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第28話 草原の王女、覚醒する

 朝。

 演習場。

 乾いた砂の匂い。

 整然と並ぶ兵たち。

 その中央。

 志願者は十五名。

 一列に並んでいる。

 誰も、口を開かない。

 三年前、草原から嫁いできた王妃は、ほとんど表に出なかった。

 王宮の奥にいる存在。

 名は知られていても、顔を知る者は少ない。

 そして今。

 志願者の列の中に、一人の女が立っている。

 赤銅の髪が、朝の光を受けて、鈍く、深く光る。

 乳白色の肌は、血の巡りを取り戻したような、わずかな熱を帯びている。

 細い。

 だが、弱さはない。

 引き締まった肩。

 しなやかに伸びる手足。

 重心は低く、無駄がない。

 女が、わずかに重心を移す。

 それだけで、視線が引かれる。

 腰の入り。

 呼吸の深さ。

 一歩、踏み出せば、そのまま獣のように加速しそうな気配。

 どこか、目を離しがたい。

 視線が、吸い寄せられる。

 ――だれだ、あれ?

 ――あんな綺麗な女、軍にいたか?。

 兵士たちがざわめく。

 飾りも、装いもない。

 それなのに。

 身体の線。

 立ち方。

 わずかな仕草。

 すべてが、妙に、目に残る。

 そして。

 誰も気づかない。

 それが。

 王宮の奥に閉じ込められていたはずの――王妃、その人だとは。

 かつての面影は、もうない。

 壊れかけていた身体も。

 怯えていた視線も。

 すべて、どこかへ消えている。

 ただ。

 まるで一度砕かれ、組み直されたかのような――

 別の何かとして、そこに立っていた。


 ルシアンが前に出る。

 その背後。

 王は一言も発さない。

 その視線が一瞬、ラゴウを捉える――が、すぐにそれは<選ぶ側>の怜悧な眼差しに変わる。

「近衛隊選抜試験を開始する」

 一拍。

「近衛隊は、王を守るための部隊ではない」

 ざわめきが、わずかに走る。

 ルシアンは続ける。

「王の傍で、最も危険な局面に立つ者だ」

「盾であり、刃であり、時に――王の判断を補佐する」

 一拍。

「生き残る者だけを選ぶ」

 視線が、志願者をなぞる。

「第一段階――基礎試験」

「個の戦闘能力を見る」

「規定に満たない者は、この場で落とす」

 視線が、全員をなぞる。

 空気が、張る。

「種目は三つ」

「剣、槍、騎射」

「以上だ」

 選抜が、始まる。

 ◇ ◇ ◇

 号令と同時に、剣が走る。

  砂が跳ねる。

  金属音が、重なる。

 一撃で終わる者。

  押し切られる者。

  踏み込みが甘く、弾かれる者。

 迷いは、そのまま落ちる。

 十五名は、瞬く間に削られていく。

 その中で――三つの動きだけが、際立っていた。

 ひとりめは、無駄のない“正しさ”。

 騎士団のエリート。

 家柄も、技も申し分ない。

 ルシアンよりひと回り下で、次代を担う世代の筆頭だ。

 淡い金の髪が、朝の光を受けて静かに揺れる。

 整った横顔。

 黒と金の鎧は、磨き上げられたまま一切の乱れがない。

 その立ち姿だけで、規律が形を持ったようだった。

 踏み込み。

  振り。

  戻し。

 すべてが寸分の狂いもなく繋がる。

 規律そのものが、人の形を取ったようだった。

 ――ガレス。

(……理想的だ)

 ルシアンが、わずかに頷く。


 ふたりめは、読めない“異質さ”。

 異民族。

 出自は不明。

 白銀の髪。

 光を受けて淡く透ける。

 軽く踏み出す。

 その瞬間、気配が薄れる。

 次には、もう別の位置にいる。

 蒼とも紅ともつかぬ瞳。

 耳元に揺れる異国の装飾。

 そこに立っているのに、輪郭が定まらない。

 見えているはずなのに、掴めない。

 ――ツクヨミ。


 腕は立つ。

 構えが、軽い。

 一歩、踏み出す。

 ――消える。

 次の瞬間。

 背後。

 剣が、終わっている。

 音もなく。

「……」

(読めない)

 ルシアンの目が細くなる。


 少し離れた位置。

 シキは、動かない。

 ただ、見ている。

(……来たか)

 呼吸。 重心。 間。

 すべてが“別物”に整えられている。

 だが。

(変えているだけだ)

 奥にあるものは、変わらない。

 あの視線。あの踏み込み。

(……しびれを切らして、自ら来たか)

 確信する。

 だが、何も言わない。

 言う必要がない。

 ただ、わずかに目を細める。

(……面倒なことになる)

 あれは。

 ラゴウにとって――最も危険な距離にいる。


 そして最後のひとりは、粗く――だが流れを変える“崩し”。

 草原の王女にして、レザリアの王妃。

 赤銅の髪が、風を受けて跳ねる。

 長身でしなやかな体躯。

 踏み込みは深い。

 振りは大きい。

 隙がある。

 だが。

 その隙ごと、押し切る。

 次の一手が、予測から外れる。

 流れが、ずれる。

 戦場そのものが、わずかに歪む。

 金の瞳が、獣のように光る。

 ――ラゴウ。

 騎射においては、右に出る者はいない。

 だが――構えが、粗い。

 隙がある。技術が成熟していない。

 受けられる。

 弾かれる。

(安定しない)


 剣術で、数名が落ちる。

 十五の志願者は、すでに十を切っていた。


 槍。

 ガレス。

 流れる。

 突き。

 戻し。

 すべてが繋がる。

 完成されている。


 ツクヨミ。

 軽く持つ。

 一歩。

 ――また消える。

 気づけば、的の中心。


 ラゴウが槍を握る。

(……苦手だな)

 構える。

 浅い。

 踏み込む。

 突く。

 届かない。

 半歩、足りない。

 引き戻す。

 遅れる。

 穂先が下がる。

「・・・遅いな」

 ルシアンがつぶやく。

 ラゴウが歯を食いしばる。

 足を引き、間合いを取り直す。

 もう一度。

 今度は、意識して踏み込む。

 突く。

 外れる。

 相手がわずかにずらす。

(……ズレた)

 止めない。

 流す。

 だが、腕が遅れる。

 軌道がぶれる。

 無理に戻す。

 さらに遅れる。

(……合わない)

 距離。

 間。

 重さ。

 全部が、わずかに噛み合わない。

 それでも、踏み直す。

 浅く。

 通す。

 流す。

 わずかに、繋がる。

(……これか)

 だが。

 次で、またズレる。

 ラゴウは舌打ちする。


 ここでさらに、数名が落ちる。

 残り、五。


 最後。

 騎射。

 ラゴウが、馬に乗る。

 その瞬間。

 変わる。

 重心。

 呼吸。

 すべてが、合う。

 走る。

 速い。

 軽い。

 弓を取る。

 放つ。

 中心。

 連続。

 外さない。

 兵たちが、どよめく。

(……これだ)


 ガレス。

 安定。

 崩れない。

 だが、突出はしない。


 ツクヨミ。

 静か。

 目立たない。

 だが。

 すべて、当てる。

 気づけば終わる。


 ルシアンが前に出る。

「以上」

 短く言う。


 十五人。

 残ったのは――三人。


 ガレス。

 ツクヨミ。

 ラゴウ。


 ルシアンの視線が、順に向く。

(ガレスは、すでに完成されている。理想的だ)

(ツクヨミは、得たいが知れない。しかし、有用)

(王妃は……素材としては質が良い。しかし、いかんせん、まだ、不安定だ)


 王は、離れた場所で見ている。

 何も言わない。

 だが。

 視線だけが、ラゴウに向く。

(……揃わないな)

 技は粗い。

 だが。

(……流れを変える)

 ほんの一瞬。

 場の空気が、引かれる。

(……面白い)

 わずかに、口元が歪む。


 ラゴウは息を吐く。

「……微妙だな」


 ツクヨミは何も言わない。

 ただ、横目でラゴウを一瞥する。


 ガレスは前を向いたまま。

 揺れない。


 ルシアンの声。

「第二試験に移る」


 空気が、変わる。


第28話までお読みいただき、ありがとうございます。

ラゴウ、ついに表に出ました。

まだ未完成ですが、

それでも“流れを変える”存在として立ち始めています。

ガレスの正しさ、

ツクヨミの読めなさ、

ラゴウの不安定さ。

三つの力が、ここで揃いました。

次は第二試験。

“個”ではなく、“集団”の戦いへ。

引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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