20.叶多と美智琉
20.叶多と美智琉
「なーにやってんだか。」
電話の向こうの辰巳が呆れている。至極真っ当な感想だ。
「……自分でもアホなことしたとは思う。」
「まあ、結果オーライか。会うんだろ?」
「会う。」
「セーフってことでいいんじゃないか?」
「アウトではないよな。」
「それで、その告白の後は?」
「その後は……テンションが壊れて……すぐログアウトした。」
「おいおい。」
「ちゃんとその後やり取りしたから。ほら。」
メッセージアプリで美智琉とやり取りした画面のスクショを送り付ける。
『叶多さんはどこに住んでいるんですか?』
『俺は静岡県です』
『そうなんですね。私は神奈川県です』
『意外と近いですね』
『そうですね』
「なんか他人行儀じゃないか?」
「いつもとそこまで変わらない……はず。美智琉さんが何を考えているかはわからないけど。」
「ああ、美智琉さんっていうんだ、その人。」
「あれ?言ってなかったっけ。」
「ゲームの中の名前がミチコさん、としか。」
「そうか。」
「好きな人の名前呼ぶのって、いいよな。」
「……。」
図星。
「無視かよ。」
「そっちは香澄さんだっけ?」
「森口香澄。かわいい名前だよまったく。」
どこかの組にそんな名前の女子がいたようないなかったような、程度の認識である。
「こっちはお互い苗字は知らない。」
「ハナゲの苗字も?」
「そう。」
「じゃあ当然、猿投からハナゲって呼ばれてることも知らないわけだ。」
「当たり前だろ。そもそも高校でだって同中以外誰も呼んでねーよ。」
「いい渾名だと思うんだけどな。」
中学校の頃、叶多が格ゲーの大会で優勝したことが某雑誌に写真付きで載り、その写真で鼻毛がガッツリ見えていたため友人グループ内で笑い種となった。その時に敬意と親しみを込めて友人たちが付けてくれた渾名がハナゲ。彼らにしてみれば心から叶多の腕前を称える意味もあり、その渾名を邪険に扱えないのが余計に質が悪かった。
「嫌いじゃないけど、嫌いだ。」
日曜日。
いそいそと着込んで外出の支度をする叶多を見て、いつぞやのように母親は言った。
「どうしたの、早いね。デート?夜には帰ってきてね。」
——デート判定になるのか?
叶多も高校生なので、男女が出かけるだけではデートと呼ばないことぐらいは知っている。
「行ってきます。」
降水確率は10%。傘は必要なかった。
いざ鎌倉という心持ちで、文字通り鎌倉の稲村ヶ崎公園を目指す。美智琉とはそこで会える。
叶多が自分の心臓の音の速さを確かめているうちに、公園に着いた。そこは、はずれの海岸にどこか似ていた。
割と目立つところにオフ会と同じキャメル色のコートでいたので、すぐに見つけることができた。
美智琉を。
叶多は駆け寄った。息が詰まっていった。
「こんにちは、美智琉さん。お待たせしました。」
「いえ。こんにちは、叶多さん。」
美智琉は微笑んでいる。見惚れる前に、叶多は美智琉の真意を確かめたくて仕方がなかった。
「わがままを聞いてくれてありがとうございます。……あの、今日来てくれたのは……。」
「……なんとなく、行かなきゃって思ったんですよね。」
「……?」
「あっちの方で、話しましょうか。」
海の音が聞こえる。
展望広場には東屋があり、先客がいなかったので向かい合うように座った。いつか、美智琉の横に座れる日は来るのだろうか。
美智琉の方から切り出した。
「いつから……好きとか、そういう話になっていたんですか?」
「オフ会の時です。帰りに、『その思い出も持っていてくださいね』と言ってもらえた時から。あの言葉、俺には大きかったんです。楽に考えられるようになりました。失敗は、持っていていもいい。捨てなくてもいい。忘れなくてもいい。」
「はい。それも叶多さんの一部ですから。」
「そう言ってもらえて、」
「私に恋をしたんですか?」
「……恋。恋のことはわかりません。でも好きなんです。」
叶多は自分でもびっくりするほど抵抗なく美智琉を好きだと言った。
「私は、叶多さんのことをいい人だと思います。その意味で、好きです。」
美智琉も叶多を好きだと言う。
「でも、詠唱を聞いた時、叶多さんの言う通り、違うんだなって思いました。私は人を好きだなと感じても苦しがったり焦ったり、そういうことはありません。叶多さんはそうなるんですね。」
「はい。」
「それがあまりに苦しそうで、会わなきゃいけないと思ったんです。」
「……そうだったんですか。」
「叶多さんは、恋人はいたことありますか?」
「彼女がいたことは、一度だけあります。四ヶ月くらい前に、別れました。」
「四ヶ月前……ちょうど、私たちがソースピを始めた頃ですね。」
「美智琉さんはいたことありますか。」
「私はありません。あまり男子と仲良くするタイプじゃなかったので。」
「告白されたことは……。」
「何度かあります。」
「……。」
「私の体、その……色々大きくて。男子だと、大きいのが好きな人が多いみたいですね。正直に言って、それがよく理解できなくて、気持ち悪いんです。」
「ああ……。」
叶多は間の抜けた返事をした。
「叶多さんはどうですか?」
「……。」
「胸とか、大きいの。好きですか?」
「……………………好きじゃ……………………好きです。」
「そうなんですか……。」
「えっと……。」
「付き合うのは、無理そうですね。」
「……!!」
叶多のハートはブレイク寸前だった。悲惨な表情になった。
「……そんなにショックですか?」
「……はい。」
「付き合いたいわけじゃないんですよね?」
「いや、その。前の彼女と付き合う時と違う気持ちがあったというか、俺と美智琉さんが付き合うイメージが湧いてなかったからああいう言い方になっただけで……特別になって、近くにいてほしいって思っていたので、付き合ってほしいとは、いずれは付き合うことになっていけばいいなとは、思ってました。」
叶多は目を伏せていた。目頭が熱くなって、涙がこぼれた。こんな時に言い訳がましい自分が嫌になった。
「……ごめんなさい。私にはうまく掴めません。特別って、どういうことですか?」
「特別っていうのは……例えば、美智琉さんはセトさんや俳人さんも好きですよね。その中で俺だけが美智琉さんの好きをもらいたいというか……美智琉さんに、俺だけを、見てほしくて!」
目の前の手が届かない女性。背も叶多より高くて、メイクもコーデも知っていて、叶多にできない歌い方や詠唱ができて、叶多が持っていない考え方ができる女性。叶多はその全てを、その全てを独占したかった。
「ちょっと待ってください。」
「待ちません!ここで止めたら、もう二度と……!」
「待ってください。」
美智琉は怒っていた。初めて叶多に向けられた怒りだった。
叶多は渋々黙った。
「いいですか。私、セトさんや俳人さんは別に好きじゃありませんよ。好きなのは、叶多さんだけです。」
ズキューーン!
「ハワァ……?」
叶多は思考を手放しかけたが、なんとか踏みとどまった。
「俺のこと、好きなんですか?」
「ずっと言っていたじゃないですか。私は叶多さんが好きですよ。叶多さんには物足りなく思えるんでしょうけど。」
「でも付き合えないんですか?」
「男の人がよくわからないうちは無理です。いつかは付き合いましょうね。」
「……!約束ですよ!」
叶多は飛んでいきそうだった。美智琉も今や笑っていた。
「あの、もう一回、俺のことを好きって言ってください!」
「叶多さんが好きです。」
「ウォォ……!」
叶多は腹にいいものをもらったかのように背を丸め悶絶した。
「嬉しいですか?」
「はい!今までで一番!」
それが、恋というものだった。
改めて美智琉と、美智琉に許可を得てとうとう美智琉の隣に座った叶多は話しだす。
「俺は猿投叶多っていいます。今高校二年で、今年三年生になります。」
「橘美智琉です。今二回生で、もうすぐ三回生です。」
直に暖かくなってくる三月の上旬の会話。美智琉の一回生二回生という数え方だけで叶多は魅力を感じた。
「あれ?じゃあもう二十歳なんですか?」
「はい。車も運転できますし、お酒も飲めますよ。」
「やっぱり、住む世界が違いますね。」
「大袈裟ですよ。たった三年違いじゃないですか。」
美智琉は叶多ほど歳の差を気にしていないようだった。
「俺、ガキくさくないですか。」
「うーん、ちょっと子供っぽい?ところもありますよね。私と一緒にバトルステージの下見に行った時とか、特にそうでしたし。でも、それは歳下とかガキっていうよりかは、元気な男の子って感じで好きですよ、私は。」
「う、へへ……。」
頬が弛みっぱなしで情けないのだが、美智琉に好きと言われてしまえばもう骨抜きなのだ。男の子扱いもくすぐったかった。
美智琉はそんな叶多を見てにこにこしていた。
「えっと……いつから俺のこと好きだったんですか?」
「最初のきっかけがあったのは、ベルゼーブ攻略を手伝ってくれた時です。」
「え!?そんな前からですか!?」
「そうですよ。簡単に言うと、私は自分をマグネットに重ねていて、オフ会の時に持ってきた棒磁石みたいな、弱い磁石でしかないと思っていたんです。」
「……?」
美智琉の説明は簡素すぎて逆に難しかった。
「それから少しして、叶多さんがデータを消してしまうって聞いた時に、どうしても引き止めたくなって、なんで引き止めたかったんだろうってゆっくり考えてみたら、好きになっていたみたいなんです。」
「全然、気づきませんでした……。」
「私って、好意が表に出にくいんですかね?ちゃんと叶多さんのこと好きですからね。」
「だめです……それ以上言われると保ちません。」
「そうですか?じゃあ、もっと言いますね……好きです。」
「アア!もう、やめてください!やめないでください!」
「どっちがいいですか?ふふ。」
——あ、やべえ。マゾになる。
「でも、ゲームの外でこうして二人で会うことになるとは、予想していませんでした。」
「……リアルの俺とは、会わなくてもよかったってことですか?」
「気を悪くしないでくださいね。私は、どんな形であれずっと繋がっていられれば、それでいいと思っていたんです。そして、そんなことは不可能だとも思っていました。だから叶多さんが会いたいと言ってくれた時は、そういう、言い方が悪いですけど、わがままが言えるのってすごいなと思いました。今日も、私を自分一人だけのものにしたいっていう欲望を堂々と表に出せるのがすごいと思いました。」
「美智琉さんも、是非そうしてくださいよ。」
「そうですね。いつか、そうなるといいな……。」
そうなるといいな。美智琉のその言い方に、叶多はまた心を奪われた。
「美智琉さんの敬語がない喋り方、もっと聞きたいです。そもそも俺、歳下ですし。」
「そうですか?うーん……考えておきますね。」
その日二人は気が済むまで喋り、帰る間はずっと、言い尽くせなかったことや後から後から浮かんでくることを伝えるためにメッセージアプリを開いていた。夜はソースピで通話をし、明日からの幸せな日々に思いを馳せながら眠りについた——言うまでもないことである。
コミュニケーション 進化済み
マッド 進化済み
メモリー進化まで 詠唱残り 42,632回
マグネット進化まで 詠唱残り 9,089回
意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。




