4.実用性がないということ、即ちロマン
4.実用性がないということ、即ちロマン
海岸にて。
バシッ
『62』
ミチコから杖での軽い打撃を受けた音がクリーム色の世界に響く。
「どうですか?」
「お!詠唱できます!」
遂に専用魔法を発動できる時が来た。
「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"!」
右手から緑の魔法陣が出現し、目の前の空間に向かって放たれ、炸裂する。
チュイン!
『MISS』
敵が近くにいない上、ミチコにダメージを与えるわけにもいかないので空撃ちに終わるのは致し方ない。致し方ないが、長い詠唱の割に、なんの成果もなかった。
「やりましたね。」
「確かに、詠唱はできました。ありがとうございます。」
「じゃあ、どんどんいきましょう!一日百回くらいを目標に!」
「はい……。」
女性に自ら殴られる……なんだか倒錯的だった。彼女がまだいたなら、罪悪感を覚えてしまいそうなぐらい。しかし、叶多にはもう彼女はいないのだった。それを思い出し、叶多は一段と悲しくなった。
バシッ
『65』
「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"!」
『MISS』
バシッ
『63』
「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"!」
『MISS』
……。
がんばった。
五十回に達したところで、休憩を挟む。ダメージは定期的にミチコがキュアで回復してくれていた。
「お疲れ様です。」
ミチコが労ってくれる。
「本当にありがとうございます。何年かかることかと絶望しかけてました。これなら……。」
いや、これでも数年かかるなんてことがあり得る。果てしない道のりだ。
言葉を途中で切ったタナカに、ミチコが言う。
「セトさんも俳人さんもすごいですよね。一つのことにあそこまで打ち込めて。尊敬します。タナカさんもそういうの平気なんですか?」
セトと俳人は、別行動で攻略を進めている。
「そうですね。俺もゲーマーの端くれなんで。ミチコさんは苦手ですか?」
「得意ではない、と思います。ゲームの経験もそんなにないのでなんとなくですけど。このゲームもオタクの友だちに言われてちょっと触ってるだけなので、もしかしたらすぐ辞めることになってしまうかも……。」
「そうですか……。」
「あ、でも、私が言い出したことなので、タナカさんの魔法が進化するまでは、続けようと思ってますよ!」
それはつまり、すぐには辞められないということになるが。あるいは、すぐ、の定義が叶多とズレているのだろうか。ともあれ叶多はなんとなくホッとした。
「私、あんまりゲームの才能ないみたいで。ベルゼーブを全然倒せなくて、困ってるんですよね。協力プレイも解放されてないし……どうすればいいですかね?」
「いや、申し訳ないですけどそれはセトさんや俳人さんに聞いた方がいいと思いますよ。餅は餅屋っていいますし……俺もベルゼーブには苦労しましたから。」
聞くに、セトや俳人はベルゼーブどころかその後に出てきた何体かの魔将も楽々打ち破っているようである。しかし、
「うーん、なんだか恐れ多くて……。」
それはなんとなく理解できる。忙しそうなガチ勢二人だ。特にセトは初心者に親切に教えることに関しては適性がないように思えた。
「じゃあ……参考までに聞くんですけど、ミチコさんのマグネットってどんな魔法なんですか?」
「よくわかりません。ダメージを与える魔法じゃないんですよ。変化系?でしたっけ。なので全然使ってなくて……。」
キュアやベノム、ソリッドと同じ系統だ。
「……役立たずなんですよ。」
「わかりませんよ。存在するなら価値があるはずです。」
「……そういう考え方もあるかもしれませんね。それじゃあ、説明文読みますね。」
「お願いします。」
「『マグネット:中級魔法 変化系 標準型 自分・相手・自分の攻撃・相手の攻撃のいずれか二つにNもしくはSの属性を付与する』
……だそうです。」
「それだけですか?わかるような、わからないような……。」
「呪文も読みますか?」
「いや、大丈夫です。」
「そうですか。」
「多分……例えば、敵にN、自分の攻撃にSを付与すれば、敵を追尾する魔法が放てる。逆に自分にN、敵の攻撃にもNを付与すれば、自分に敵の攻撃が直撃しにくくなる……とか、そんな感じじゃないかと思いますよ。」
「おおー。それは便利そうですね。」
「ミチコさんが知らなかっただけで、マグネットそのものはかなり有用だと思います。ベルゼーブ戦だと、相手が素早いせいで攻撃を何回も空振りしちゃうので、それを防ぐのにうってつけだと思いますよ。後は詠唱破棄でチマチマ攻撃していれば、ダメージレースでも勝てそうですし。」
「詠唱破棄の魔法で戦っていいんですか?確か、詠唱破棄だと30%の威力低下がありますよね?」
「そもそも詠唱は……ぶっちゃけ実戦向きじゃありません。詠唱破棄でやってみるとわかるはずですよ。詠唱の時間ロスは30%威力低下どころのデメリットじゃないですから。」
だからこそ、詠唱とはロマンなのだ。
その後、残りの五十回分殴られた。
ミチコが攻略に再挑戦するというので、タナカはそれを見送って、ギルド基地に戻——れなかった。なぜって追放されているのである。
——そういえば、帰る場所ないんだった……。
ギルド基地はマップ上に座標が設定されている場所ではないので、無関係のプレイヤーは侵入することも観測することもできない。代わりに、かつてのギルメンとはフレンド登録を済ませているので、タイピングチャットで連絡を取ることはできる。そのチャットを確認すると、なんとあのセトからメッセージが届いている。送信時刻はタナカが殴られまくっていた頃である。
『心して読め』
俳人ではなくセトから連絡が来ている時点で心している。
『攻略スレに新たに二つの魔法の進化報告が上がっていた。一つは早熟型魔法、もう一つは初の標準型魔法だ。その標準型魔法を進化させた奴によれば、そいつは10,000回詠唱したそうだ。早熟型魔法で1,000回、標準型魔法で10,000回。そして晩成型魔法は30,000回以上詠唱してなお進化しない。言いたいことはわかると思うが、』
叶多は読みたくなかったが、敢えて読んだ。
『晩成型魔法の進化に必要な詠唱は、100,000回だ』
メモリー進化まで 詠唱残り99,900回
意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。




