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8.いつか、芽は出るだろう

8.いつか、芽は出るだろう


 その日は土曜日だった。やることがないので(ご存じ、「やること」はいくらでもある)昼から惰性で黄砂の世界へ飛んだ。ゲーム依存症であることには自覚的だった。

 このゲームが将来何の役に立つ。どんな経験をくれる。詠唱の面白さはまるで叶多をどこかへ誘い込んでいるかのようだった。そう、例えばクリーム色の空に。

 珍奇者のように真上を、その空を見ながらとぼとぼと歩いた。

 上を見るのに疲れて前を見れば、セトを見つけた。いつでもいますね、さすがですね。どこかホッとする。

『セト に音声通話のリクエストを送ります。よろしいですか? はい いいえ』

 もちろん送った。しかし、セトは拒否した。

 ——ん?

 もう一度リクエストを送る。今度は通った。

「お初ですね。あのー、何ですか?」

 セトは普段中年のような声で話さないし丁寧語を使わないし、何より初めましてでもない。つまるところ別人だった。

「あっすみません!知り合いと同じ外見と名前だったので間違えました!」

「ああ……なんだ。そうでしたか。横着しないで多少変えるべきでしたかね。紛らわしくて申し訳ないです。では。」

「失礼しました。」

 ——今度から気をつけよう。俳人さんと一緒に行動しているところを見るとか本人かどうか確認するとかしないと。

 どうやら今日は冴えてない。それで?今から何をするのか。

 攻略はミチコと共に進めているし、詠唱もミチコとの日課があるのでそれ以外で進んでこなそうとは思わない。悪魔城に行って件のラスボスを拝めればいいのだが、イベントのフラグが成立していないらしく、行っても一周目の悪魔城として扱われる仕様だ。

 ——俺ってこんなにつまらない人間だったっけ。

 叶多の好きなもの。ロマン。胸熱。

 自分はそれになれるのか。そんな渦の中で生き、輝けるのか。それとも。

 答えは知りたくなかった。否を突きつけられる気がした。

 叶多はログアウトした。教科書とノートと問題集を引っ張り出し、勉強しようとし、机の上や部屋が汚いことに気づき、簡易的な掃除をし、窓を開け、澄んだ空と優しい陽光にそれだけで感動した。黄砂など飛び交っていない空。

 現実の世界は、叶多の姿を飾ることなく映し出す。矮小な、可能性の種の一つ。それが叶多だった。


 ゲームをしないとは一言も言っていない。それはそれ、これはこれだ。

 夜八時半、ミチコと落ち合い、通話を開始した。

「もしもし、こんばんは。タナカさん。」

「こんばんは。早速詠唱に付き合ってもらってもいいですか?」

「はい。いいですよ。」

「ちょっと、今日は思いっきり叩いてほしい気分です。」

 思いっきり叩こうが手加減して叩こうが同じ打撃コマンド、同じダメージであり特に変わるわけではないのだが、なんとなくでそう注文した。

「おお。遂に自分に正直になりましたね。」

「別に自分に嘘をついてきたつもりはないです。俺のこと何だと思ってるんですか。」

「私に叩かれるの、楽しいんですよね?」

「違います。」

「そうなんですか?私は楽しいですよ、叩くの。」

「……サドなんですね。」

「違いますよ。タナカさん、近頃は叩かれると小さく『ウッ!』って声を出すじゃないですか。ゲームなのに。『"メモリー"!』ってかっこよく唱えた後に叩かれて『ウッ!……悲しみの旋律、暴虐の過去は、』ってまたかっこよくなるからギャップが面白くて面白くて。ノリノリで叩いちゃうんですよね。」

 サドでないことを説明しているつもりだろうが、生憎叶多にはサドであることを告白しているように聞こえた。

「声は多分無意識に出てるだけです。叩いたり叩かれたりすること自体を楽しんでるのはミチコさんだけです。趣味が悪いですね。」

 一瞬言い過ぎたかと思ったが、あの夜のように重い雰囲気にはならなかった。

「えー、絶対楽しんでると思ってたんですけどね。にやにやしてたのは私だけですか……。ふふ、『ウッ!……悲しみの旋律』……ふふははっ!」

 声真似っぽいことをしている。その声真似した部分だけでも詠唱は美しいので腹立たしい。

「……。」

「すみません、ふふふっ!」

「……。」

 初めて知った。ミチコのツボり方はなかなか無遠慮だと。今日は絶対に無様な声を出してなるものか。


 本日の詠唱ノルマは終了。先日のけわしの山岳の攻略以降、ノルマは倍の二百回としていた。なお、意識していたのが薄れていったことによって百四十回目あたりで無様な声を出してしまった。当然笑われた。敗北。

 さておき、のうむの森林に分け入っていく。このエリアは霧が濃く、従って攻撃も命中しにくいことから、それを補うことができる性能を有するミチコのマグネットが大活躍していた。明らかに一周目よりもストレスなく敵を倒せているのを、叶多もミチコも実感していた。

 そして、タナカの方も躍動していた。というのも、このエリアの敵は全て無属性なのである。

 タナカとミチコのもっている攻撃系魔法まともなは五つ。炎の"フレア"、雷の"ボルト"、水の"アクア"、そして新たにそれぞれレベル50、レベル60で習得した光の"シャイン"、闇の"ダークネス"。それぞれ多少の差別化点はあれどかなり似通った性能をしている。

 二周目ともなれば敵は強く、これらの属性相性を考えて効率的な立ち回りをする時、必然的にこの敵にはこの魔法、あの敵にはあの魔法というように決まった魔法を多用することになる。すると、戦闘における詠唱もまたワンパターンになっていく。同じ呪文を千回やら一万回やら十万回やら詠唱することが課せられるこのゲームにおいては、せめてストーリー攻略中くらい詠唱の楽しさを全身で味わいたいという思いが叶多の中で強まっていた。そこにこのエリア。属性相性が存在せずどの魔法で攻撃しても効率が変わらないということは、使う魔法を思う存分自由に選べるのと同義だった。

「切り裂かれし桃源郷、殊勝なる動の源よ、獰猛に弾けよ——"ボルト"!」

 バチッ!

「予兆なき破滅に、奈落を満たす声は、独善にて捻れん——"ダークネス"!」

 ゴオッ!

 ——これこれぇ!俺がやりたかったのはこれよ!

 一周目には攻撃が外れる、進むべき道が見当もつかないなど最もストレスを感じたこのエリアで二周目は最もストレスフリーな攻略が実現するとは、わからないものだ。

 そんなことをミチコに話すと、

「私の家の近所の定食屋さんに似ていますね。」

 というちんぷんかんぷんな返事をされた。のうむの森林が、近所の定食屋さんに似ている?

「同じ場所なのに、大きく変化しているところが。お気に入りだった力うどんセットを出すのをやめちゃったんですよね。その後、パフェとか出すようになりましたし。」

 叶多は内心構えた。またそういう話か?一応、態度ぐらいは聞いているふりをしておこう。

「結局、寂しがり屋なだけなのかもしれませんね、私は。知っている何かが、知らない何かになったり、自分の周りから離れていったりするのが寂しいだけなのかもしれません。」

「……そういう話なら、共感できます。」

 叶多も声を紡いだ。独り言から会話になった。

「でも、ミチコさん。そういうのって、変わるのは仕方ないと思いますよ。その変化の期間に自分が関わっているかいないかの差です。それから、その変化を受け入れられるかどうかの……。」

 タナカは立ち止まった。ミチコはそれよりも早く立ち止まっていたのか、いつの間にか後ろにいたはずのミチコの姿が見えない。濃霧で視界が悪い。音声通話なので、姿は見えなくとも声ははっきりと聞こえていた。

「……変わらないものはありませんかね。」

「……あるかもしれません。」

「……それが欲しいです。」

「……ですけど、ミチコさんは矛盾しています。」

「……どこでそう思いましたか。」

「……繋がりや、それこそ記憶は蓄積されます。そういう『変化』を大切にしているのに、『変化』自体を悪と思っているのは変です。」

「……確かにそうですね。増える変化は好きで、減る変化は嫌いってことみたいです。」

「……。」

「……。」

 楽しい会話ではなかったが、今の叶多はどんな話でもいいからミチコともっと会話したいと思っていた。

「わかったような口ききました。俺は高校生です。歳下です。」

 このくらいのことは話してしまっても問題ないような気がしていた。待てよ?口止めくらいはした方がいいかもしれない。

「あっ、そうだったんですね。てっきり同学年くらいかと思ってました。」

「現実のミチコさんは……。」

 女性なんですか。ネカマですか。ボイスチェンジャーとか使ってますか。全てこの場でミチコ相手ならば答えがもらえそうな質問ではあったが、それはこの場で聞き出していい情報だろうか?

「現実のミチコさんは、ピンクのツインテールなんですか?」

「さすがに違いますよ。黒の長めです。最初はキャラの見た目も名前も自分そのままで始めようとしていたんですけど、友だちにやめろと言われました。」

 ミチコは不服そうに言う。

 叶多はその友人に同情した。しかし同時に、今は現実味のないコスプレ衣装のようなピンクのツインテールが歯痒かった。

「その人は、どんな魔法をもってるんですか?」

「わかりません。もうやめちゃいました。」

「そうですか。」

 叶多と辰巳にそっくりな経緯だ。

「タナカさん。タナカさんって、どんな人ですか。」

 ミチコはそう尋ねてきた。叶多は動揺した。

「どんな人と言われても、自分でもよくわかりません。ゲーム好きで、呪文の詠唱を全力でするような性格……ですかね。」

 叶多はそう答えた。

「まさにタナカさんって感じがしますね。同意見です。」

 ミチコはそう言った。

「いつの間にかはぐれてましたね。合流しましょう。」

 それきり会話は途切れ、二人は攻略を続けた。

 最後のミチコの質問の意図を、叶多は測りかねていた。


 メモリー進化まで 詠唱残り99,432回

 マグネット進化まで 詠唱残り9,918回

意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。

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