6.目指せ!100,000回
6.目指せ!100,000回
体育の時間。今日から叶多は体育館でバドミントンをする。これは選択制で、ある者はバドミントンを、ある者はバスケットボールを、そしてある者は運動場でサッカーをすることになっていた。
半面をバドミントン、半面をバスケットボールで使用するのだが、バスケットボールを選択した生徒の中には沙耶香の姿もあった。目がひとりでにピントを合わせてしまう。バスケットボールをするような生徒はみんな、まだジャージを着ていなかった。
あの髪やら肩やら胸が、たった数日前まで自分の腕の中にすっぽり収まっていたことを考えると、むしゃくしゃした。腹いせに乳をガン見してやった。叶多は胸派だった。尻なんてジジイの趣味だと宣う過激派である。沙耶香の胸の魔性にやられて本人に頼み込み、実際に触ったことも一度だけあった(あの感動とときめきを叶多は決して一生忘れない)。そしてそれと引き換えかのように、それ以上のことは一度もしていない。
そんなことに集中していたおかげで、バドミントンの出来は散々だった。
女に心を乱されたと思ったらまた女。
母親のことではなくミチコだ。夜。叶多の中では、昨晩のしこりが残っていた。
それでも、叶多は一歩を踏み出した。これもまた、叶多の長所といえた。
『ミチコさん、いますか』
『いますよー!』
『じゃあ、今日もあそこでお願いします』
『今ちょっとだけ敵倒してるので、それが終わったら行きますね!』
数分後、はずれの海岸でミチコとの通話を開始すると、叶多は以前辰巳がしたように謝った。
「昨晩は、すみませんでした。失礼な態度を取りました。」
「大丈夫ですよ。私も長々とすみませんでした。つい熱が入っちゃって。私がデータの買い直しってだけのことにあんな風に思ったのは……きっと、メモリーなんて名前なのがいけないんですよ。『記憶』、『思い出』だなんて……。」
ミチコが元々そういう性格なのか、案外あっさりと和解したので、早速今日も百回叩かれ、同じ数だけ詠唱した。
「今日はまだ時間ありますね。もうちょっとやりますか?」
ミチコがぶんぶんと杖を振る。腐ってもピンクツインテールのキャラの動作、可愛く見える。
「これ以上はやめておきます。それより、自分の攻略を進めようかなと思っています。」
「どこら辺ですか?」
「協力プレイ解放してからほとんど進めてないです。ぼちぼち進めていかないと。」
「お揃いですね。せっかくですし、協力プレイ、やってみませんか?」
「あー、面白そうですね。」
レベルやストーリー踏破率が近しい二人で協力プレイをするのは、純粋に楽しそうに思えた。
「あっ、でも、MP薬がないんでした。」
この日課をこなすのに、タナカはメモリー、ミチコはキュアを唱え続けて、MPが何回も尽きる。今だって、本日何度目かのすっからかんである。
「MP薬は十分にバッグにあります。早速出発しましょう。」
「え、じゃあ、割り勘とかは……。」
叶多はスルーした。沙耶香みたいなことを言わないでほしい。ここはリアルじゃないんだっての。
けわしの山岳は、一周目では初心者がこのゲームを進めていく上でのノウハウを学ぶエリアとなっている。敵との接触の回避、MPの節約、ところどころに仕掛けられているトラップなど、様々な知識や経験が得られるはずだ。
しかし二周目であるからには、生易しいものとは限らなかった。
とっくに知っているようで、知らない。叶多にとってはまるで元彼女の心の中のような、ミチコにとっては同窓会で出会った同級生たちの姿のような、そんな迷宮を進んでいく。
「ミチコさんは普段何時頃からログインしているんですか?」
「夜八時頃ですね。」
「俺とほぼ同じですね。」
「ということは、タナカさんも学生なんですか?」
むせかけた。
「まあ、そうですね。ミチコさんは大学生なんですね。」
「えっ、なんで知ってるんですか!?」
「いやいや……もうちょっと個人情報の扱いに気をつけた方がいいですよ。」
「よくわかりませんが、気をつけます。」
この人はオンラインモードでプレイしていていいのか?叶多は反語を浮かべた。
「そういえば、マグネットは標準型魔法でしたよね。一万回の詠唱ってことになりますけど。俺のを手伝ってばかりで全然詠唱できてないですよね。」
「気にしないでください。実は、そんなにマグネットを進化させることを考えてないんですよ。」
「そうなんですか?」
「はい。まったり遊びます。」
叶多は、ちょっともったいないなと思った。しかし、セトと俳人がガチ、タナカとミチコがエンジョイであるように、楽しみ方は人それぞれというのがこのギルド(追放済み)の総意であり、叶多もそれを貴しとしていたので、何も言わなかった。
『インプ:シャーッ!』
ある程度敵を避けつつ進んでいたが、エンカウントしてしまった。インプが二匹。
「タナカさん、行き——。」
「暁の揺らぎを、血潮の昂りを、束ねた灯籠よ——"フレア"!」
ボウッ!
『520』
「早速ですね!?」
「スピードスペルですから。どんどん唱えるが吉です。暁の揺らぎを、血潮の昂りを、束ねた灯籠よ——"フレア"!」
ボウッ!
『510』
インプの一匹が消滅した。
「私も行きます!"フレア"!」
『365』
インプは腕を振り上げてタナカに反撃してくる。
『95』
「回復しますか!?」
「全然大丈夫です。フレア二発で死ぬレベルなら、そんなに焦って攻撃することもなさそうですし。」
ただし、一周目のインプのように一発で消滅するほどチョロくもない。
「せっかくなんで、ミチコさんのマグネットも見せてもらいたいんですが。」
「わかりました。」
ミチコは少し間を置く。魔法を選択し直しているのだろうか。
「……迫る焼夷の波、彼は誰か誰そ彼か、高く高く翔び、視えぬ物こそ真、尽く操作せよ——"マグネット"!」
叶多は度肝を抜かれた!その伸びのある声と堂々たる詠唱っぷりに!
「すみませんタナカさん!私とインプとタナカさんと、それからその攻撃の、合計六つから二つ選ぶ感じです!どうすればいいですかー!?」
それで叶多は我に返った。
「えっとじゃあ……俺の攻撃にNとインプ本体にSで!」
「はい!」
グニャ……
一瞬画面が歪み、タナカとインプの上に、赤と青のマーカーがついた。
叶多は備えた。初めてその時が来ようとしている。
インプがタナカを攻撃した。
『95』
ダメージを受けた。ならば発動条件は満たされた。
「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"!」
チュイン!
緑の魔法陣がインプに炸裂した。
『48』
「"フレア!"」
『370』
『インプ を倒しました。』
ミチコのフレアによって、インプは消滅した。
「よしっ!お疲れ様です!」
「……お疲れ様です。」
何から話すべきだろうか?
「……よかったですよ、マグネットの詠唱。すごく興奮しました。」
「興奮……?」
「はい。とてもいい声で。」
「ありがとうございます?」
「やっぱりもったいないですよ。マグネット、進化させてみませんか?」
叶多があの詠唱を何度も聞きたい、ただそれだけの理由だった。
「うーん……とりあえず、今までやってた通り、戦闘になったら最初に詠唱するのは意識してみますね。」
叶多は心の中でガッツポーズした。
が。
「ところで、メモリーって、ダメージ与えてましたか?」
「……。」
メモリー進化まで 詠唱残り99,699回
マグネット進化まで 詠唱残り9,972回
意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。




