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第107話 それぞれの盤面

 

 夜明け。

 地下水路を抜けた先で、アレクシスたちはレザリア王直属の精鋭部隊である近衛隊と合流した。

 先頭に立つのはルシアン。

 その後ろに数十騎ほどの騎兵。

 さらに見覚えのある顔があった。

「陛下」

 ガレスだった。

 アレクは目を細める。

「聖女のもとを離れた理由は」

「メフィスト様から利用されるのを避けたいと、フェルンの孤児院に移られました。静蘭様が一緒におられます。聖女様の護衛の任を勝手に離れ、こちらへ合流したこと、申し訳ありません」

 ガレスは深く頭を下げた。

 ルシアンが庇うように言い添える。

「カナリア様のご助言なのです。体調も落ち着いたので、近衛隊に戻るようにと。フェルンの災害で孤児が増えました。当面はその子どもらの世話をしながら過ごされるとのこと」

「・・・そうか」

 ――カナリアも、変わった。

 幼い頃からともにあった少女だった。

 そして今は別々の道を歩いている。

 ふ、とアレクシスは笑った。


 簡単な野営地が作られる。

 脱獄したばかりの王は、まるで散歩から戻ったような顔で地図を広げていた。

 ルシアン。

 ガレス。

 シキ。

 ユイ。

 鸞。

 全員が集まる。

 最初に口を開いたのはガレスだった。

 妙に緊張している。

「陛下」

「なんだ」

「こんな時に、場にそぐわぬ発言をすることをお許しください」

「どうした」

「聖女カナリア様に求婚する許可をいただきたいのです」

 沈黙。

「・・・なに?」

 アレクが聞き返す。

 ガレスは真顔だった。

「腹の子の父親は、わたしだと、議会の場で公言しました」

「現在、聖女は王宮の保護下にあります」

「ですので」

「まず陛下に許可をいただくべきかと」

 アレクシスはゆっくりルシアンを見る。

「説明しろ」

「私も止めました」

 ルシアンは諦めたような表情で言う。

「騎士としての責任感や義務感で聖女様に求婚など、少々度を越していると」

「ですが」

 肩を竦める。

「本人は大真面目です」

 ガレスは真顔だった。

 本当に大真面目だった。

 アレクは小さくため息をついた。

「確認するが」

「はい」

「おまえはカナリアを愛しているのか」

 ガレスが固まった。

 数秒。

 沈黙。

「・・・分かりません」

 正直だった。

「ただ」

 拳を握る。

「彼女が泣くのは見たくありません」

「傷つくのも」

「これから生まれてくる子が不幸になるのも」

 アレクシスはしばらく黙った。

 やがて言う。

「許可はできない」

 ガレスの顔が青ざめる。

「まだな」

 ガレスは思わず顔を上げた。

 アレクシスは続ける。

「まずカナリアに聞け」

「彼女が望むのなら、許可しよう」

「望まぬのなら、諦めろ」

「それだけだ」

 ガレスは深く頭を下げた。

「承知しました」

 その様子を見ながら、ルシアンが言う。

「人の恋路にはまともなことをおっしゃるのですね」

 ユイもつぶやく。

「・・・ご自分は、離婚されても諦めないくせに」

 シキも吐き捨てる。

「しぶとい」

 アレクシスは鼻で笑った。

「なんとでも言うがいい」


 やがてルシアンが地図を広げる。

 表情が変わった。

 騎士団長の顔になる。

「ここからが本題です」

 全員の視線が集まる。

「陛下が捕らえられてからひと月」

「王都は予想以上に荒れています」

 地図の上を指が動く。

「メフィスト殿下は貴族権限を縮小」

「徴税権を中央へ集約」

「地方軍の再編も進めています」

 シキが鼻を鳴らした。

「中央集権か」

 ルシアンが頷く。

「地方領主は反発しています」

「商人もです」

「ですが」

「力で押し切ろうとしている」

 アレクは黙って聞いていた。

「そして問題がもう一つ」

 ルシアンの表情が険しくなる。

「ダッキ軍です」

 地図上の草原へ指が移る。

「メフィスト様は草原との同盟を利用して軍を集めています」

「最終的には草原そのものを支配下に置くつもりでしょう」

 シキの眼帯の奥の目が冷える。

「宰相はカヨウさえ利用する気だな」

「メフィスト様は中央集権国家の理想を掲げておられますから」

 ルシアンが続ける。

「ただし」

 少し笑った。

「うまくいっていません」

 アレクシスが顔を上げる。

「説明を」

 ルシアンが頷いた。

「西部商人連合」

「税収を隠しています」

「北部領主」

「徴兵命令を無視」

「東部騎士団」

「行軍を拒否」

「港湾都市」

「物資搬入を停止」

 鸞が目を瞬く。

「なんでそんな都合よく反乱してるんだ?」

 ルシアンが苦笑した。

「都合よくではありません」

 アレクシスを見る。

「全部、陛下が仕込んだのです」

 沈黙。

 鸞が固まる。

「は?」

 ルシアンは肩をすくめた。

「監獄から届いた伝言です」

『白鷹は東へ飛ぶ』

『七日』

『月が欠ける夜に北門を見る』

「最初は意味不明でした」

 ルシアンが苦笑した。

「ですが陛下らしいと思った」


「白鷹は東へ飛ぶ」

 王直属遊撃騎兵隊を東部へ移動。


「七日」

 一斉行動の日時。


「月が欠ける夜に北門を見る」

 王都北門の秘密輸送の監視。


「その結果」

「東部騎士団は徴兵を拒否」

「商人組合は納税を停止」

「港湾都市は兵糧搬入を止めました」

 鸞が固まる。

「そうか」

 鸞は頭を抱えた。

「そうかじゃねぇよ」

「牢の中だろお前」

「なんで外の国が動いてるんだよ」

 ユイも頷く。

「ほんとそれ」

 シキがため息を吐く。

「だから言っただろう」

「監獄の方が危険だと」

 アレクシスは平然としている。

「わが弟ながら、メフィストは優秀だ。統治者の器なのは間違いない」

「だが」

 青灰の瞳が細まる。

「人は命令だけでは動かない」

「地方には地方の理屈がある」

「民には民の暮らしがある」

「それを無視して国は治められない」

 ルシアンが頷いた。

 それこそが、アレクシスとメフィストの違いだった。

 メフィストは国を一つにまとめようとする。

 アレクシスは違う。

 違うまま共存させようとする。

 地方も。草原も。王都も。

 全部抱え込もうとする。


 ――だからこの男は厄介なのだ。

 やがて、シキが言った。

「レザリアへ戻れ」

「おまえにはおまえのやるべきことがあるだろう、レザリア王」

「断る」

 あっさりとアレクシスは言う。

 ルシアンら近衛隊の面々は凍り付く。

「王の責務より女を取るか」

「王の責務を果たすことなどたやすい。・・・ラゴウを手に入れることに比べれば」

「陛下・・・どうか猫をかぶったままでいてください・・・」

 ルシアンが頭を抱える。

「いったいどれほど長い間、公明正大な賢君を演じてきたと思っている」

 シキが言う。

「おまえはもはやラゴウの夫ではない。同盟国の王としての立場も地に堕ちている」

「ラゴウに会って、どうする」

 アレクは迷わなかった。

「ラゴウの意向を聞く」

 沈黙。

「協定は破綻した」

「ラゴウ返還の条件も反故だ」

「ならば」

 アレクは真っ直ぐ前を見た。

「まずラゴウがどうしたいのかを聞く」

「どんな形であれ」

「ラゴウと共に生きる道を探る」

「だが」

 シキが目を細める。

「少なくとも」

 アレクシスは続けた。

「わたし以外の男のものにはさせない」

 鸞が盛大にむせた。

「結局それかよ!」


第107話でした。

今回は「それぞれの盤面」というタイトルどおり、

アレク、メフィスト、シキ、ルシアン、ガレス、そしてラゴウ。


みんなが別々の場所で動いていることを整理する回でした。

ガレスは相変わらず真面目すぎます。

そしてアレクは相変わらず人の話を聞きません。

牢に入れておけば大人しくなると思った人がいるらしいのですが、残念ながら逆でした。

次回からはいよいよ盤面が動き始めます。

アレクは草原へ。

メフィストは王都で。

ラゴウはまだ何も知りません。


それではまた次回。

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