10.必要と不要
10.必要と不要
「"フレア"!」
火の粉が舞い、洞窟内を赤く照らす。
「"フレア""フレア""フレア"!」
MP薬を何本も消費しながら、考えうる最速のルートを突き進む。鬼神と見紛う勢いで。
ミチコは走ってついてくる。ダッシュ操作に不慣れ感が滲み出ているが、戦闘を全てタナカが引き受けている分、ついてくることはできている。
「ちょっ、どうしたんですか、タナカさん!」
ご丁寧に、洞窟内で声は反響している。
「今日中に、この洞窟を攻略します。そのために急いでるんです。」
「どうしていきなりですか!?」
文法が少しおかしなことになっている。
「知っておいてください。俺みたいな男子は漢気に弱いんです!"ソリッド"!」
雑魚敵の打撃と降ってくる小さな氷柱とに備えて、ダメージ軽減のため装甲をかける。この洞窟のトラップの中でも、氷柱は最も頻繁にプレイヤーを襲うので鬱陶しい。いやらしい配置でほとんど切れ目なく降ってきてプレイヤーを足止めし、体力をチクチクと奪っていく。立ち止まってしまえば半永久的に氷柱が生成され続けて——。
「!!」
この氷柱はもしや。
ステータス画面を開いたタナカは、その考えが正しいことを確信した。
『ベリア:我が名は魔将、ベリア。貴様らに害する者。』
叶多はリアルで走ったわけでもないのに息を切らした。二時間半で最下層まで到達することができた。
『ベリア:ひれ伏すのはどちらか?』
「"ベノム"、"ダークネス"!」
『毒状態付与』
『988』
「迫る焼夷の波、彼は誰か誰そ彼か、高く高く翔び、視えぬ物こそ真、尽く操作せよ——"マグネット"!」
なお力強い詠唱に、鳥肌が立つ。
「タナカさん!」
「パターン・強敵(タナカ本体と敵の攻撃にN)!」
メモリーの発動を狙わない場合、特に強敵相手には、回避率を上げた状態でタナカが特攻、ミチコが少し距離を取って援護射撃という戦術が鉄板となっていた。
「わかりました!」
グニャ……
『250』
「"ダークネス""ダークネス""ダークネス"!」
「……"ダークネス"、"ダークネス"!」
『986』
『991』
『982』
『987』
『987』
——次はMP薬を三本飲んで、
ガキン!
ベリアが地割れ攻撃を飛ばしてくる。タナカの手前でその軌道が僅かに曲がり、楽に回避することができた。
『MISS』
「ミチコさん、フライトで上空へ!その方が有利かもしれません!"フライト"!」
「はい!……"フライト"!」
タナカとミチコは空中からベリアを、あのデカブツを討ち果たさんと見下ろした。
『250』
「"ダークネス""ダークネス"!」
『MISS』
『990』
シュピン!シュピン!
ベリアが複数の鎌鼬を飛ばす。ターゲットはタナカではなくミチコだった。命中のエフェクトが出る。
『523』
『537』
『527』
「……っ!」
——まずい。上空で戦わせるのは効果が薄かったか。
「ミチコさん!マグネットのかけ直しを!ミチコさん本体とベリアの攻撃にN、に変更です!」
『250』
ベノムで付与した毒のダメージはじわじわと効いてきている。焦りすぎることはない。
「ちょっと待っててくださいね!今MP薬飲んでるので……。」
ミチコがMP薬を飲む。詠唱する。その分の時間はあるか。ないなら稼がなければならない。キュアでは追いつかない、ならばここは突っ込んでヘイトをこちらに向けさせるべきか。
タナカはベリアに接近し、打撃を選択した。
バシッ
『78』
ベリアがこちらを向き、至近距離から地割れ攻撃を放った。
ガキン!
『1,704』
「ぐぅ!」
回避しきれず地面に苛まれ、大ダメージをくらう。普段ならここでメモリーを詠唱しにいくのだが、今回は体勢を立て直す方が先決だ。
「"キュア""キュア"!」
『+400』
『+400』
——MP薬のおかわり!
「迫る焼夷の波、彼は誰か誰そ彼か、」
『250』
「高く高く翔び、視えぬ物こそ真、尽く操作せよ——"マグネット"!」
グニャ……
「"キュア""ダークネス""ダークネス""ダークネス"!」
『+400』
『990』
『CRITICAL! 1,432』
『985』
またMPが尽きて補給を強いられる。専用魔法以外の下級魔法は例外なくいちいち消費MPが大きい。このゲームに、いつでも入手できるHP回復薬は存在しない。故にキュアだけが普遍的な回復手段であり、こうしてHPとMPの管理が追いつかなくなった者が敗れるゲームなのだ。
「"キュア"、"キュア"!」
『+400』
『+400』
キュアを唱えるミチコ目がけて、再びベリアが鎌鼬を飛ばした。
シュピン!シュピン!
『MISS』
『MISS』
『533』
なんとかHP回復が間に合っているようだ。
『250』
「多分浮いてるミチコさんの方には鎌鼬しか飛んで来ません!マグネットを信じて丁寧に避けてください!」
「わかりました!……"ダークネス"、"ダークネス"!」
『984』
『981』
「"フライト""キュア""ダークネス"!」
『+400』
『986』
残る懸念材料はタナカのHPだった。少なくともあの地割れをもう一度食らうわけにはいかない。同時に、MP薬を定期的に補給するのも忘れてはならない。
『250』
シュピン!シュピン!
鎌鼬が今度はタナカに飛んでくる。避けられない。
『525』
『535』
『529』
「このやろ……!"キュア""キュア"!」
『+400』
『+400』
反撃したくとも短気を起こして先にやられては本末転倒だ。惜しげもなくMP薬を注ぎ込む。大丈夫、ゲーム内で得た通貨は全てMP薬に費やしている。まだ400本はある。
「"ダークネス""ダークネス""ダークネス"!」
帰還して、俳人と落ち合う。
「驚きました。つららの洞窟を三時間でクリアするなんて。正直なところ、明日終わるかどうかというところだと思っていましたよ。自分らの時はマッドがあったからよかったものの、あのボスは相当キツかったのでは?自分らとしては、絶対助太刀が必要だと思って待ち構えていました。」
「ミチコさんと息を合わせられたからですかね。」
「いえいえ、違いますよ。」
ミチコが言った。それは、息など合っていなかったという意味での否定ではなかった。
「逆じゃないですか?私に指示を出したり私の代わりに攻撃を受けたりしたのがなければ、もう少しスムーズだったと思うんです。」
「タナカさんとミチコさん両方が活躍したってことでいいんじゃないですか?進化魔法なしでソロで攻略できる難易度じゃないですよ、あそこは。」
「でも、事実ほとんど敵にダメージ与えてませんよ私。タナカさんの迫力、いつもと全然違ったんです。詠唱しないで戦闘しているタナカさん初めて見ました。」
「……えっ、タナカさんは今までずっと詠唱破棄せずにここまでやってきたんですか?まさか、変化系魔法も?」
変化系魔法は威力が設定されていないので、詠唱して発動しても詠唱せずに発動しても効果は変わらない。そのことを言っているのだ。
「はい。でも、セトさんや俳人さんのためにも、一刻も早くクリアして、明日は悪魔城の攻略のことだけを考えてもらおうと思って。そういう時にもなって、詠唱は不要ですから。」
「不要というか、激重の縛りプレイですよそれは。なるほど……タナカさん、エンジョイと見せかけてガチの方でしたか。それも変態とは。お見それしました。」
「縛り……プレイ?変態?だったんですかやっぱり?」
俳人の言う変態はそういう変態と違う。何より叶多は自分のことを変態プレイヤーだとも縛りプレイヤーだとも思っていない。ただロマンを求める者としてやってきている。ガチかエンジョイかと問われれば間違いなくエンジョイだ。詠唱システムがなかったら、ここまでモチベーションが続くかどうか怪しかったし、そもそもこのゲームを購入していない。それほど詠唱が刺さったというだけの話だ。
——あと、やっぱりってなんだ。適当言ってんじゃねえ。
「……叩かれるで思い出したんですけど、ミチコさん、もうメモリーの進化に付き合ってもらわなくて大丈夫ですよ。」
「え!?それはどういう意味ですか?」
「洞窟内のつららにダメージ判定があったんですよ。トラップなので当然ですけど。それで確認してみたら、メモリーを詠唱できるようになってました。ダメージも小さくなりますしテンポも上がりそうですし、これからはあそこで詠唱回数を稼ぐことにします。」
「そう、ですか。」
「おや、ということは、もうギルドに戻っても問題ないわけですか!早速セトさんに戻してもらいましょうか。」
「いえ、セトさんの詠唱を邪魔するわけには。」
間もなくセトが巻き込まれた。
『セト がマルチ通話に参加しました。』
「……なんだ。」
案の定不機嫌そうだった。もう止めてしまったのなら仕方がない。叶多は申し出た。
「お願いします。俺をもう一度、マッドハッターに入れてください。」
「いいぞ。」
すぐに招待の通知が来た。
『招待されています。 マッドハッター に参加しますか? はい いいえ』
「セトさん、自分から言っておいてなんですが、いいんですか?」
「ああ。そのために募集を切ってあった。またタナカの力が必要になって、その時定員オーバーで入れませんじゃ馬鹿らしいからな。」
「……!ありがとうございます!」
本当に頭が下がることばかりだ。叶多は感動に打ち震えながら、加入の意思を示した。
——ただいま。
『マッドハッター に参加しました。』
コミュニケーション進化まで 詠唱残り130回
マッド 進化済み
メモリー進化まで 詠唱残り93,425回
マグネット進化まで 詠唱残り9,537回
意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。




