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第131話 新しい約束

黒煙の向こうから角笛が鳴る。

レザリア王国の軍旗。

先頭には白銀の鎧。

ルシアン。

その横には若き騎士ガレス。

「レザリア近衛隊!」

「突撃!!」

槍が並ぶ。

騎馬が駆ける。

すでにジョカの神威で混乱していたメフィスト軍へ、一気に切り込む。

ルシアンが敵将を斬り伏せる。

ガレスが兵を率いて突破口を広げる。

戦況は、一瞬で覆り始めた。


天宿の裏道から、アレク、ユイ、青天が駆けつける。

白い石畳。

その上に、赤い血が広がっていた。

倒れている男を見つけ、アレクシスが息を呑む。

「・・・シキ!」

膝をつき、肩を抱く。

シキはゆっくりと瞼を開いた。

「・・・来たか」

掠れた声。

それでも口元には、かすかな笑みが浮かんでいる。

アレクシスも思わず口元を緩めた。

「酷い顔だな」

「・・・お互い様だ」

どちらともなく笑う。

短く。

掠れた笑いだった。

それだけで十分だった。

もう、敵ではない。

「・・・頼む」

シキが言う。

「ラゴウを」

アレクは静かに頷く。

シキは安心したように息を吐いた。

「腹に」

「・・・お前の子がいる」

アレクの時間が止まる。

「・・・そうか」

短い返事だった。

だが。

その瞳だけが震えていた。

遠く。

赤い炎が揺れていた。

ジョカだった。

シキはその姿を見つめる。

「・・・綺麗だ」

その呟きとともに、口元から血が伝う。

同調。

神威。

その代償は。

すべて。

自分へ流れ込んでくる。

骨が軋む。

肺が裂ける。

視界が白く弾ける。

それでも。

シキは笑った。

「全部」

「おれが、受け止める」

「シキ様ぁぁ」

ユイが泣きじゃくる。

シキはゆっくりとアレクシスを見る。

「だが、長くはもたない」

息をつく。

「だから」

「行け」

紫黒の双眸が、まっすぐアレクシスを射抜く。

「ラゴウを取り戻せ」


◇ ◇ ◇


ジョカは止まらない。

赤い焔が戦場を駆ける。

大地が焼ける。

石畳が熔ける。

兵たちは悲鳴を上げ、逃げ惑う。

誰一人、近付けない。

近付けば、死ぬ。

それでも。

「ラゴウ!!」

その声だけが、戦場を貫いた。

ジョカが振り返る。

黄金の双眸。

そこには慈悲も、怒りもない。

神だった。

アレクシスは一歩踏み出す。

熱風が叩きつける。

皮膚が裂ける。

髪が焦げる。

それでも止まらない。

一歩。

また一歩。

ジョカが腕を振るう。

轟音。

炎の奔流が大地を呑み込む。

アレクシスは真正面から飛び込んだ。

炎が喰らいつく。

腕が焼ける。

背中が裂ける。

肺が焼ける。

――それでも。

「ラゴウッ!!」

叫びながら、その身体へ飛びつく。

激突。

凄まじい衝撃。

二人の身体が石畳を転がる。

なおも神気は荒れ狂う。

腕の中で暴れる。

押し返される。

骨が軋む。

それでも。

アレクシスは決して離さなかった。

「あなたはジョカじゃない!」

「ラゴウです!」

神威が爆ぜる。

炎が空へ噴き上がる。

抱き締めた腕が焼ける。

血が流れる。

それでも離さない。

「帰ってきてください・・・!」

「わたしのところへ!」

鼓動。

ひとつ。

また、ひとつ。

荒れ狂う神の鼓動の奥で。

もう一つの鼓動が、小さく震えた。

長い沈黙。

黄金の瞳が揺れる。

「……シ、キ」

掠れた声だった。

腕の中で強くラゴウを抱きしめながら、アレクシスは頷く。

「そうです」

「シキの最期を、看取れるのは」

「あなたしかいない」

その瞬間だった。

黄金の瞳から。

ぽろり。

一粒の涙がこぼれた。

続いて、また一粒。

そして、堰を切ったように。

ぼろぼろと。

ぼろぼろと。

涙が止まらない。

「・・・アレク」

神気が、静かにほどけていく。

赤い炎が消える。


◇ ◇ ◇


「シキ!シキぃっ!!」

ラゴウは崩れ落ちるように膝をつき、男の身体を抱き締めた。

「ラゴウ」

シキは静かに笑う。

「おまえを喪ったまま生きるのは、もう無理だ」

「いやだ・・・!」

首を振る。

涙が止まらない。

「何度もおまえを失ってきた」

「失ったまま過ぎる時間が、どれほど虚無か」

「いつも先に老い」

「いつも先に逝くおまえには分かるまい」

「だめだ、こんな・・・こんなこと・・・!!」

「泣くな。今度はおれが、先に行って待っていてやる」

「おまえの言う、むこうの世界、とやらで」

「約束、だろう?」

「時がきたら、おれを呼べ」

「引っ張ってやる」

「泣くな」

「おれの名を呼べ」

「シキ・・・」

「ちがう」

「四季」

「それは、おまえだけが呼ぶ、おれだけの名だ」

シキは満足そうに目を細めた。

その身体が、淡く光る。

輪郭がほどけていく。

「いつか、どこかで」

「また、会おう」

その言葉だけを残して。

消えた。


◇ ◇ ◇


メフィストが弓を構える。

「射よ!」

無数の矢が夜空を覆う。

「殿下!」

悲鳴のようなルシアンの声が響く。

アレクシスは迷わずラゴウを抱き上げ、軍馬へ飛び乗った。

駆ける。

駆ける。

崖が迫る。

赤い月。

蝕まれた月が、二人を見下ろしていた。

背後で矢が唸る。

一筋。

また一筋。

ラゴウが身をよじる。

「危ない――」

足が滑った。

「あ・・・」

身体が宙へ投げ出される。

「ラゴウ!!」

アレクシスは躊躇なく身を乗り出した。

落ちる。

届け。

あと少し。

指先が触れる。

――離すものか。

ぎゅっと、その手を掴んだ。

その瞬間――

世界が。

真っ二つに裂けた。


第131話「新しい約束」を読んでいただき、ありがとうございました。

この話を書きながら、ずっと考えていたのは「別れ」ではなく、「約束」でした。

誰かを失うことは、とても悲しい。

でも、人は約束があるから前を向ける。

シキは最後まで、自分の死ではなく、残されるラゴウの未来を願いました。

そしてアレクもまた、命を懸けてラゴウを取り戻しました。

それぞれが誰かの未来を託した回だったように思います。

……とはいえ、まだ終わりではありません。

最後の一行で、世界そのものが大きく動き始めました。

次回、第132話。

いよいよ、この物語最大の転換点へ向かいます。

最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

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