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第115話 再会

 

 ――アレクシスだった。

「――あなたという人は」

 聞き慣れた声だった。

 心臓が止まりそうになる。

「しばらく目を離した隙に」

 低い声。

 怒っている。

 ものすごく怒っている。

「またこんな無茶をしている」

 ラゴウはゆっくり顔を上げた。

 銀の髪。

 青灰の瞳。

 見間違えるはずがない。

「・・・アレク」

 肩を掴まれる。

 ぎゅう、と。

 少し痛いくらいに。

「橋の状態を確認していただけだ」

「職人に任せなさい」

「現場を見なければ判断できない」

「だからといって川に落ちる理由にはなりません」

「落ちてない」

「落ちかけました」

 周囲が静まり返る。

 職人たちは目を逸らした。

 鸞は少し離れた場所で腕を組んでいる。

「橋も」

 アレクは続ける。

「井戸も」

「羊も」

「全部あなたがやる必要はありません」

「必要だ」

「必要ありません」

「ある」

「ありません」

 沈黙。

 そして。

 ラゴウは少し笑う。

「なあ」

「なんです」

「早く」

「何をです」

「キスしよう」

 沈黙。

 鸞が遠くで顔を覆った。

(始まった)

 次の瞬間。

 アレクがラゴウを抱き寄せる。

 強く。

 強く。

 息ができないほど。

 唇が重なる。

 額。

 瞼。

 頬。

 何度も。

 何度も。

「会いたかった」

 アレクシスが呟く。

 ラゴウは目を閉じた。

 それから、男の首に腕を回して、その銀髪を抱いた。


 ◇ ◇ ◇


 そのまま。

 アレクはラゴウを抱き上げた。

「おい」

「あなたの天幕、どこです」

「え・・・なんで」

「ふたりきりになりたいので」

「どうして」

「言わせたいんですか」

「え」

 聞く耳がない。

 ラゴウは諦めた。

 天幕へ戻る。

 まったく、という顔をして、鸞が見張りに立つ。


 寝台へ放り出される。

 アレクが覆いかぶさる。

「ちょっと待て」

「嫌です」

 逃がす気はないらしい。

 久しぶりに至近距離で男を見つめる。

 まるで熱に浮かされたように、瞳の青灰に溺れていくのを感じる。

「・・・ラゴウ」

 ふと。

 アレクシスが言葉を止めた。

 ラゴウを見つめたまま、黙る。

 寝台に広がる、豊かな赤い髪。

 草原の刺繍を施した衣装。

 長い袖から見える、白い指先。

 揺れる耳飾り。

 金糸の織り込まれた外套。

 蜜色の双眸を彩る、細やかな化粧。

 アレクシスはしばらく何も言わなかった。

「なんだ」

 ラゴウが怪訝そうに眉をひそめる。

 それでもアレクは答えない。

 ただ見ている。

 やがて。

 ぽつりと言った。

「綺麗ですね」

 ラゴウが固まる。

「え」

「驚きました」

 アレクは少し笑った。

「レザリアではいつも騎士の格好ばかりしていたでしょう」

「それは、だって、近衛隊の一員だったし」

「・・・覚えてますか」

「なにを」

「わたしが大嫌いだと。でも、わたしの命を守ると。近衛隊を志願する理由を聞いたとき、あなたが言った」

 アレクは肩を竦める。

「だから今は、わたしの命は、あなたのものです」

 だが視線は離れない。

 まるで初めて見るように。

 草原の王女を見ている。

 ラゴウは居心地悪そうに顔を逸らした。

「見るな」

「無理です」

 少しだけ、アレクシスは不機嫌そうな顔になる。

「その格好」

「なんだ」

「他の男にも見せているんですよね」

「草原では普通だ」

「気に入りません」

 堂々と言った。

 ラゴウは思わず吹き出した。

 そして。

 呟く。

「・・・会いたかった」

 その声に反応するように、アレクシスの指がラゴウの頬に触れた。

 そのまま、首筋へ滑る。

 が、そこで動きが止まった。

「・・・?」

 ラゴウが首を傾げる。

 アレクは眉をひそめた。

「熱があります」

「そうか?」

「あります」

 額に手を当てる。

 首筋。

 頬。

 肩。

 耳の後ろ。

 手首。

 一つずつ確かめる。

「雨季明けには、いつも体調を崩していたと、シキが言っていました」

 ラゴウは苦笑した。

「たいしたことないんだが」

「?」

「妙に熱っぽくて」

 少し考える。

「眠い」

「眠い?」

「うん」

「ここ最近ずっとだ」

「・・・」

「アンタの体温、気持ちいい」

 アレクが固まる。

 ラゴウは続ける。

「あと」

「なんです」

「いい匂い」

「・・・」

「落ち着く」

 言いながら。

 目が閉じていく。

 意識が沈む。

 あたたかい。

 安心する。

 アレクが何か言っている。

 だが。

 聞こえない。


「ラゴウ」

 返事はない。

「ラゴウ」

 もう寝ていた。

 完全に。

 すやすやと。

 沈黙。

 しばらくして。

 アレクシスは大きく息を吐いた。

 そして眠る女の額へ口づける。

「まったく」

 会いたかった。

 抱きたかった。

 話したいことも山ほどあった。

 なのに。

 再会して最初にしたことが、女を寝かしつけることだとは。

 その夜。

 草原には静かな月が浮かんでいた。


 ◇ ◇ ◇



 ラゴウの天幕から出てきたアレクを、鸞が胡乱な目で待っていた。

「オトナの時間は終わったのかよ」

 アレクは真顔で答える。

「眠ってしまった」

「・・・は?」

「何もできなかった」

 本気で残念そうだった。

 鸞は頭を抱える。

「公衆の面前でよくもあそこまでいちゃいちゃできるよな、あんた」

「必要なことだ」

「何が」

 アレクは当然のように言った。

「ラゴウがキスをせがむ男はわたしだけだと見せつけている」

 鸞はしばらく黙った。

 そして結論を出す。

「嫉妬深い」

「悪いか」

 アレクシスは平然と言う。

「男避けだ」

「は?」

「草原には不埒な輩が多い」

「いやいやいや」

「本音としては誰にも見せたくない」

「独占欲の塊じゃん」

「・・・もちろん、ラゴウが誰を選ぶかは本人の自由だ」

「お?」

 鸞が感心しかけた瞬間。

 アレクシスは続けた。

「だが選ばれるのはわたしだ」

 鸞は真顔になった。

「帰っていいか」

「駄目だ」

「なんでだよ」

「おまえには仕事がある」

 アレクシスは淡々と続ける。

「ラゴウが何を食べたか」

「どれくらい眠ったか」

「体調はどうか」

「全部報告しろ」

 鸞は思った。

(シキのやつも大概だったが)

(こっちも相当だな)

 そして少し考えてから言う。

「あのさ、王女が言ってたんだけどよ」

「なんだ」

「あんたとの子どもがほしいんだってさ」

 沈黙。

 アレクシスが固まる。

 この男でも動揺することがあるらしい。

 手を口元に充てて、なんて言っていいか分からない、という顔をしている。

「・・・そう、なのか」

「死ぬほど嬉しいだろ」

「まあ・・・それは」

「だよな」

 鸞は空を見上げる。

(やっぱり重症だな)

 王も。

 王妃も。

 ついでにシキも。

 全員まとめて重症だった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

ようやく再会できました。

監獄、脱獄、草原帰還と、ここまで長かったですね。

久しぶりに会ったというのに、怒られ、抱きしめられ、キスをして、そのまま寝落ちするラゴウは、やはり最後までラゴウでした。

そして、アレクも最後までアレクでした。

ちなみに、鸞が「全員まとめて重症」と言っていますが、作者もだいたい同じ感想です。

次回は、このあと少しずつ二人の時間が戻っていきます。

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