第111話 婚礼の荷車
雨季明けの王庭へ、カヨウからの結納の品を届ける使者が到着した。
荷車は二十を超える。
宝石。絹。香木。黄金。馬。羊。そして大量の食糧。
草原の民がざわめく。
「草原王の結納だ」
「婚礼が近いんだな」
「ラゴウ様はレザリア王と離縁してまだ日が浅いだろう」
「関係ないさ。草原王がラゴウ様にご執心なのは昔からだ」
「一日でも早く自分の女にしたいってわけか」
「レザリアから戻られたラゴウ様は、見違えるほど綺麗になられたからな」
「それにしても、すごい量だな」
「王女様も喜ぶだろう」
だが。
当のラゴウは顔をしかめた。
「食糧は被災地へ回せ」
沈黙。
使者が固まる。
「は?」
「橋の修復」
「井戸の再建」
「羊の補充」
「全部優先だ」
「金銀は売れ」
「換金しろ」
「ラゴウ様!」
使者は思わず叫ぶ。
「これらはカヨウ様からの結納品なのですよ!」
「だからなんだ」
「いや・・・!」
「飾れと?」
ラゴウは本気で理解できなかった。
「人が飢えている。橋も流れた。宝石よりパンだ」
正論だった。
「そもそも、カヨウの求婚を受け入れた覚えはない」
使者は頭を抱える。
(カヨウ様に殺される・・・)
その騒動を、荷車の後ろから見ている少年がいた。
鸞だった。
ルシアンが手を回して、結納品を管理する雑役の少年たちに紛れて潜り込んでいる。
目的は一つ。
ラゴウの監視。
そして。
アレクシスへの報告。
『ラゴウを見守れ』
そう命じられた。
本当なら。
脱獄した時に別れるはずだった。
監獄を出た時、アレクシスは十分すぎるほどの路銀を渡してくれた。
『世話になったな』
『家族のもとへ帰れ』
『夢は羊二十頭と小さな家、だったか』
『おまえは堅実で生活力が高いから、食うには困らない性分だ』
『これだけあれば当面は暮らしに困るまい』
『達者でな』
だが。
なぜか食い下がったのは自分だった。
『金がいるんだよ』
『妹たちはまだ小さいけど、そのうち服だの髪飾りだの嫁入り道具だの、いくらあっても足りないんだ』
『女どもは金食い虫だからな』
『父親は早くに死んで、母親は体が弱いんだ。こう見えて稼ぎ頭なんだぞ、おれ』
アレクシスが呆れた顔をしたのを覚えている。
『足りないのか』
『足りねぇ』
『いくら必要だ』
『ただで金をもらう趣味はない』
鸞は肩を竦めた。
『もう少し何か手伝わせろよ』
『小遣い稼ぎだ』
それで結局。
一番怪しまれずに草原へ潜り込めるのが自分だという話になった。
今思えば。
あの時帰るべきだったのかもしれない。
『放っておくと何をやらかすか分からない女だ』
そう言われた時は意味が分からなかった。
だが。
今なら少し分かる。
目の前の王女は。
結納品より井戸を優先している。
(なるほど)
(変わった女だ)
その時。
ラゴウが振り返った。
「おい」
鸞はぎくりとする。
「その箱」
「はい」
「遅い」
「え?」
「早く運べ。歩くのが遅い」
鸞は固まった。
(なんだこいつ)
フェルンで見た時は違った。
病人を看病していた。
泥だらけで子どもを抱いていた。
優しい王妃だった。
慈愛の人。
聖女のような女。
そんな印象だった。
だが現実は。
口が悪い。
気が強い。
遠慮がない。
(思ってたのと違う)
その時だった。
見張りが叫ぶ。
「盗賊だ!」
丘の向こう。
十数騎。
馬を飛ばしてくる。
被災地を狙う連中だった。
結納品の噂を聞きつけたらしい。
民が悲鳴を上げる。
結納品をのせた荷馬車が混乱する。
護衛が前へ出る。
だが。
ラゴウはため息をついた。
「面倒だな」
そして馬へ飛び乗る。
速い。
鸞は目を見開いた。
次の瞬間。
盗賊の頭目が馬上から吹き飛んだ。
蹴りだった。
二人目。
三人目。
四人目。
盗賊たちが転がる。
剣すら抜いていない。
ただ蹴っているだけだった。
「食糧を奪うな」
ラゴウが怒鳴る。
「冬を越せなくなるだろうが!」
そして最後の一人を蹴り落とした。
終了。
本当に終了だった。
数分もかからない。
盗賊たちは地面に転がっている。
ラゴウは馬を降りた。
「縛れ」
以上。
終わり。
鸞は呆然とした。
(なんだこれ)
(王女だよな?)
(王女って蹴りで盗賊壊滅させるのか?)
しばらくして。
彼は真顔で思った。
(あいつ)
(・・・変わった好みだな)
(しかもシキのやつまでこの女に狂ってるみたいだし)
ラゴウは部下に指示を飛ばしている。
たしかに美人だった。
草原でも指折りだろう。
だが。
それ以上に。
怖かった。
強かった。
口が悪かった。
まるで王女らしくない。
(大人にしか分からない魅力があるのか?)
(あいつらの趣味が変わってるだけなのか?)
本気で理解できなかった。
その時。
ラゴウが振り返る。
「おい新入り」
「はい」
「今失礼なことを考えたな」
鸞は固まった。
「考えてません」
(なんで分かるんだよ)
「嘘つけ」
怖かった。
本当に怖かった。
鸞はラゴウの視線から逃げるように、そそくさと荷物を運び始めた。
第111話を読んでくださってありがとうございます。
今回は鸞の草原潜入回でした。
アレクシスから「ラゴウを見守れ」と言われて送り込まれたものの、初日からだいぶ面食らっています。
フェルンで見たラゴウは、泥だらけで病人を看病する優しい王妃でした。
ところが実際に近くで見ると、だいぶ印象が違ったようです。
作者としては、鸞には今後しばらく読者目線のツッコミ役を担当してもらう予定です。
次回も引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。




