表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/133

第113話 未来の話

 鸞は目を瞬く。

「夜食って・・・王女が?」

「作れるぞ」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「いいからついて来い」

 有無を言わせない口調だった。

 結局。

 鸞は王女の天幕へ連行された。

 すでに日は落ちていた。

 天幕の中には小さな炉があった。

 ラゴウは慣れた手つきで鍋を火にかける。

 干し肉を刻む。

 残った野菜を細かく切る。

 乳を加える。

 香草を放る。

 手際がいい。

 迷いがない。

 鸞は思わず見入った。

「すげぇ・・・慣れてる」

「ああ」

 ラゴウは鍋をかき混ぜながら答えた。

 ――妹がいたからな。

 声には出さず、思う。

 野菜を切る。

 煮る。

 味を見る。

 少し塩を足す。

 それだけだ。

 それだけなのに妙にうまそうだった。

「料理は嫌いじゃないんだ」

 ラゴウは言った。

「忙しい時ほど、手早く作れるものがいい」

 やがて椀が差し出される。

 湯気が立つ。

 乳と香草の匂い。

 野菜と肉の旨味。

 腹が鳴った。

「食え」

 鸞は恐る恐る口へ運ぶ。

 温かかった。

 驚くほど。

 温かかった。

 腹の奥まで染み込んでいく。

「美味いだろ」

 ラゴウが得意げに言う。

 鸞は口いっぱいに雑炊を頬張ったまま、こくこくと何度もうなずいた。

「うまい」

 飲み込むのももどかしい様子で言う。

「これ、作り方知りたい」

 目をきらきらと輝かせながら、さらに匙を動かす。

「妹たちに食べさせてやりたい」

 ラゴウは思わず笑った。

「簡単だぞ」

「あとで作り方を書いてやる」

 鸞の顔がぱっと顔が明るくなる。

「ありがとうございます!」

 その反応があまりにも素直で。

 大人びた様子を装っていても、やはりまだ子どもなのだと思う。

 ラゴウは少し目を細めた。

「おまえは本当に感心なやつだな」

 自然と手が伸びる。

 今度は鸞の髪をくしゃりと撫でた。

「うわっ」

 鸞が慌てて身を引く。

「子ども扱いしないでください」

「まだ十三だろう」

「ラゴウ様だって大して変わらないでしょう」

「わたしは大人だ」

「どこが」

「どこからどう見てもだ」

(・・・盗賊を蹴り飛ばす王女のどこが普通の大人なんだよ)

 鸞は思った。

 ――やっぱり、変なひとだ。

 だが。

 悪い気はしなかった。


 ◇ ◇ ◇


「おまえみたいな息子がいたら頼もしいな」

 唐突にラゴウが言った。

 鸞が吹き出した。

「なんですかそれ」

「いや」

 ラゴウは真面目だった。

「家族を養うために働いて」

「妹を守って」

「ちゃんと頭も回る」

「立派だ」

 鸞は妙な顔になる。

 そういえば。

 この女には子がいない。

 レザリア王と結婚して数年も経つのに。

 辺境のフェルンにまで噂は届いていた。

 虚弱な王女。

 草原との同盟のための、形ばかりの政略結婚。

 子どもを産めない王妃。

 ――どこが虚弱だ。

 盗賊を蹴り飛ばしていた姿を思い出す。

 どう考えても違う。

 それに。

 アレクシスといいシキといい、この女にドはまりしているのを目の当たりにしている。

 ラゴウは気付かず続けた。

「もともと子どもは好きなんだ」

「・・・へえ」

「もし会えたら相談してみるか」

 そう言って。

 ラゴウは少しだけ目を伏せた。

 会える。

 そう信じている。

 だが。

 いつになるのかは分からない。

「え・・・誰に、何を」

 ラゴウは鍋をかき混ぜながらひとりごとのようにぶつぶつ言う。

「月白花の毒はほとんど抜けたし」

「栄養状態も悪くない」

「身体の調子も回復して、ここ数か月は月の巡りも安定してたし」

「今なら可能性は高いよな」

「何の?」

「妊娠」

 鸞はむせた。

「は?」

「何だ」

「いやいやいや」

「何がだ」

「そんな淡々と話すことですかそれ?」

 ラゴウは不思議そうにクビを傾げた。

「医学的な話だ」

「排卵日前後を狙えば確率は上がる」

「年齢的な条件も悪くないし」

「妊娠率だけで考えるなら、今が一番いい時期だと思うんだが」

「やめてください!」

 鸞は真っ赤になって頭を抱えた。

「あ、悪い。子どもには刺激の強い話題だったか」

「そ、そ、そういう問題じゃ・・・」

 鸞の動揺を横目に、ラゴウはつらつらと思考を巡らす。

 今月ももうすぐ月の周期がくるだろうから・・・、と考えて、はた、と思考が止まる。

 そういえば、今月そろそろだと思うのだが。

 妙に体調が悪いのもそのせいもあるのかも。

 月の巡りが近いのか。

 いや。

 少し違う気もする。

 何かひっかかる。

 とても重大なことのような気がする。

 しかし。

 ここ数日、妙に眠くて。

 気がつくとぼんやりしてしまって、思考が散ってなにもかも雲散霧消してしまう。

 うーん、とラゴウは考え込む。


 ――なんだこの女。

 いや。

 なんなんだ本当に。

 離縁したばかりだろう。

 もっとこう。

 悲壮感とか。

 切なさとか。

 そういうものはないのか。

 どぎまぎしながら、鸞は思う。

 だが。

「子どもが欲しいんだ」

 ラゴウがぽつりと言った。

 鍋の湯気の向こう。

 その横顔は静かだった。

 ――あいつとの。

 鸞は黙った。

 なるほど。

 深刻じゃないわけではない。

 ちゃんと未来を考えているのだ。

 それも。

 自分が思っていたよりずっと先まで。

 離縁して引き離されたというのに。

 監獄の中で、あいつも全然あきらめてなかったけど。

 この女も。

 再会を疑っていない。

 まるで当然のように。

 未来の話をしている。

 ――なんだ。

(こいつら、全然終わってないじゃないか)


第113話「未来の話」でした。

今回は鸞から見たラゴウ回です。

離縁して、引き離されて、それでもラゴウは不思議なくらい前を向いています。

夜食回のはずだったのですが、気づけば家族計画の話になっていました。

悲恋というより、「再会した後の話」を考えている人なんですよね。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ