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5.目指す?100,000回

5.目指す?100,000回


 セトに『orz』と返信した翌日、月曜日。忘れることなかれ、叶多は学生であった。従って、本分は学業である。

 だからといって、叶多にとってはそれ以外のことばかりが世界だった。その一つが、つい先日別れたばかりの元彼女のことだ。叶多と同じクラスに属する沙耶香は、後方の席に座る元彼氏を努めて見ないようにしていた。ちらと見たとして、それは敵を常に視界に捉えておくサバンナの草食動物のそれであり、直後には意識的に目を逸らした。果たしてこれが半年前に真っ直ぐ目を見て告白してきた女子と同一人物だろうか。別れ際の一言はこうだ。

「"サメタ"」

 詠唱破棄だった。しかしくどくどと詠唱して放たれるどの魔法よりも威力があり、叶多に有無を言わせなかった。

 叶多は心に寒さを感じた。晩秋である。まだ比較的受験の影が遠いように錯覚する、高校二年生の冬がやってくる。息が白くなるのもそう遠くない未来だ。

 ぼんやりしていると、声がかかった。

「ハナゲ。」

 ハナゲとは叶多のあだ名だったが、そう呼ぶ人物も限られていた。

「辰巳……。」

「今日、お好み焼き屋行こうぜ。奢るから。」


 放課後。帰宅部所属の男子高校生二人はそこに着いた。

 駅の近くにある高校なら、自然とその駅の周辺一帯は高校生の溜まり場となる。駅前の小さなお好み焼き屋も例に漏れず、人気の店の一つだった。

 この店独自のメニューであるミニサイズの豚玉を注文し、届くのを待つ。テーブルの面積の三分の二ほどが鉄板となっていて、その上にお好み焼きが乗る様式だ。店内は騒がしく、そこがまたよかった。

 まず、辰巳が謝った。

「一昨日、色々ごめんな。」

「いいって。もう気にしてないから。」

 辰巳は何も悪くないのだ。叶多が悪態をついたぐらいで。

 叶多は惨めな気持ちになった。ああいいさ、今日は気が済むまで惨めになってやらあ。

「その彼女との馴れ初めを聞かせてくれ。」

「聞きたいのか?」

「聞きたいね。お前も話したくてうずうずしてるだろ。」

 叶多は知っていた。なにせ経験者だ。

「じゃあ話すぞ。」

 委員会で一緒になったとか告白はどういう経緯でどっちからだったとか、まともに聞いているのが耐えられない青春模様を詳しく最後まで聞いた。叶多は耐えた。持たざる友として、それを一から十まで聞いてやるのが一種の礼儀だと思った。

「……それはようござんした。」

 聞き終わって、叶多はそう言った。

「長続きするといいな。」

「舐めるなよ。絶対に長続きさせてみせる。」

「どうだか。」

 お好み焼きが鉄板に届き、辰巳がヘラを操る。今日は辰巳が全てにおいてサービスしてくれるつもりらしい。叶多は招待客だった。

 ヘラがお好み焼きを綺麗に二分する。

 ——真っ二つ……俺と沙耶香が、真っ二つ……。

 柄にもないことを感じて、いよいよ参っている。男女の破局とはそういうもので、傷は深く、もう回復できないとその時は思うのだ。

 お好み焼きは最終的に八分割された。

「そういえば、」

 叶多は無理に話題を変える。

「勧めてくれたゲーム、とんでもないぞ。呪文を十万回唱えろとか要求しやがる。」

「ん……それは何かの間違いだろ?さすがに。」

 しかし既にこちら側にいない辰巳は、最低限の反応しかしなかった。

 叶多は多少疲れた。話を振るより、平らげることに集中した。


 夜はとある義務を果たす。そう、詠唱。勉強と詠唱では大違い。そう感じてしまう謎は解き明かされていない。

『ミチコさん、いますか?』

『いますよー!』

『じゃあ、昨日と同じ場所で集合しませんか?』

『はい、向かいますね』

 はずれの海岸は、魔法使いたちの街の郊外に位置し、敵があまり出現しない。レベルアップには適さないが、プレイ人口が少ないこのゲームでは、貸し切りに近いスポットである。

 しかし黄砂が飛んでいる設定上、澄んだ夜空などは望むべくもなかった。更に、魔法使いたちの格好は、海岸にちっとも似合わなかった。

『ミチコ から音声通話のリクエストが来ています。許可しますか? はい いいえ』

 許可。

「もしもし、こんばんは。」

「こんばんは、ミチコさん。」

「聞いてくださいタナカさん、あの後ベルゼーブを倒したんですよ!」

「おお、それはよかったですね!

「はい、タナカさんのおかげです。」

 お世辞とわかっていても嬉しくなる。

「いえいえ。ただ、こっちは少し困ったことに……。」

 叶多は十万回の件を話した。

「大変ですね。そうなると、十万を百で割って……千ですか。なるほどー。」

 千日かかるという意味だろうか?

「じゃあ早速今日も始めましょうか。バンバン叩きますからね。」

「……。」

「どうかしましたか?」

「……このデータを消して、買い直した方がいいですかね。このままだと、ずっとミチコさんに迷惑かけることになるので。」

 セトは三万回まで積み上げたらもう後には引かないだろう。あるいは、ガチ勢としての意地でもあるのかもしれない。叶多には、そのどちらもなかった。買い直すなら今だ。

「……どうなんでしょうね。」

 ミチコは、落ち着いた声で暗に待ったをかけた。

「そのせいでタナカさんが違う人になるのは、間違ってる気がします。」

「そういう話じゃないですよ。」

 たかがリセマラだ。

「私、大学で哲学を少しかじりました。それ以降気になっているんです。」

 突然話題が変わる気配がした。

「同一人物であるって、どういうことなんだろうって。」

 ——一体、ゲームの通話相手に何を言っているんだ?

 叶多は少し苛立ちを覚えた。話の行き着く先が見えない。

「私は、私の知っている人が勝手に変わっているのが嫌なんです。変わるなら、せめてその瞬間はずっと見ていたい。同窓会でクラスメイトが変わっていたのも嫌だったし、おじいちゃんが入院して痩せ細っていたのも嫌だった。クラスメイトもおじいちゃんも、私とのことを少しずつ忘れていました。その人たちと私とに過去あった繋がりが、現在と地続きじゃなかったんです。それって、同一人物ですか?」

「同一人物だと思いますよ。」

 叶多はろくに話を聞いていなかった。到底ピンク髪のツインテールキャラから飛び出していい話題ではない。

 遠くから海の音が聞こえて気が散る。

「同一人物なんかじゃないように思えました。名前が変わるのも、姿形が変わるのも、関係が変わるのも、全部その人の人格の一部が変わってるんです。ずっと見ていることができないなら、それが同じ人格だと示すことなんてできない。極端な話、メモリーをもっていないタナカさんは、タナカさんですか?」

「うーん……何を言ってるんですか、あなたは?」

「ゲームのキャラだってそうですよ。いくらでも変えることができて、いくらでも死んで、復活することができますよね。好きじゃないです。その人とは何か、それが曖昧になっていくのが……。」

「そのゲームをやってる最中ですよ。何が言いたいんですか。結論を教えてください。」

 声を荒げてこそいないものの、不機嫌を押し殺さず質問した。

「できれば、そのままのタナカさんでいてください。そのまま、私と一緒にゲームをしてください。」

 どきりとした。一拍遅れて、それが色気のある話などではないことを思い出した。

「……そこまで言うならそうします。どうせ、俺たちはエンジョイ勢ですしね。」

 面倒くさかったからそう返事した。まずもってメモリーを進化させる義務はない。なんとなく、進化させるのが目標みたいになっているだけで。自制できず偉そうな返事をしてしまった叶多を咎めることなく、徐々にミチコはクールダウンしていった。ミチコは異様で傲慢だった。そのくらいは、高校生の叶多にも感じ取れた。


 それから百回も叩かれた。そして解散した。あまりいい雰囲気ではなかった。


 メモリー進化まで 詠唱残り99,800回

意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。

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