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11.イブ

11,イブ


 セトと俳人はやるべきことがあると言ってログアウトした。このタイミングでということは大方、明日の悪魔城攻略のための準備に関してだろう。叶多は二人の現在地欄に、

『ログインしていません』

という表示が出ているのを初めて観測した。

「じゃあ、俺はつららの洞窟に行きますね。今日もありがとうございました。」

 ミチコの協力が要らなくなったということは、今後はソロプレイでも詠唱ができるということだ。これまでは少し無理があったが、例えば一日五百回のペースで詠唱を重ねれば、百八十七日目に詠唱が完了することになる。一年を切るビジョンが見えてきた——本当にそんなことができるのか?

「待ってください。」

「はい、何ですか?」

「私も行きます。」

 二人はつららの洞窟へ向かった。洞窟の中で、お誂え向きに氷柱のトラップが配置されている場所を見つけた。タナカは足を止めた。ミチコも足を止めた。

「……ミチコさんはどうしてここに?」

 それを尋ねないのは失礼であるとさえ思った。

「詠唱のためです。」

「俺の詠唱のことならもう心配いりませんよ。」

「それでも、キュア役がいませんから。」

「キュアぐらい自分で唱えますよ。」

「それなら、ソリッドをかけます。」

「ソリッドなんて、持続時間の関係で割に合わないからって話になって、今までかけてなかったじゃないですか。ソリッドもかけようと思ったら自分でかけますよ。」

「……じゃあ、マグネットを詠唱します。」

 今度は進化させる気がないと言っていたマグネット。そもそもついてくる必要がない。

 叶多は逡巡し——それ以外の答えが見つからずままよと言葉を投げかけた。

「もしかして、俺についてきたかっただけ……とかですか?」

 冗談めかしてはいるが、かなり勇気を出した。答えがイエスだったとして、ノーだったとして、その後どうするかなど考えていなかった。

 答えはすぐに返ってきた。

「違います。」

 ——まあ、知っていたけれども。

 負け惜しみと気恥ずかしさを隠しつつ、無意識に止めていた息を吐いた。

「いえ……半分当たっているかもしれません。詠唱を全力でするのが自分だと言っていたタナカさんが詠唱しなくなったのが、なんだか気になってしまって。」

「それは、さっきも言いましたけど、不要だと思ったからですよ。」

 いつだって不要だというツッコミはなしで。

「そんな日に限って、私のことも不要と言い出したので……。」

「ミチコさんが不要だなんて言ってないですよ。」

「必要ですか?」

「必要、でもないですけど。あー、詠唱にはってことですよ。」

 慌てて言葉を付け足した。

 ミチコには、タナカがタナカでないように思えたのだろうか。あるいは、タナカが去る錯覚を起こして一抹の寂しさでも感じられたのだろうか。ともかく、ミチコはこう要求した。

「……聞かせてください。タナカさんの詠唱。」

「もちろんいいですけど、面白くないですよ。」

「面白くなかったら、ずっと付き合ったりしませんよ。」

「面白くはないでしょう。」

「面白いですよ。タナカさんはいつも、楽しんで詠唱しています。ほとんど毎回全力です。決して作業として詠唱しません。だから私も飽きなくて、むしろ毎日楽しみでした。安心するぐらいでした。」

 叶多は照れ臭くなった。照れ臭さをごまかすように、

「それに、俺のダメージを受けた時に出る声が面白いから……ですか。」

「それもです。」

「……もうわかりました。じゃあ、聞いていてください。」

 ミチコに背を向けてまた数歩、トラップのある地点へと歩いた。天井から氷柱が落ちてタナカの肩に当たる。

『10』

 ダメージを受けたことで、詠唱可能となるその魔法。叶多は、メモリーの呪文を唱えた。

「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"!」

『MISS』

「……どうですか。」

 叶多は氷柱がまた当たらないように注意しながら、背を向けたままミチコにきいた。

「はい。タナカさんの詠唱、好きです。」

「俺だって、ミチコさんの詠唱は好きです。マグネット、全神経集中して聞いてます。」

「そうなんですね。そう言ってもらえると嬉しいです。」

「だから次は、ミチコさんが聞かせてくださいよ。」

「いいですよ。」

 少しの間が空く。今頃、ミチコはメニュー画面から詠唱画面に遷移しているのだろう。そんな気がした。

「迫る焼夷の波、彼は誰か誰そ彼か、高く高く翔び、視えぬ物こそ真、尽く操作せよ——"マグネット"!」

 グニャ……

「どうでしたか?」

「いつも通り、最高でした。」

 ミチコの上に赤、タナカの上に青のマーカーが浮かんでいた。NとS。

「一緒に詠唱の回数を稼げればいいんですけどね。そんなことをしたら私は絶対にタナカさんの詠唱に引っ張られる自信があります。」

「通話切ったりミュートしたりして、お互いに影響しないようにするとか。」

「問題はなさそうですけど……どうなんでしょう、それ。一回試してみますか?」

「そうですね、一回だけ。じゃあミュートにしますね。」

「はい。」

 お互いミュートにした状態で、叶多はまた詠唱した。向こう側でミチコが唱えているだろうマグネットの詠唱が、幻聴としてぼんやりと聞こえた。


 唱え終わって、ミュートを解除した。ミチコの方はそれより早く解除されている。今度は本物の声が聞こえてきた。

「……なんだか、可笑しいですね。」

「そうですね。やめましょうか。」

 そうして、後は叶多だけが五百回唱えるのをミチコがキュアなどをかけながら聞いていた。回数は倍以上に増加したが、あんなことを言われた後でいい加減な詠唱をするわけにはいかず、終わった頃にはどっと疲れていたことなどは、些細な問題である。

 解散した叶多は、学生の土曜の夜の特権を持て余すことなく行使し、たっぷり十時間眠った。

 日付は二人が解散する前にとうに変わっていた。ゲームクリアを賭けてマリス・アスモドと対峙する日、それは既に今日となっていた。


——


 倉持篤人は死んだ。故に意識などないはずが、語りかけてくる存在があることを知覚する。

「あなたは死にました。」

 ——ああ、俺は死んだ。はっきり覚えている。誰だてめえは。

「未練があるでしょう。」

 ——あるに決まってる。

「さあ、こちらへ。後少しの間だけ、脈打つ肉体を保持することを認めます。」

 ——何を……。

「あの地が見えますね。あなたの行く先です。」

 ——……。

「天よりの才を授かり、善き行いに努めなさい。」

 ——承知、致しました……。

「いずれまた。武運を祈ります。」

 ——はい。有難き、幸せ……。


——


 コミュニケーション 進化済み

 マッド 進化済み

 メモリー進化まで 詠唱残り92,923回

 マグネット進化まで 詠唱残り9,535回

意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。

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