)
右が強い。
左が浅い。
(癖だ)
ラゴウが間合いの内側へ踏み込む。
灯籠の夜の記憶がよぎる。
抱き寄せられたときの手。
支えられた角度。
(――左だ)
ラゴウが誘う。
王の剣が右から来る。
その瞬間。
半拍遅れて滑り込み、左へ刃を差し込む。
届く。
喉元。
死角。
(取った)
その瞬間。
アレクの身体が寄る。
左の軸が、逆にラゴウを捕らえる。
絡め取る。
押し返す。
ラゴウの体勢が浮く。
刃が弾かれる。
距離が崩れる。
砂が舞う。
ち、とラゴウは舌打ちする。
(……かわされた)
「・・・いつ、気づいたんです?」
一瞬。
アレクの踏み込みが変わる。
左。
わずかに深い。
(……やっぱり、そっちか)
普段は右で振る。
だが、要所で軸が左に戻る。
見誤れば、終わる。
ラゴウは息を吐く。
「いつ、気づいたって?」
口元が歪む。
耳元で囁くように。
「――だって、あんたのカラダ、知ってるから」
その、言葉。
呼吸が、一拍だけ乱れた。
一瞬、隙ができる。
ラゴウが踏み込む。
右足。
深く。
左へ回り込む。
剣先が喉元へ届く。
だが。
すぐに戻る。
「心理戦とは、なかなか高度な戦術を使いますね?」
アレクが低く言う。
そして、続ける。ラゴウにしか聞こえない声で。
「……わたしも知っていますよ」
一拍。
「あなたのカラダ」
第30話までお読みいただき、ありがとうございます。
完成されたガレス。
読めないツクヨミ。
そして、流れを変えるラゴウ。
そして最後は――王自らの確認。
力だけではなく、
距離、間、そして“知っていること”が勝敗を分けました。
次回も楽しんでいただけると嬉しいです。




