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第百四十七話

 そこはどこにでもある寺の境内。

 だが、普段とは違う光景が広がっていた。

 あちこちに転がるように横たわるのは先の大火で焼け出され逃げてきた町の人。

 男も女も、子供も老人も、怪我をしている者、看病する者、もう動かなくなった人に縋るようにして泣く者。それを手当てする為か坊主がせわしなく動き回っている。

 (これが現実、か。これが我々が引き起こした結果。何の罪もない人たちを巻き込んで正義もクソもねぇな)


 「これが結果だと、少しでも頭にありましたか?」

 何の気配もなく背後から掛けられた声は氷のように冷たく、まるで刃を向けられているようだった。

 「こうやって罪のない人々が踏みにじられていく・・・・・彼らの生活を奪っても気づかない。そしてまた奪っていく・・・・・それがあなた達のやってきたことです」

 静かに言い放つとその場を離れようとする女の手を掴む。

 まさか掴まれるとは思っていなかったのか、驚いたように体を強張らせながらもこちらの動きを警戒するかのように視線を合わせる。


 「やっと会えた。やはり俺の勘は当たっていたようだな」

 「は?」

 ニヤリと笑む慶喜とキッと睨むあかね。

 「いや、すまん。こっちの話だ・・・・・少し場所を変えようか」

 そう言って掴んだままの手を引きながら歩き出す。


 「あの光景を見せたかったのだろう?・・・・・こうみえて俺は火事場を知っている。だから民の暮らしも少しは分かっているつもりだった。だが、本当につもりで終わっていたようだ」

 ゆっくり歩く慶喜の顔に後悔の色が滲む。

 それはこの結果にか、そこまで気が回らなかった己にか、それとも両方か。


 「火消しの親分さんと懇意にされていることは知っています。だからこそ許せなかったのが、本音です」

 前を向いたままハッキリと言い放つあかねの言葉は嘘がなく心地いい。

 そう思うのはいつぶりだろうか。


 「そうだな、お前の言う通りだ。火消しに同行して消したことで満足していた。民にはその後も暮らしがあるというのに・・・・・そこに目を向けたこともなかった」

 「戦をするなら民のいないところでやっていただきたい。まぁ無理は承知で言っていますが」

 「つまり戦などするなってことだろ?俺だって無用な血を流すのは本意ではない。だが長州(あちら)が突っ込んで来たのだ、言い訳にしかならんが」

 「ただの言い訳です」

 「・・・・・お前、容赦ねぇな」

 嘘がなさ過ぎて泣きそうだ。

 どうやらこの女は身分など度外視してくれるらしい。


 「さっきの女の子、母親が怪我をしたんです。幸い火傷の程度が軽かったので無事ですが、母親を失えばあの子はひとりぼっちになってしまう・・・・・孤児がどうなるか、わかりますよね?」

 一番の怒りの理由はそれか。

 そんなことにも目が向けられないほど見えていなかった事を思い知らされる。

 本当に馬鹿だ。


 「・・・あぁ、そうだな。そういう現実を突き付けられたのは久しぶりだ。本当に、俺は視野が狭くなっていたのだな。お前は、いやお前たちは」

 「我らは帝の御心のままに動くまでです。当然ですが今回のようなことはお望みではありません」

 慶喜が立ち止まるとそれに気づいたあかねも足を止め振り返る。


 「わかっている。この先、市中での戦は出来る限り避ける。約束する。だからまた会えるか?お前とまた話したい」

 立ち止まったことでやっと目が合う。

 それをひそかに喜んでいると、あかねの表情が曇った。


 「そんな簡単に会えるようなご身分ではないでしょう?だいたい供の一人も付けずにどうしてフラフラ出歩いているんです?まさか・・・・・」

 「あぁ、こっそり抜け出してきた。いつものことだ」

 自慢げな慶喜の態度にあかねは頭を抱え大きな溜息を吐いた。


 「いやいや護衛する側の気持ち考えたことあります?今頃きっと大騒ぎですよ?あぁ護衛の方が不憫でなりません」

 さすが護衛をする側だけあって言うことが違うな、と感心する。

 側近の慌てふためく様子を想像するのも楽しみのひとつだ。などと間違っても言えない。

 言ったら本気でキレられそうだ。


 「今はお前がいるから大丈夫だろ?」

 「いや、それ、結果的に安全になっただけでただの偶然ですよね?」

 「ならどうすれば会える?どこに行けば会える?」

 「いやいや、出張ってくる気ですか?勘弁して下さいよ」

 本当に表情がコロコロ変わって面白い。

 伝説では冷酷無慈悲な暗殺者のように言われているがあれはデタラメだったな。

 どこにでもいる普通の女ではないか。

 いや、めっぽう腕がたつ時点で普通ではないのか。


 「なら城に来てくれるのか?」

 「行きませんよ。そんなに総督殿は暇を持て余しているのですか?」

 「いや、暇ではないがお前と会う時間は作れる」

 「作らなくて結構です」

 「なんだ冷たいな。だが俺は諦めんぞ」

 「いや、もう、面倒な人ですね」

 心底嫌そうに溜息をつかれるとちょっと傷つく。

 が、俄然やる気も出る。

 あぁ、本当に面倒だな俺は。


 「そりゃ興味引くだろ、なんせ天子様までもがご執心となれば余計に、だ」

 あの会談の場で興味を持った。それは事実だ。

 だが今日会ってみて、話しをしたらもっと惹かれた。

 ただただもっと話したい。

 こんなに話したいと思った相手は久しぶりだ。


 「・・・・・・とりあえずここまで来れば帰れますよね」

 あかねがピタリと足を止めるのに合わせて慶喜も足を止める。

 自分は目的もなく歩いていたつもりだったが、どうやら城の近くまで誘導されていたようだ。


 「ん?なんだ、送ってくれたのか。まだ帰るつもりはなかったんだが」

 くるりと背を向け来た道を戻ろうとする慶喜の袖をあかねがすかさず掴む。

 「子どもですかっ、ホラ、探されてますよ?悲壮感たっぷりの顔で・・・・・お可哀想にあれは打ち首覚悟のお顔ですよ」

 あかねの指差す方に目をやれば、確かに部下の今にも死にそうな顔が目に入る。

 ち。軟弱な。俺はいま逢瀬に忙しんだ。


 「まだお前に会う方法を聞けてないぞ?」

 「ないですよ、そんなもの」

 「だったらこっそり忍び込んで来い」

 「そちらの警備はザルですか。しませんよ、そんな危険を犯す理由もないので」

 馬鹿ですか、とでも言いたげな目をするあかねに本気で容赦ねぇなと思う。

 だが嫌いじゃない。むしろ好む方だ。


 「だったらまた抜け出して会いに行くぞ、いいのか?」

 「なんの脅しですか、それ。しかも脅しになってません。困るのはそちらの部下だけです」

 「それもそうだな。あ、バレた。やべー、めっちゃこっち見てるな。もう時間切れか、残念だ」

 これだけ軽口たたける相手は貴重だ。

 相手が容赦ないならなおさらだ。

 必ずまた会いに行くと固く誓う。


 「じゃ、私はこれで・・・・・そういえば、どうして私だとわかったんですか?」

 「んー?俺の勘?うーん、強いて言うなら匂いか?」

 そう言い残すと走ってくる部下たちの方へと歩き出す。

 「・・・・・は?」



 その夜。

 「ねぇ、私、もしかして匂う?くさい?お願いだからハッキリ言って」と何度も聞き朱里に怪訝な顔をされるあかねの姿があった。


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