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9.勝算我にあり

9.勝算我にあり


 ソースピのリリースから三週間が経過した。

 未だクリア者は出ていない。この珍事件がごく一部のゲーマーの間で話題となり、プレイ人口は二万人を超えたとか超えていないとか。ただし引退者も多いであろうことは想像に難くない。

 セトと俳人の攻略班は奮闘むなしく成果を上げられず、もどかしい気持ちでゲームクリア以外のあらゆるソースピの要素をコンプリートしていった。

 タナカとミチコのメモリー進化班は、ノルマをこなしつつ、なるべく早くセトと俳人の背中に追いつけるように攻略を進めていた。ミチコがともすれば無味乾燥な儀式に今日まで付き合ってくれていることが、叶多にはやはり意外だった。

 辰巳とタイミングが合わないことが増えていた下校、その折には、攻略スレを覗くのも習慣になりつつあった。大抵の場合有益な情報はなかった。面白かったのは、「ソースピ」という呼称を誰も用いなくなったことだった。掲示板に集った彼らは代わりにこのゲームを「苦行」と命名した。そこから派生して「僧スピ」、プレイヤーのことを「僧サラー」「僧」と呼ぶのが流行っていた。

 生活は、ゲームと勉学が交互に支配していた。朝は支度して学校へ、授業や昼食の合間にソースピのことを考え、下校時はスレを巡回、帰宅後はやっつけ仕事で課題と予習をこなし、夕食と早めの風呂を済ませた後はどっぷりとソースピに浸かった。沙耶香の彼氏になる以前も、ゲームの種類こそ違えどこんな日常だった。

 その沙耶香は早くもここ数日で特定の男子生徒と肩を寄せ合いながら登下校するところが目撃されている。相手は?そんなことに関心はなかった。自分でないことだけはとうにわかりきっているのだから。

 付き合う前、叶多は自分のことを思いやりのある男だと思っていた。それはある部分では正しく、ある部分では完全に間違っていた。例えば今、沙耶香の幸せを願えないところがその一つだった。


 その晩は、セトと俳人から話があるということで、四人は魔法使いの街に集結した。

「そろそろ話しておくべきことがあります。悪魔城でのボス戦のことです。タナカさんもミチコさんもレベル90を超えましたし、あとエリア一つ、つららの洞窟を攻略したら、悪魔城で自分らと合流することになります。予め心の準備や戦略的な対策をする意味でも、今日はボスがどれだけ強いかを説明しておこうと思います。」

「それは望むところなんですが。」

 叶多は突っ込まざるを得なかった。

「セトさんは何をしているんですか?」

 目に見えている状況だけを説明するなら、セトは俳人の後ろにいてその場でぐるぐると歩き回っていた。

「もうすぐ十万回だそうです。」

「納得しました。」

 ひたすら唱えているのだろう。通話に参加してこないことにも合点がいった。

「セトさんがいなくても、同じものを見ている自分の説明で事足りるはずです。」

 それはそうだと思い、向き直る。

 俳人は脅すかのように切り出した。

「ボスはマリスです。HPは百万です。」

「マリスって、あのマリス様ですか!?ひゃ、百万……。」

 マリスが推しだというミチコは戦慄したが、叶多はそうでもなかった。体力についてはむしろ低すぎると感じた。億の単位を想定していた。

 詠唱するとして、タナカが攻撃に使っている下級魔法のダメージは平均して千程度。進化したマッドのダメージ量を見るに、中ダメージで五千以上は当たり前にいく。大ダメージを与える魔法なら一万に届くものがあってもおかしくない。一撃でそれだけ与えられて、しかもプレイヤーとしての技量も並みのものではないセトや俳人、その他大勢が束になってもHP百万のボスに全く敵わないというのはどういうことなのか。八人までなら協力プレイが可能、しかも多人数プレイでもダメージ倍率が低下しないという親切設計のはずである。

 続きを聞く前に、叶多は質問した。

「百万っていうのは、一度は倒したから判明したものですか?」

「いえ。自分らはマリスを一度も倒せていません。敵に体力の5%分の割合ダメージを与える魔法をもっている僧がいまして、それで判明しました。」

 ということは、一撃で五万。やはりその次元なのだ。しかも、ちゃんとダメージも通っている。

「タナカさん、一度も倒せてないからこういうお話になってるんですよ。」

 ミチコが言ってくるのを、叶多は言い返さず堪えた。ゲームのボス戦には第二ラウンドがつきものなんだよこのアマ!(アマチュア!)

「タナカさんが薄々勘づいている通り、厄介なのはそこではありません。マリスを殿の奥からサポートする魔将アスモド。一周目にもいたアイツです。」

 すぐにピンと来た。マリスの隣に控え、メテオを差し向けたあの名前が『???』となっていた悪魔のことだ。

「こちらからアスモドに干渉することは不可能で、その代わりアスモドからも直接的な攻撃は受けません。ただ、ヤツは魔将の中で今のところ唯一魔法を使ってきます。使用する上級魔法は、HP回復、全体への状態異常・バフ・デバフ付与、戦闘用ステータス変化の全リセットと多岐に渡ります。その中でも特に回復と全リセットが曲者で、回復でマリスのHPの半分、つまり五十万も回復でき、全リセットでこちらのバフ・デバフその他魔法による状態変化がぜぇんぶ、ぜぇんぶ掻き消されます!」

 俳人の声は悲痛だった。攻略の厳しさを物語る。

「その上、AIが優秀なんでしょうね、かなりの確率で適切な行動を選択してきます。それも、プレイヤーが一回詠唱するのとほぼ同じ頻度で!五十万の回復が、ステータスの全リセットが!MPなんて概念はあちらさんにはない、無限にですよ!」

 語りに熱の入っている俳人の様子は、眺めているだけならかなりコメディーチックだった。しかしタナカとミチコは、その当事者側に立とうとしていた。

「ひえー……。」

 ミチコなどは半泣きと言って差し支えなかった。

「それなら全ての行動が条件ごとに特定のパターンに分類できると思いきや、ランダム性もちゃんとあって同じような場面でも敵の行動は確定しません。挙句の果てには、マリスの行動は進化メテオ詠唱一択で、全体に必中百万ダメージ、それを連発ですよ。狂ってます……。」

 プレイヤーのHPは、レベル100でも二千かそこらである。軽減してどうにかなるものではない。

 しかし、俳人の声に絶望以外のものがある。叶多も同様だった。

「俳人さん。今までで一番いい線行った時は、何ダメージ与えましたか?」

「七十四万ダメージです。」

 大したものである。ガチ勢諸氏の執念を見た。

「つまり、俺のメモリーがあれば、倒すのも夢じゃないってことですね。」

「はい。一撃で五十万ダメージなんて、今まで試したことがありません。」

 メテオを反射すれば百万の半分で五十万。すぐに五十万回復されるとしても、それはアスモドの他の行動を阻害できるということでもある。勝算はあるように思えた。

「無理じゃないですか?そのためにはタナカさんが百万ダメージを耐える必要がありますよ?魔法攻撃ならソリッドだと軽減できませんし……。」

「ミチコさん、あるじゃありませんか。誰でもレベル70で使えるようになる魔法が。」

「えっと……?」

 ミチコはステータス画面からどれがその魔法なのか確認しているようだ。

 "フレア"、"ボルト"、"アクア"、"キュア"、"ベノム"、"ソリッド"、"シャイン"、"ダークネス"、"ガッツ"、"エントリー"、"フライト"——。

「ガッツ!」

「そうです。ガッツなら、予め自分自身にかけておくことで体力満タンからならいかなる攻撃もHP1を残して耐えることができます。自分らをはじめ攻略班もみんな必ず毎回最初に使ってるんですが、二発目のメテオまでに回復が間に合わなかったり、アスモドに毒をくらってHPを0にされたり、リセットでガッツ状態を消されたりで、焼け石に水だったんですよね……とにかくこれで五十万ダメージを与える算段がついたわけです。本音は進化したメモリーのほうが理想なんですが、さすがに今日明日というわけにはいきませんからね。」

「……敵の情報は以上ですか?」

「はい。後は強いて言えば、マリスとアスモドが等間隔で行動してくることと、状態異常が解除されたマリスはその周期に関わらず即攻撃してくることぐらいですかね。何か、質問でも?」

 叶多は、後ろでウロウロしているセトの姿を目に焼き付けた。そして、俳人のことも。

「今すぐ、つららの洞窟攻略に取りかかります。」

 叶多は早足で移動を開始した。燃えていた。

 攻略の糸口に気づいていながら、攻略にあんなに熱意を向けているセトが、普段ぐいぐいと自分のペースを作る俳人が、タナカのプレイスタイルやレベルの上がるペースを考慮し、一度も無理に急かさず今まで待っていてくれていたのだ。ゲーマーとして、いち早く攻略するというプライドよりも、それぞれがあくまで楽しくプレイできることを尊重するというプライドを取る選択をした、セトや俳人の高潔な心意気に応えたかった。

 後ろからミチコが走ってくる音がした。

 攻略対象はつららの洞窟。季節は初冬。冷え込む夜。

 されど叶多は燃えていた。


 メモリー進化まで 詠唱残り93,425回

 マグネット進化まで 詠唱残り9,539回

意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。

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