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16.求む、経験者のアドバイス

16.求む、経験者のアドバイス


 帰宅したのは夜の八時半ごろ。夕食は用意されていなかったので、コンビニで適当に買ったものを食べた。

 自室に戻り、しばらくゲーミングチェアに体重を預けていた。ソースピを始める前に、穏やかに頭の中を整理しておく必要があるように感じた。

「……。」

 セトの提案を、ミチコは断らなかった。抵抗感が低減したのかもしれない。あのセトの妙手に救われた。大きな借りが出来たことは忘れないようにしよう。

「俳人さんは、とりあえず今度でいいでしょう。」

 セトはそうも言っていた。

 別れてから何度目か、スマホのメッセージアプリを立ち上げる。

 「橋本耕介」と「美智琉」。図らずも、二人の本名らしきものを知ってしまった。セトに至っては苗字まで。同様に、叶多という名前も二人に知られた。三人とも下の名前を設定するタイプだったことが明らかになった一幕でもある。

 ミチル、からミチコ。実にわかりやすい。

『よろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

 駅でテストがてらそれだけ交わされたきりの画面をずっと見ていても、何も変わりはしない。

 ——下手を打ったかな……。

 美智琉に心を動かされ、そのまま奪われてしまったのはいいとして、そこからどうするのか、叶多にはてんで見当もつかなかった。色々とごちゃついていて、整理しないといけなかった。

 メモ用紙を取り出し、「ミチコ」と書けずに頭を抱える。気を落ち着かせてからなんとか書いた。

 ——まず、どうしたいんだ?付き合いたいのか?

 イメージすら湧かなかった。タナカとミチコが連携したりペアで行動したりする場面なら既に体験している。しかしこれが男子高校生の叶多と女子大学生の美智琉となるとエラーを吐く。図として平面座標に置くことはできても、奥行きが合っていないような感覚。そのせいでイメージの中の二人は手を繋げない。

 ——それに、早いよな……。

 どうにも振り払えないのは、沙耶香への不義理ではないかという自責。いくら拒絶されて別れていようが、沙耶香が他の男子と付き合っていようが、約四十日しか経っていない状態で次に行くなんて許せないと感じてしまう、厄介で繊細な部分がある。

 さもなくば、美智琉は「代わり」なのではないかと。

 ——そして、どうやって……。

 付き合う付き合わないは別にしても、美智琉にもう少し特別視してもらいたいという欲はある。ところが考えてみれば、叶多にとって意中の相手の気を引く既知の方法とは、沙耶香がやったような方法のみである。

 ——沙耶香はどんな風にしていたっけ。

 それはもう、忘れてしまっていた。


 氷柱が落ちる。

『10』

「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"。」

『10』

「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"。」

『10』

「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"。」

 今日はまるで写経のようである。

 五百回に到達した。それでもまだ考える時間がほしい。

 ミチコはログインしていない。この時間でしていないということは、今日はもうしないつもりだろう。

 ——もう五百回行くか。

 無限のような回数が、やけに頼もしく思えた。

『10』

「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"。」

 洞窟では声がよく響く。

 ここ最近は、詠唱も、探索も、一人でしている。それを欠けていると感じた。例えばその五百回を聞いてくれる誰かが。

 美智琉が、いてほしいと。


 翌朝、目が覚めて最初に手繰り寄せた意識には、美智琉の残像がいた。

 ——その思い出も、持っておいてくださいね。

「ふぁ……。」

 上半身を起こし、条件反射的に欠伸をした。今日も朝になってしまったからには、学校に行かなければならない。

 ——美智琉さんがいるわけでもなし。

 自分は恋をしているのか?という疑問はラスボスのようなものだった。それよりも先に片付けるべき疑問がいくつもあって、そんな難しい質問に答えることができるのは最後の最後だという予感があった。


 二限後。自販機に温かいお茶を買いに行く途中、階段の踊り場付近で辰巳と一人の女子が話しているのを見かけた。なるべく気配を消してその横を通り過ぎようと思ったが、辰巳と目が合ってしまい足を早めて階段を降りきった。

 自販機の前で小銭をちゃりちゃりさせ、

 ——彼女かな。彼女だろうな。

 お茶を買って、帰りは迂回して別の階段から教室に戻った。


 ——沙耶香はどんな気持ちだったんだろう。

 授業を上の空で聞きながら、他人事のように考える。

 ——俺を好きになって、アタックして、告白して、付き合って、嫌いになって。別の人と付き合って。その間、どんな喜怒哀楽があったんだろう。今の俺と同じことを考えたりもしたんだろうか。

 仮に今の叶多と同じ迷宮をくぐり抜けていたとして、その結末がコレなら無情というほかない。もはや沙耶香は一日に一度だってこちらを見はしないのだ。

 ——考えてみると、俺は告白された後、舞い上がってただけだったな……。

 チャイムが鳴る。今日の授業は終わりだ。

「ちょっと沙耶香のこと見過ぎじゃないか?」

 辰巳が声をかけてくる。

「そうかもな。」

「心残り?」

「少し違う……。」

「じゃあどうして見ていたんだ?」

「ヒントが欲しくて。」

「ヒント?」

「それはそうと辰巳。今日一緒に帰れるか?」

「悪い。今日は無理だわ。」

「……そりゃそうか。」

 昼にあれだけ一秒でも一緒にいたくて仕方ないと言わんばかりに彼女と話しておいて、帰りは別なんてあり得ない。

「彼女とは順調か?」

「そこそこ。意外と難しいよ。」

「だよな。」

「経験者からして、コツとかある?」

「俺が?逆だろ普通。」

「何か一つでいいから。」

「一つって、それも難しいな。うーん……。」

 一つ。強いて一つに絞るならば——。

「思いやり。」

「……おお。ズンと来たぜ。」

 以前の叶多たちは、努力だの未来だの使命だの希望だの、そういうものは大人たちが押し付けてくるマジックワードの一つだと思っていたし、その内のいくつかは実際そうだと今でも思っている。しかしまたその内のいくつかを、真実だと感じることも多くなっていた。

 思いやり。そんなずっと前から言われている抽象的なことを、叶多は自分の答えとして口にした。

「俺はまだ思いやりをもってない。だから別れたんだと思う。」

「多分、俺もだな……。」

「がんばれ。辰巳。応援してる。」

「ありがとう。」

 辰巳にはいい彼氏になってほしい。

「今日は無理だけど今度また話そうぜ。」

「おう。」

「じゃあな。」

「じゃあな。」


 コミュニケーション 進化済み

 マッド 進化済み

 メモリー進化まで 詠唱残り 81,154回

 マグネット進化まで 詠唱残り 9,311回

意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。

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