表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/79

第24話 挑発の結末

 ――逃げるなよ。

 不意打ちのように、長椅子に、王を押し倒したまま。

 ラゴウは、アレクの胸の上に膝をついた。

  「さっき」

 吐息が近い。

「集中しろって言っただろ」

 アレクシスはラゴウを見上げる。

 女の重みが、はっきりと伝わってくる。

 近すぎる。

 息が、あがりそうになるのを、押さえ込む。

 

「女に上に乗られてる気分は?」

 ラゴウが笑う。

 唆すように。


  ――このまま、キスしたら、この男、どんな顔するんだろう。


  ふいに、そんな衝動が、わいた。


  「あんた、ほんとに忍耐強いよな」

 ・・・その冷静な顔。 崩してやる。

 「……どいてください」

 「うるさい」

 そして。

 そのまま首に手を回す。

 指が後ろで絡む。

 逃げ道がなくなる。

 視線を逃がさない。

 距離が消える。

 唇が重なった。

 深く。

 長く。


 ――ふいに、アレクシスの手が、ラゴウの背を掴む。

 指に、力がこもる。

 女の腰が、強く抱き寄せられた。

 体勢が反転する。

 男の身体の下に、女の瞳が揺れる。

 止まらない。

 互いの舌が絡みつく。

 ラゴウの金の瞳が、応えて、笑う。

 そして、ようやく、唇が離れた。

 青灰の瞳と、金色の瞳が、ぶつかる。

 互いの高揚と興奮が、はっきりと伝わる。

 呼吸が混ざる。

 ラゴウは笑った。

 勝ち誇ったように。

  「ほら」

 息を整えながら言う。

「ちゃんと気持ちいいだろ」

 王が目を見張る。

  「・・・なあ」

 ほとんど息だけの声で、ラゴウが言う。

「どうする?」

「どうする、とは・・・」

「続ける?」

「な・・・」

  その言葉が、王の思考を一瞬止めた。

 ――目が、そらせない。


「あなたは、自分が、何を言っているのか、分かっているんですか」

 かつて何度夜を重ねても、怯えたように頑なにからだを強ばらせていた少女だった。

 触れれば震える。

 軽く口づけただけでも、息を殺す。

 壊れ物みたいに。

 どう声をかけるべきか。

 どうすれば怖がらせないのか。

 分からなかった。

 それなのに。

  「後悔、しませんか」

 声が、掠れる。

  「後悔?なんで?」

 ラゴウが笑う。

 指先が、ゆっくりと王の胸元をなぞる。

 衣の合わせ目が乱れる。

 鎖骨の下に、女の指先が触れた。

 王の呼吸が、一瞬、乱れる。

  「きっと」

 金の瞳が、獲物を捉えた獣のように、潤んで、光る。

「もっと、気持ちよくなる」

 吐息が、近づく。


 そのときだった。

 ラゴウの表情が、急に変わった。

  「……あ」

 アレクが眉を寄せる。

  「どうしました」

 ラゴウは口を押さえた。

  「ちょっと」

 沈黙。

  「……気持ち悪い」

 アレクの顔色が変わる。

  「まさか」

 ラゴウは立ち上がろうとした。

 ふらり。

 そして。

 次の瞬間。


 盛大に、吐いた。


  ◇ ◇ ◇


 ラゴウは完全にぐったりしていた。

 アレクは額を押さえる。

  「……王妃」

 返事はない。

 ラゴウはそのまま、椅子にもたれて――熟睡している。

  完全に。

  「……」

 アレクはしばらく黙った。

 それから。

  小さく息を吐く。

  「……本当に」

 ラゴウの体を抱き上げる。

「あなたという人は」


  ◇ ◇ ◇


 茶芸館の女主人が笑う。

「だから言ったのに」

 香の煙の向こうで、呟く。

  「うちの酒は強いって」

「貞操の危機を免れたわね」

  からかうように、女主人はアレクシスに目をやる。

  「あなたの王妃は、大胆不敵な方ね」

  「大胆不敵、というか・・・何をやらかすか全く見通しがつかないというか・・・」

「情熱的で、すてきだわ。あなた完全に圧倒されていたじゃないの」

「のぞき見は、悪趣味ですよ」

  「だって、面白かったんですもの」

 アレクは振り返らない。

 ラゴウを抱いたまま、困ったように言う。

  「……今日のことは、見なかったことに」

  女主人は肩をすくめた。

  「黒い眼帯をした侍衛が、表に、馬を置いていったわよ」

 黒い眼帯――草原王が寄越した、ラゴウの護衛。

 アレクはわずかに眉をひそめた。

 気配を消すのがうまい。

 姿を見せたと思えば、次の瞬間にはいない。

 王城の近衛でも、あれほどの気配の消し方ができる人間はいない。

  (……厄介だな)

 おそらく。 王妃の影として。

 常に、その身辺に張りついている。

 今夜のことも――見られていたかもしれない。


(……癪に障る)


 灯籠の光が、窓にゆらゆらと揺れる。

 アレクは腕の中のラゴウに視線を落とした。

 ぐったりと力の抜けた身体。

 吐息は浅く、しかし温かい。

 赤い髪が、灯りを受けて柔らかく光っていた。

  (・・・無防備だな)

 一瞬だけ。

 指先が、その髪に触れかけて―― やめる。

 そのまま、抱え直した。

 夜の通りへ出る。

 異民街の喧騒は、少し離れると急に遠のく。

 灯籠の列が、ゆるやかに揺れている。

 店の前に、馬が一頭、つながれていた。

 炎のようなたてがみ。艶やかな毛並みだ。

 金色の瞳が、静かに、しかし鋭く周囲を見ている。

 戦馬だ。

(……これが)

 アレクの視線が、わずかに細くなる。

 ラゴウの愛馬――赤焔セキエン

 同じ色を分け合った、運命の半身・・・と、王妃が言っていたのを、思い出す。

 近づいた瞬間。

 セキエンが、わずかに首を上げた。

 低く、鼻を鳴らす。

 警戒。

 明確な拒絶。

  (……なるほど)

 他者を容易に許さない。

 主以外には。

 アレクはラゴウを抱えたまま、静かに言った。

「……送るだけだ」

 当然、返事はない。

 だが。

 一瞬の沈黙のあと。

 セキエンは、ふっと息を吐いた。

 警戒を完全には解かないまま。

 しかし、道を譲るように、わずかに身を引く。

  (許された、か)

 完全ではない。

 あくまで、一時的に。

  “主を預けることを、許した”だけだ。

 アレクは手綱を取る。

  ラゴウを抱えたまま、鞍へと乗せる。

 そのまま、自分も跨った。

 背後から、ふと、気配がした。

 振り返る。

 ――誰もいない。

 だが。

 確かに、視線だけが残っている。

  (……見ているな)

 アレクはわずかに口元を歪めた。

  「好きにしろ」

  低く呟く。


 セキエンが、静かに歩き出す。

 アレクシスは自分の外套を外し、ラゴウの肩にかける。

 風があたらぬよう、そのまま、包むように腕の中へ引き寄せた。

 ゆっくりと、手綱を操る。

 夜風が、少し冷たかった。

 灯籠祭りの光が、川面を流れている。

 人々の笑い声。

 遠くの笛の音。

 腕の中で眠る女の赤い髪が、さらさらと夜風に揺れた。

 そのとき。 ラゴウが小さく身じろぎした。

 ぐい、と。

 眠ったまま、王の胸に顔を押しつける。

  外套を掴む指。

「……あれく」

 寝言だった。

 手綱を握る手が止まる。

 沈黙。

 ラゴウは目を閉じたまま、また眠る。

 アレクはしばらく動かなかった。

 それから、静かに息を吐く。

  「……覚えていないんでしょうね」

 誘惑も、媚態も、挑発も。

 あの、キスも。

 全部。

 腕の中の体は温かい。

 灯籠が流れる。

 夜の川は静かだった。

 アレクは腕の中の顔を見下ろす。

 酔って、迫って、吐いて、眠って。

 この女は、本当に、とことん、人を、振り回す。

 だが。

 胸の奥が、妙にあたたかく満たされている。

 アレクは、ふっと笑った。

 ――まったく。

「・・・困ったひとだ」

 腕の中の体が、少しだけ動く。

 寝息は、まだ静かだ。

 馬はゆっくり進む。

 灯籠の光が遠ざかり、 夜の道に、蹄の音だけが残った。


第24話、読んでいただきありがとうございます。

攻めるラゴウと、振り回されるアレクシスでした。

次回は、キスの後の翌朝、の回です。

もし続きが気になる方は、よければブックマークして追っていただけると嬉しいです。


次回もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ