12."ガッツ"!
12."ガッツ"!
時刻は午後十時。悪魔城の門前。かつてはちらほらと挑むものがいた。腕に覚えのあるゲーマーが来た。話題性に飛びついた配信者が来た。しかしそれらもどこかへ去り、今やその門を開く者の数は連日一桁となっており、その上で記念受験のプレイヤーと一周目のプレイヤーを除けばゼロの日もあった。
俳人が、集まった面々をぐるりと見回す。マッドハッターの四人と、セトと俳人が招集した助っ人六人、合わせて十人がこの場にいた。セトは絶望している。
「この度は、我らソーサラーバスターズの第何回目かもう忘れちまいましたがアタックにご参加いただきありがとうございます。今度という今度こそはホントにマジでガチの秘密兵器がいますので、きっと勝てます!根性でいきましょう!」
俳人の盛り上げに呼応して、拍手とともにうぉー、とか、いぇー、とか、よいしょぉー、とかいう声が上がる。今回は十人でマルチ通話機能を使っているため、いつもよりも数倍賑やかである。セトは絶望している。
「それじゃあまずは自分から自己紹介を。エントリーナンバー一番!専用魔法はマッド!状態異常担当、俳人です!本日もよろしくお願いします!」
「うるせえ!」
「今日も安定の大音量ですわ。」
「次は……。」
「次は誰よ。」
「ここはタナカさん以外いないでしょう。」
知らない人から指名された。
「ええ!?いや実力が……。」
「まあまあ、今日はタナカさんが秘密兵器枠なんですから。お願いします。」
「……わかりました。」
俳人に背中を押される形で、自己紹介をする。
「エントリーナンバー二番!専用魔法はメモリー!大ダメージ担当、タナカです!よろしくお願いします!」
「おういいぞー!」
「ノリ、良っ。」
「頼もしいっすね。」
「次は俺で。エントリーナンバー三番!専用魔法はリフレッシュ!全体回復担当、@まーちです!よろしくお願いします!」
「なあ今日ずっとこれ!?」
「いいからちゃっちゃと次。」
自己紹介が盛り上がっている中で、マッドハッターのギルド内チャットもまた、初の使用とは思えないほど活発に動いていた。セトは、絶望している。
『ミチコ:大丈夫ですかセトさん』
『セト:今日はもうほっといてくれ……』
『ミチコ:ほら、私も見学ですから。気を取り直していきましょう』
『セト:俺は仮にもギルマスだぞ。何が悲しくてこの大一番で見学組に回らないといかんのだ……。もうこのゲームやめてもいいか?今日クリアしたところで俺はほとんど達成感得られないぞ』
『タナカ:悲観しないでくださいよ。セトさんが言ってくれたんじゃないですか、いつかいいことあるって』
『セト:それはそうだけどな、じゃあいつ来るっていうんだその時は』
「……。」
叶多はいい返し方を思いつかず匙を投げた。
セトのコミュニケーションは、昨晩無事に進化した。十万回という予想は当たっていたことになる。セトはやっとの思いで進化させた専用魔法がどんなおったまげチート級魔法になっているか、目を血走らせながら正確性をすっかり失ったコマンド操作でもって確認した。その結果、確かにその性能は期待を裏切らなかった。しかし、その末尾に付いた一文がセトの目に飛び込んできてしまったそうだ。
『※この魔法は各エリアのボスには無効です。』
『セト:いやな、頭ではわかっているんだ。進化前からその文言は付いていたし、あのレベルのチート魔法だと今回のボス戦も楽々勝てそうだからな。バランス調整の上でも仕方ないことだろうとは思う。詠唱をしてる間も、敢えて考えないようにしていた。きっと進化したらあの邪魔な注意書きは消えるんだろうなと都合よく考えていた。だってそうだろ!?進化後もその文が消えないとわかっていて、どうやって十万回もの詠唱にモチベーションを保っていられる!?』
『ミチコ:セトさん……おいたわしや』
『俳人:セトさんの言う通り、そっとしておいてあげましょう。自己紹介だけ、お願いしますね』
そろそろ八人目の自己紹介が終わるところだ。
「次は誰?」
「……俺だ。」
セトの憔悴しきった声が聞こえた。
「エントリーナンバー九番。専用魔法はクソザコゴミカスコミュニケーション。ウジ虫担当、セト。今日はミュートにしておくから後は頼んだぞ……。」
「……。」
「……。」
ここにいる全員がセトに起きた悲劇を知っているので、それだけでガクンとテンションが下がった。空気が重くなったと言うべきか。偉大なる晩成型魔法進化例第一号は、あわれこの場における一番の役立たずとなってしまった。
「……次、お願いします。」
「はい!エントリーナンバー十番。専用魔法はマグネット。応援担当、ミチコです!よろしくお願いします!」
「ああ……いいねえ……。」
「俺らに今必要なのはこういう癒しだわ。」
「もうね、ネカマでもいい……いいんだ……。」
自己紹介が終わり、大まかな作戦の概要が示される。
「バスターズの皆さんは何回か聞いたと思いますが、まず全員に必ず知っておいてほしいことがあります。本来アスモドは開始四秒後、マリスは五秒後に最初の行動を行い、そして八秒後にアスモド、十秒後にマリス……というふうにアスモドは四秒周期、マリスは五秒周期で行動してきます。ですが、自分がマッドでマリスの行動直前に行動不能を付与します。何もなければその十秒後、アスモドがマリスの行動不能を解除したらその瞬間にメテオが飛んできます。メテオ直後の一秒間だけはゲーム内の時間は進みませんが、マリスの詠唱中は行動できません。今言ったことは絶対に覚えておいて、各自HP・MP管理を徹底してください。」
全員が了解の返事をする。
「作戦はずばり、五十万与えてからのなんやかんやごり押しで倒す!です。今回の編成はメモリーを主軸にして、マッド・リフレッシュのいつものサポートチーム、後の五人はストーム・レーザー・グレイシャー・サモンズ(タラスク)・キャリオンの早熟型四人プラス標準型一人の超攻撃特化最高戦力となっています。これが最善かどうかはまだわかりませんが、いやー、総力戦って感じがしますね。」
「今回の作戦とは言うけど、このゲームがごり押しじゃなかったことってないじゃんよ。」
誰かが言い、他の何人かがうんうんと同調する。
「アスモドの行動パターンは五つです。マリスの回復・自分らへの状態異常付与・マリスへのバフ付与・自分らへのデバフ付与・全リセット。このうち状態異常、特に毒と行動不能がまずいのでそれが来たらリセットします。いつものことですが毒をくらうとガッツが無意味になりほぼ負けです。その他は何をされても挫けない鋼のメンタルによって対処可能です。マリスの行動パターンは一つだけ。にっくきメテオですね。こいつらに精一杯抵抗してぶっ倒す!それだけを考えていきましょう。」
全員が賛同を示す拍手をした。
『マリス:……また来たのか。』
一歩悪魔城に立ち入ると、スキップ不可のムービーが流れ始めた。叶多は二周目の攻略自体初めてだからいいが、散々ボロ負けしたはずの攻略班たちが毎回このセリフをスキップもできずに聞いていたのだと思うと、胸が苦しくなる。
『タナカ:ああ。お前の目を覚まし、悪の魔との決着をつけるために来た。』
『マリス:……。』
『アスモド:笑わせる。我が名は魔将、アスモド。我の手で潰してもよいが……やめておこう。殺せ、マリス。次はないぞ。』
『マリス:わかっている。……悪いなタナカ。手加減はできない。どうか——。』
『アスモド:やれ。』
『タナカ:マリス!!』
『マリス:——俺を倒してくれ。』
それがゴングだった。荘厳なBGMが聞こえ始める。一斉に魔法がぶっ放される。
「"ストーム"!」
「"レーザー"!」
「"グレイシャー"!」
「"サモンズ"!」
大嵐を纏った竜巻が襲いかかる。一双の光線があらゆる方向から切り刻む。巨大な氷山がせり上がり押し潰す。分厚い甲をもつ竜が降臨し咆哮を上げる。
『1,1633』
『1,1892』
『1,0921』
『1,0777』
叶多が見たことのない大きさの数字が現れてはすぐに他のダメージ表示に隠れる。目の前で大きな爆発や黒煙、砂埃などが混沌的に発生する。それらは何度も唱えられ、タナカやサポートチームや甲竜を召喚した魔法使いを含む五人は下級魔法を連打し、いずれもダメージを一心不乱に与え続ける。
アスモドが動く。
『"レイジネス"』
『魔法攻撃力:DOWN』
「"アップグレード"!」
タナカ以外の魔法使いたちが口々に唱える。タナカは使えない。後でどういう魔法なのか聞いておくべきだろう。
『マリス:みんな……すまない……!』
「"マッド"!」
『6,523』
『行動不能付与』
詠唱モーションに入ったマリスを俳人が止める。しばらくはダメージをくらう心配はないはずだ。引き続き攻めろ、攻めろ。
『"ディスペア"』
『+500,000』
いとも簡単に。二十万近く与えていたダメージが無に帰した。
こんな時、必要なものは何か?その答えこそが鋼のメンタルである。
「毒じゃないからセーフ!」
誰かが大真面目に叫んだ。叶多たちはその声に大きな力を得た。誰もが真剣だった。
「"ダークネス""ダークネス"!」
叶多にはヘッドホンから出ている音が聞こえていなかった。自分の言葉さえ、正しく声帯から発せられているかを問題にしなかった。それほどまでに、目の前で繰り広げられる乱戦に集中し、食らいついていた。
『982』
『11,168』
『10,939』
『6,570』
『720』
『994』
『11,747』
『995』
『10,452』
マシンガンの弾にも似た、息もつかせぬほどの攻撃の雨。
マリスが倒れる気配はない。到底足りない。
『"インサニティ"』
『魔法防御力:UP』
マリスの防御力が増し、目に見えてダメージ効率が悪くなる。
『8,588』
『8,460』
「気をつけろ!来るぞ!」
言葉は叶多にも届いた。隕石が、降る。
「"ガッツ"!」
緊張感が一段階上がり、魔法使いたちは備えた。
叶多は更に緊張していた。五十万とはいかないまでも、また二十万は入っているだろう。あと少しだ。だがもし詠唱で噛んだりでもしたら……。
『マリス:裁かれるべき罪、滅ぼす戦火の唸り、儚き祈りを享く、剛なる終章の鉄槌、彼方より降れ——"メテオ"!』
共に旅をしていた頃のそれとは、規模が全く違っていた。視界を紅い巨岩の群が埋め尽くす。地獄の使者として高速で迫ってくる。
ドゴゴゴゴッ!!!
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
魔法使いたちのHPは1を残して全てもっていかれた。あれだけ暴れ回っていた甲竜は何かリアクションを起こす間もなく消し飛んだ。
しかし二人の魔法使いにとっては、ようやく訪れた活躍の場といえた。
一人は、自らを強制リスポーンさせることを対価に強力な回復魔法を唱えた。
「"リフレッシュ"!」
味方のHP残量を振り出しに戻し、戦線から離脱した。
『@まーち がリタイアしました。』
もう一人は、まだ進化しない秘密兵器を発動するために詠唱した。
「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——」
『"ディスペア"』
『+500,000』
「"メモリー"!」
チュイン!
『500,000』
——これじゃあ全然足りない……。
『マリス:ぐああっ!』
「……よっしゃ!あと半分しかない!」
「まだ一回撃てるなぁ!」
叶多はハッとした。みんなのそれは空元気だ。そして、それが必要なのだ。
「どうだ、これが最強魔法メモリーだ!」
景気づけのために一度だけ叫んで、再び下級魔法を連発する。戦局は甲竜が再び呼び出され、やや不利ではあったが勢いは消えていなかった。何よりマリスの体力が間違いなく半分以下であるという事実が大きかった。むしろ作戦はここからなのだ。「なんやかんやごり押し」の部分が、今試されている。
爆音が絶えず鳴り響く。天変地異が重なる。
そんな環境にあって、マリスが攻撃シークエンスに移る時に発した声はメッセージウインドウに表示され、聞こえなくとも聞こえた。
『マリス:負けないでくれ……!』
「"マッド"!」
『4,833』
『行動不能付与』
『8,510』
『755』
『"ディスペア"』
『+500,000』
メモリーのダメージが消えた。
『8,509』
『752』
『8,232』
絶望に否を突きつける。セトやミチコに胸を張るためにも。叶多にそう思わせた点で、彼らもまた力となり共に戦っていると言うことができた。実際、叶多たちに見る暇がないだけで、ミチコもそしてセトも、ギルドチャットに祈りのメッセージを送信していた。
ここでアスモドがそれまでしてこなかった行動をした。
『"イルネス"』
『盲目状態付与』
『8,497』
『MISS』
『MISS』
『757』
『8,508』
『魔法防御力:DOWN』
『MISS』
『MISS』
盲目状態のせいで空振りが増えている。マリスの防御力上昇のせいでダメージ量が減っている。メモリーの命中以降十五万ダメージ与えているかどうかといったところである。それでも攻撃し続けるしかない。歴戦の猛者たちはMPの補充もスムーズで、既に一人平均三十本余りのMP薬を費やしていた。それでもまだまだ足りない。今回勝てるなんてことがあるのか。負けたとして、今後倒せるなんてことはあるのか。そんなことを考えないように、ただ攻撃を続ける。
ただ攻めろ!ただ前へ!
『"ニヒリティ"』
「!」
マリスの体を固めていた泥が蒸発する。全ステータスリセットが発動したことがわかった。
マリスが解放された。ならば今から数秒後にはまた隕石が降る。反乱分子を絶滅させる隕石が。
——負けてたまるか。
全員が闘志を捨てていなかった。だからこそ七人の魔法使いの声は揃った。
「「「「「「「"ガッツ"!」」」」」」」
『マリス:裁かれるべき罪、』
「今どれぐらいだ!?」
『滅ぼす戦火の唸り、』
「十五万はいったぞ!」
『儚き祈りを享く、』
「もっといってる!十八、九万!」
『剛なる終章の鉄槌、』
「変化はリセット済みだろ?なら、」
『彼方より降れ——』
「——勝ったな!」
『——"メテオ"!』
ドゴゴゴゴッ!!!
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
『1,000,000』
「ぐっ、悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"!」
チュイン!
『500,000』
その後何が起こるのかは、叶多も知らなかった。
「"キャリオン"!」
戦場が一瞬で毒の沼に沈む。
『53,361』
『53,490』
『53,382』
『53,456』
『53,344』
『53,376』
『53,399』
『タナカ が倒れました。』
『俳人 が倒れました。』
『サンゴ十号 が倒れました。』
『masato が倒れました。』
『ふともも侍 が倒れました。』
『アキレス が倒れました。』
——全体攻撃!?
「"キャリオン"、」
『53,393』
「"キャリオン"、」
『53,402』
「"キャリオン"、」
『53,441』
「"キャリオン"、」
『53,428』
「"キャリオン"ッッ!」
『53,458』
アスモドが行動するより僅かに早く、ダメージが叩き込まれた。
そして——光が明滅した。
『マリス:ぐ……。』
『マリス:ぐああぁぁ!』
『アスモド:なんだと……ば、馬鹿な……!』
そして彼らは、静かに、瞬きもせずに待った。
『マリス を倒しました。』
コミュニケーション 進化済み
マッド 進化済み
メモリー進化まで 詠唱残り92,421回
マグネット進化まで 詠唱残り9,535回
意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。




