表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/132

第112話 兄と妹

 

 結納品の仕分けは夜まで続いた。

 金銀は換金。

 食糧は被災地へ。

 羊は損害の大きかった部族へ優先配分。

 井戸の修復資材は北部へ。

 橋の資材は東部へ。

 王庭中がひっくり返ったような騒ぎだった。

「おい!」

「そっちじゃない!」

「羊を先に運ぶな!」

「食糧だ!」

 怒鳴り声が飛び交う。

 誰もが慣れない仕事だった。

 本来なら結納品など王庭の倉庫へ運び込めば終わりなのだ。

 だがラゴウは全部配れと言った。

 必要に応じて換金し、物資によって選り分けて適切に配分しろと。

 現場は大混乱である。

 その中で。

「いや、それは後」

 少年の声がした。

「先に食料だろ。まず保存できるものとできないものを分けよう。運搬方法を変えないと」

「冷え込みの強い地域から優先に」

 数人の若者が振り返る。

 鸞だった。

「でも草原王が――」

「だから指示系統が変わったんだよ」

 戸惑う若者たち。

 鸞はため息をついた。

「資材は北」

「羊は南」

「荷車を分けろ」

「西に向かう荷車は湿地帯を抜ける経路なら早い」

「日が落ちる前に両方届けられるように最短距離を行く。地図を見よう」

 沈黙。

 やがて。

「・・・なるほど」

 人が動き始める。

 荷車が分かれる。

 作業が流れ始める。

 鸞は肩をすくめた。

 監獄の配給係を三年もやれば嫌でも覚える。

 食糧。

 人員。

 物資。

 限られたものをどう回すか。

 重罪人どもを飢えさせないために。

 時には看守と交渉し。

 時には囚人と取引し。

 時には帳簿をごまかして。

 そうやって生き延びてきた。

 学はなかった。

 金もなかった。

 だが。

 生きる術は身についた。

 その時だった。

「おい」

 声がした。

 振り返る。

 ラゴウだった。

 なんとなく、嫌な予感がした。

「なんですか」

「おまえ」

「はい」

「仕事ができるな」

 鸞は固まった。

「そうでもないと思いますけど」

「それ、謙遜じゃなくて面倒だから適当に言ってるだろ」

「そんなことないです」

 見守れと言われてるだけで。

 交流しろとは言われてないし。

(・・・おれにかまわないでくれ)

 ラゴウはじっと見ている。

 鋭い目だった。

 獲物を見つけた鷹みたいな目。

「名前は」

「ラン」

 真名は、鸞、だ。

 草原との国境線を接しているフェルンは、異国どうしの混血が多い。

 フェルンで生まれ育った鸞の名は、純粋な草原の発音とは、わずかに違う。

「部族は」

「・・・名もない小さい部族です。ダッキに併呑されました」

 そういう設定にしておくよう、ルシアンから言い含められている。

「ふうん」

 ラゴウはしばらく黙る。

「おまえ」

「はい」

「なぜ雑役を?それくらい頭が回れば、もっと別の仕事ができるはず」

 鸞は肩を竦めた。

「手っ取り早く稼ぐ必要があったので」

 選抜とか、試験とか、学問とか、のんびりやってるヒマはなかった。

「家族か」

「まあ」

 ラゴウは少しだけ目を細める。

「親は?」

「父親はだいぶ前に死にました。母親は体が弱くてあんまり無理できないんで」

「そうか」

「あとは双子の妹がいます」

 沈黙。

「食わせるためには、稼がないと」

 それは特別な告白でも何でもない。

 事実だった。

 鸞は続ける。

「だから金になる仕事なら何でもやります」

 何でもない口調だった。

 誇るわけでもない。

 悲壮感もない。

 ただの事実。

 ラゴウは答えなかった。

 代わりに。

 遠い記憶がよみがえる。

 夕方のスーパー。

 値引きシール。

 特売の卵。

 財布の中身を何度も数えたこと。

『お兄ちゃん』

 小さな手が袖を引く。

『これ買っていい?』

『今日は駄目だ』

『えー』

『来月な』

『絶対?』

『絶対』

 妹が笑う。

 その笑顔を見るためだけに働いた。

 バイトを掛け持ちして、残業もした。

 当直もした。

 弁当も作った。

 誰かを養うということは。

 自分の人生を後回しにすることだ。

 だから分かる。

 目の前の少年が言っていることも。

 言わないことも。

「おまえ、年は」

「十三」

 ――ラゴウが、アレクシスと出会った年だ。

 そのころ、なにも知らず、なにも恐れず、ただ伸び伸びと自由に草原を駆け回っていた。


 ラゴウは小さく息を吐いた。

「おまえは、えらいな」

 鸞が目を瞬く。

「は?」

 思わず手を伸ばして、そのくせ毛の黒髪を、ぽんぽん、と撫でる。

(な、なんだ?)

「あの・・・?」

「兄として懸命に頑張っているんだな」

 王女の蜜色の瞳が、優しく、優しく、包むように潤む。

 鸞は思わず視線を逸らした。

 褒められるようなことではない。

 やらなければ母が困る。妹たちが困る。

 長子の自分が家族を養うのは当然のことだ。もう十三なのだから。

 それだけだ。

「別に」

 ぶっきらぼうに答える。

 ラゴウは少し笑った。


 ◇ ◇ ◇


 結納品の仕分けが終わった頃には、すっかり日が落ちていた。

 王庭のあちこちで篝火が燃えている。

 荷車はほとんど空になっていた。

 食糧は被災地へ。

 羊は各集落へ。

 宝石や金銀は換金のために運び出された。

 鸞は最後まで残り、帳簿と荷の配送状況を照らし合わせていた。

 不足はないか。

 届いていない荷はないか。

 確認を終えて顔を上げる。

 その時だった。

 天幕の群れの向こうからラゴウが戻ってくる。

 どうやら被災地の視察から帰ったばかりらしい。

 外套の裾には土埃がついていた。

 ラゴウは鸞に気づくと、まっすぐこちらへ歩いてきた。

 鸞は慌てて立ち上がる。

「お疲れさまです」

 ぺこりと頭を下げる。

 ラゴウは帳簿を覗き込んだ。

「まだやっていたのか」

「確認が残ってたんで」

 ラゴウはふうん、と頷く。

 そして言った。

「腹は減っているか」

「え・・・まあ、それなりに」

「来い」

「どこに」

「夜食を作ってやろう」


第112話「兄と妹」でした。

今回は鸞回です。

家族を養うために働く少年と、かつて妹を育てていた兄。

境遇は違いますが、ラゴウが鸞を放っておけなかった理由を書いてみました。

そして夜食。

王女らしくないですが、ジンナイらしい一面でもあります。

次回は夜食の続き。

アレクシスの話も少しずつ近づいてきます。お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ