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19.タナカとミチコ

19.タナカとミチコ


 ——参った……。

 セトたちの引退試合から二ヶ月余りが経過した。

 叶多は、その割に成果が少なすぎると感じていた。

 オフ会の帰りにミチコとセト、もとい美智琉と耕介と三人でメッセージアプリの友だち登録をしたのは正解だったと叶多は振り返る。多少強引ではあったものの、あの機会を逃したら次はいつになるかわからないと思ったし、実際その通りになった。今にして思えば、あの時点で耕介はソースピから撤退することを決めていたはずなのだから、純粋に叶多や美智琉との繋がりを作っておきたかったのかもしれない。

 そうして交換したのはよかったのだが、叶多はそれを十分に活かすことができていなかった。時折それらしい話題——例えばメリクリだとかあけおめことよろだとか——を振ってはいるのだが、所詮それらは時候の挨拶でしかなく、やり取りは長く続かなかった。叶多がもっている、それ以外の会話の始め方のバリエーションは貧弱極まっていた。沙耶香との付き合いでは基本的に受け身の姿勢でいたのが災いした。

 美智琉とメッセージアプリの方で連絡を取り合う必要性がほとんどなかったのも原因の一端だった。叶多も美智琉もソースピを根気よくプレイし続けているため、ソースピ関連の話題であれば夜に通話なりチャットなりを仕掛けて済ませることができてしまうのだ。メモリーを進化させたい叶多はともかく美智琉がなぜプレイを続けているのか、叶多は気になっていたが、そういうわけで二人の最大の共通項であるゲームの話題をゲームの外でする必要性がなかった。

 ゲームの話題がだめならリアルの話題しかないのだが、叶多は腰が引けた。ネットで知り合った相手のリアルを詮索するのは一般的にタブーとされているし、美智琉に限ってはリアルの情報を垂れ流さんばかりに危機意識が低いので却って良心が咎めた。

 現在ではメッセージアプリは専ら美智琉よりも耕介とのやり取りに使っている始末。ギルド基地で最初に出会ってから約四ヶ月。叶多と美智琉はどこまでも、タナカとミチコのままでいる。


 ——という話を、通話相手の辰巳にした。休日の昼である。彼女にかかりっきりだったこの男、驚くべきことに暇さえあればずっと通話やらデートやらで忙しかったらしく、一週間前あたりからやっと叶多が入り込める隙ができた。

「へえ、そんなことになってたのか。あのクソゲーで出会いがあるとは。薦めてよかったかもな。」

「それはもちろん。ただ、ここから動かせる気が全然しないというか……。」

「男子高校生と女子大学生だからな……。何年生かとかは訊いてみたのか?」

「きいてない。」

「それぐらいは訊いてみてもいいかもな。どうせもうお互い男子高校生と女子大学生ってことはわかってるんだろ。」

「まあ、そうか……?」

 ゲームで出会ってオフ会もして友だち登録もしている。それだけに、どこまで美智琉に踏み込んでいいのかがあやふやになっている。

「何か良い手があれば……。」

「だけど、いいんじゃないか?」

「何が?」

「毎晩同じゲームやってて、そこで時々協力したり通話したりチャットしたりしてるんだろ。それだけでも結構な繋がりだと思うけどな。無理にリアル方面に持っていかなくても、ゲームの中でそのまま徐々に仲良くなっていけばいいんじゃないか?」

「うーん……。」

 返事の歯切れは悪かった。


『こんばんは。ミチコさん、いますか?』

『いますよー!』

『よければ今日も、いつもの場所でお願いできますか?』

『わかりました。向かいますね』

 初めの頃ははずれの海岸だった「いつもの場所」は、今ではつららの洞窟を指す言葉になっている。お互いレアアイテムも一通りコンプリートして、ソースピ完全制覇に近い。しかし、タナカとミチコの間柄は相変わらずだった。

『ミチコ から音声通話のリクエストが来ています。許可しますか? はい いいえ』

「もしもし、こんばんは。」

「こんばんは、ミチコさん。また、詠唱に付き合ってもらいたくて。いつもすみません。」

「いえいえ。今月に入ってから毎日呼んでくれていますよね。嬉しいです。」

「迷惑じゃないですか?」

「迷惑なんかじゃないですよ。」

「俺が来る前、どこで何してるんですか?まさかバトルステージとか?」

「特に何もしてません。」

「……何も?」

「はい。」

「何もしないのに、ログインしてるんですか?」

 ——もしかして、俺と会うためだけに?

「たまに残りのレアアイテムをゲットしに行ってますけど、基本的にはログインしたまま他のことしてます。課題とか。」

「課題、ですか。」

「はい。今も、パソコンでレポート作成してました。タナカさんの詠唱聞きながら書くと集中できるんですよ。」

 叶多は相当がっくりきた。作業用BGMかよ……。

 しかもPCでレポートを作成しているということは、その間ソースピの画面はバックグラウンドになっているということだ。タナカを見てすらいない。

 叶多が美智琉を近くにいてほしいと思うように、美智琉も叶多を近くにいてほしいと思うからこそ、この奇妙な習慣は成り立っているのではないかと思っていた。しかし、そんなロマンチックな思い込みは絶たれた。

 叶多は、強く思った。俺を見てほしい。と。

「タナカさん、つららの洞窟でトラップを使ってメモリーを発動できるってわかってから、あんまり私に詠唱を聞かせてくれなくなったので、ちょっと寂しかったんですよ。こうしてまた呼んでくれるようになったのは、何か理由があるんですか?」

「……あります。ありました。俺の勘違いでした。」

「勘違い、ですか?」

「この時間だけは、少しぐらい特別になれてるんじゃないかと思い込んでました。そういえば、メモリーが進化するまでは面倒見てくれるんでしたね……それを忘れていて。」

 叶多は夜の力と若気の至りに身を任せた。

「呼んだのは、いてほしかったからです。詠唱にミチコさんは必要ありません。でも俺にはミチコさんが必要です。だからいてほしかったんです!」

「ど……どうしたんですか?」

「好きです!……!!」

 言った。このタイミングで言うのはおそらく間違っている。叶多自身の耳にも届いた。マイクもしっかりONになっている。もうなかったことにはできない。

「……私もタナカさんの詠唱とか人柄とか、好きですよ。」

 ——あっさり手に入った、これが成就か?

「違います!多分違う!それとは多分違います!」

 叶多は苦しそうにもがいた。

「"美智琉さん"、俺のは……なんだこれ……単に付き合いたいとかじゃないんです、きっと……。でも美智琉さんが特別なんです!それで俺も、特別になりたいんです!」

 気圧されたのかミチコは喋らない。通信が切れているのか?知らない。喋らないでいてくれればそれでいい。

「会いたいんです!また、美智琉さんに会って……。」

 ——会って、どうしたいんだろう。俺はどうしたいんだろう。美智琉さんとどうなりたいんだろう。

「……美智琉さんと……美智琉さんを好きになっちゃって、必要だから……近くに、いたいというか、いてほしいと、思ったんです……。」

 叶多は言葉の限界を感じた。心を言い表せていない。それでも限りなく思っていることに近いことを言えた気はした。

「……。」

 口から何か出かけては出ず、出かけては出ずを繰り返した。

 結論はない。要求もない。ただ伝えただけ。せめてあと一言言わなければ、ミチコの答え方も指定できない。だから——。

「俺と会ってください!」

 それだけ言って、しばらく待った。


「……会うだけ、ですか?」


 待ちに待って、最初に聞こえてきた言葉はそれだった。どういう意図をはらんでいるかはわからない。

「会うだけです。」

「……。」

「……。」

「……。」

「……。」

 ——まだか?

「先に、詠唱を聞いてもいいですか?」

「五百回ですか?」

「はい。」

「……わかりました。」


「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"!」

 叶多は詠唱した。美智琉は聞いていた。叶多は冷静でいられなかった。美智琉が何を考えているのかを探ろうとした。美智琉も同様だろうか。

 この詠唱に、何かが左右される。

 長い五百回が終わり、叶多は言った。

「終わりました。……どうでしたか?」

「タナカさんの詠唱は好きです。いつも。」

 普段と変わらない評価だ。

 そして美智琉は言った。

「会いましょうか。"叶多さん"。今度の日曜日とかどうですか?」


 コミュニケーション 進化済み

 マッド 進化済み

 メモリー進化まで 詠唱残り 44,275回

 マグネット進化まで 詠唱残り 9,100回

意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。

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