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15.ナママグネット、ナマメモリー

15.ナママグネット、ナマメモリー


 一歩入ってみれば。

「へえ、まるでどこかの家のリビングみたいですね。」

 ソファにテーブル。もしテレビでもあればリビングそのものだ。

「予想外でしたか?」

 俳人がきいてくる。

「俺、レンタルスペースって聞いて、スタジオとか会議室とかみたいな内装かなって思い込んでました。」

「そういうのもあります。一口にレンタルスペースと言っても様々ですから。」

 入ってすぐ、まずはデリバリーでピザを頼むことになった。各々好きなピザを注文する。叶多は照り焼きチキンピザを選んだ。

 頼み終わってから、諸々の話をする。軽い自己紹介にゲーム歴の話、お互いのリアルにあまり触れないようにしながらも「その人」を少しずつ知っていき、段々と「その人」と「そのキャラ」とを馴染ませていった。キャラとは違い表情が変わる生の人間を相手にしていると、「この人たち」とゲームしていたんだな、と不思議な実感がわいた。

 そして何より熱が入ったのは、当然ソースピ並びにマリスの話題だった。届いたピザを食べながら、熱いあの瞬間を振り返っていく。

「最初に挑んだ時は腰抜かしましたからね。はいはい負けイベですかって気楽に考えていたら何にも進展せずにリスポーンですよ。一撃百万の五秒周期ってつまり五秒以内に最低限、全回復とガッツと攻撃が必要ってことで、そのためのMP補給も必要、しかもアスモドの妨害不可の補助のせいでほとんどの行動が水の泡。初めて断念の可能性を考えましたからね。」

「そうでしたね。」

 セトの発言である。セトが無口かつ丁寧語、この点だけはまだしっくりこない。

 そのセトが重ねて発言する。

「タナカさんがいなくてもいずれは攻略できていたでしょうが、この短期……短期……?短期に攻略できたのはメモリーの功績が大きいです。」

「まだ自分ら以外マリスを撃破できていないと推定されていますからね。それも納得の難易度です。自分らの時も、アスモドが全リセットを使わなければ、最後のキャリオン連打で倒しきれない可能性が高かったですからね。毒も引かなかったわけですし、運にも助けられました。」

「そういえばあの時、どうしてアスモドは全リセットを使ったんですかね?行動不能を解除するのに対して魔法防御力アップと盲目状態を解除するのっていい行動とは思えないんですが。」

「レーザーです。アスモドの行動の前にレーザーの低確率で発生する追加効果が作用して、マリスの魔法防御力が二段階下がっていたんですよ。差し引き一段階ダウンですね。なのであの行動は行動不能解除に対して魔法防御力アップ・盲目状態解除ではなく、行動不能・魔法防御力ダウン解除に対して盲目状態解除。マリス側に有利だったわけです。」

「なるほど。ボルトでたまに発生する感電状態と同じアレですか。」

「……しかし、素直に羨ましいですよ。」

 セトが叶多を見据えて言う。

「タナカさんのメモリーは優秀で、しかもまだ進化を残していて、もっと強力になる夢を見続けることができる。それをコミュニケーションときたら……。」

 おー、セトだ。

「ボスとしてのマリス様もいいですけど、キャラとしてのマリス様の話もしましょうよ。倒したのもすごかったですけど、正直なところあんまり流れがわかっていないのでストーリーに泣きそうになったことしか覚えていません。」

「確かに、マリスの行動にも胸を打つものがありましたよね。」

 叶多が引き継ぐ。

「一周目の裏切りだけ見ると唐突すぎる闇堕ちでしたけど、マリスを倒してようやくその真意がわかるという構成、更にその後すぐ退場はなかなかインパクトがありました。あの決死のメテオはアツかった!」

 掲示板で、二周目の悪魔城までプレイしたがストーリーの質が悪い、と書き込んでいたプレイヤーのことを思い出す。彼もマリスの真意を知れば少しは見方を改めるのだろうか。

 四人は二時間途切れることなく喋り、少し燃料切れを起こし始めたところでミチコが言い出した。

「今からソースピやりませんか?オフ会にはゲームを持っていってみんなでやると楽しいと書いてあったので、ちゃんと持ってきました。」

 バッグからノートパソコンが出てくる。

「あー、すみませんミチコさん。自分らは持ってきてないです。多分、タナカさんもそうですよね?」

「え、そうなんですか?」

「はい……持ってきてません。多分それはソシャゲのオフ会とかの話でしょうね。うちはゲーム用PCとVRデバイスとヘッドホンを使ってやっているので、持ち運びには向いてないんです。」

「ゲーム用のPCなんてあるんですか。知りませんでした。」

「でもせっかくですから、ミチコさんのプレイが見たいです。生詠唱も是非。」

「ナイス提案ですね、タナカさん。」

「えっと……せめて生詠唱は勘弁してもらえると……。」

 そんなこんなで、叶多の提案によりけわしの山岳を最上層まで攻略するミチコを、三人が後方から生暖かく見守ることになった。

 ——計画通り。これは生詠唱待ったなし!

 そんな思惑もつゆ知らず、ミチコは攻略を進めていく。主観視点型のゲームなのでピンクのツインテールはたまに画面端に写るくらいだ。

「"ボルト"!」

 生の声であるというだけで詠唱破棄でも良質なのだが、やはり物足りない。わざわざ最上層までという指定をしたのには理由がある、頼んだぞメフィレス!

 ミチコは難なく最上層に辿り着いた。

『メフィレス:通りたくば来い。そして眠れ。』

 このゲームでは、エリアごとのボスは倒しても無制限に現れる。ミチコはボスと戦うためにいつものように詠唱——しかけて、叶多の策に気づいた。

「……。」

 最初からこれを狙っていましたね、という目で振り返ってくる。にやにや笑いを噛み殺している叶多を尻目に、ミチコはメフィレスを倒しにかかった。

「"アクア"、"アクア"!」

 なるほど、マグネットを意地でも使わないつもりらしい。けわしの山岳程度なら、確かにミチコがマグネットを使わずとも自力でクリアできる。しかし、それには一つの条件がある。状態異常をくらわないことだ。

 ブシュウ!

 メフィレスの吹いた黒い霧がミチコを襲う。

『550』

『盲目状態付与』

「あっ。」

 ミチコが小さく声を上げた。このままでは明らかに不利だ。マグネットを使えば空振りの確率は大幅に下がるが——。

「うう……。」

 ——さあ。どうする。

「タナカさん。やってください。」

「え?」

 ミチコは席を外した。

「どんだけ詠唱したくないんですか。」

 あの夜は普通にリクエストに応えてくれたというのに。

「早くしないと負けますよ。」

「……負けるのは癪ですね。」

 説き伏せられる形で席につき、キーボードに手をかける。ミチコの体温らしきものが椅子からキーボードから微妙に伝わってきて多少ふわっとした気分になったが、それよりも今は勝利の方が重要だ。まずは——。

『打撃

 魔法

 アイテム

 逃げる』

『"フレア"

 "ボルト"

 "アクア"

 "キュア"

 "ベノム"

 "ソリッド"

 "シャイン"

 "ダークネス"

 "ガッツ"

 "エントリー"

 "フライト"

 "アップグレード"

 "マグネット"

 戻る』

「迫る焼夷の波、彼は誰か誰そ彼か、高く高く翔び、視えぬ物こそ真、尽く操作せよ——"マグネット"!」

「「「おおー。」」」

 生詠唱にささやかな拍手が起こる。こんなはずじゃなかった!

 ミチコ——自身とメフィレスの攻撃にN。自分の攻撃とメフィレスにNとSでも悪くはなかったが、この状況下では「互いに攻撃が当たる」よりも「自分が回避し相手にも当たりにくい」の方が勝ち目があると踏んだ。

 グニャ……

「限りなき螺旋の先、己が敵全てを今、呵呵として超越せん——"アップグレード"!」

 グイン!

『魔法攻撃力:UP』

「岩を打つ長恨の雫、果たして致命の澱は、無音のままに満つ——"アクア"!」

 ザバンッ!

『MISS』

 ——まだまだ。こんなの、マリスに比べたら何ともない。

 ブシュウ!

『MISS』

 メフィレスの攻撃をうまく躱しながら、

「岩を打つ長恨の雫、果たして致命の澱は、無音のままに満つ——"アクア"!」

 ザバンッ!

『1,467』

「……ほとんど神業の域ですね。」

 セトがこぼす。

 ——んー?何が神業だって?神業も何も俺はただ……カーソルをキーボード高速連打で動かしかつ一度の操作ミスもない正確無比さでもってコンマ数秒も間が開かないように魔法やMP薬を選択しまくりながら詠唱も一言一句間違えずその間にも敵の攻撃を機敏に避けつつ一方的にボコっているだけだが?ドヤ!!

 結局のところ叶多のようなゲーマーは、素人の覚束ない操作を目の前で長々と見せられてしまうと、腕前を見せつけたいという本心を隠し通すことなどできないのであった。もっとも、レベル差とマグネットの補助なしではこうはいかない。現に最初の魔将であるベルゼーブに何度か敗れているのだから。

『メフィレス を倒しました。』

「やりました!」

 後ろを振り返ると、三人揃ってぽかーんと口を半開きにしていた。

「これはこれは……道理でつららの洞窟まで詠唱ありでもやってこれたわけです。」

「タナカさんってそんな風にプレイしてたんですね。私想像もつきませんでした。」

「(いやあそれほどでも。デヘデヘデヘ!)ありがとうございます。」

「もしかしなくとも、筋金入りのゲーマーですか。」

「中学の頃が全盛期でしたけどね。今では本当にエンジョイ勢です。」

 中学生時代に出たとある格ゲーの大会で一度優勝したのがピークだ。さっき聞かされた俳人やセトの武勇伝に勝るとも劣らない経歴ではあると自負している。

 ミチコの生詠唱が聞けなかったのは心残りだが、叶多にとってある意味大満足の結果に終わった。


「お前ら一生祝ってやる!!」

 セトのシャウトが響く。カラオケなう。

「俺の返り血大量に浴びろ〜♪」

 セトの歌はめちゃくちゃ上手かった。多少歌詞が変だったって、上手けりゃいいのだ。

 ここでの主役はセトとミチコであった。二人とも採点を入れたら九十点はゆうに超えるだろう。俳人と叶多もたまに歌ったが、基本的に聞き役、もしくはタンバリンやマラカスなどの盛り上げ役だった。

 拍手の中、セトがマイクを置く。

「次はミチコさんですね。」

「なんだか申し訳ないです、私ばかり歌ってしまって。」

「いえいえ。上手い人にたくさん歌ってもらった方が却って楽しいですから。」

「そういうものですかね。それじゃあ……。」

 叶多がゲームの腕前を自慢せずにいられないのと同じ原理かどうかは定かではないが、セトもミチコも遠慮なく歌っている。

 厭わないもの、厭うもの。一日五百回の詠唱と一日十分程度の勉強、水着と下着、生歌唱と生詠唱。この世は不思議に満ちている。

「貴方の心が移ろうなら♪ナイフで刺しても私の元に♪」

 迫力がある声でそれを言われると、歌詞だとわかっていてもゾクッとする。ゲームをしていてミチコから受ける印象とほとんど真逆なのがそうさせるのか。

 ——最近は物騒な歌が増えたなあ……。

 しかしやはり歌声は素晴らしく、叶多はコーラをストローで飲みつつ聞き惚れるのだった。


 時刻は午後六時。各々の門限等の事情を鑑みて、夕食は食べずお開きとなった。もしかすると俳人が何か手を回してくれていたかもしれないが、それはまたの機会ということになりそうだ。俳人とは早くも別れ、三人は東京メトロで東京駅まで一緒に乗った。その先は全員違うらしい。

 降りたところで、一人になることに名残惜しさを感じる。セトがトイレに行ったので、もう少しだけ延命されそうだった。

「今日は楽しかったです……ミチコさんはどうでした?」

「とっても楽しかったです。友達とライブに行くことはありましたけど、こういうのは初めてでした。」

「俺もこういうオフ会は新鮮でした。ハイライトは、やっぱりミチコさんの歌が聞けたことですかね。」

「ハイライトですか。私は、タナカさんの神プレイが一番印象に残っていますよ。」

「そんな、神プレイだなんて。……まあ、ゲームなんて得意でも何にもならないですけどね。」

「そんなことないですよ。」

「少なくとも、特技は歌、の方が特技はゲーム、より数倍いいですよ。それも俺は重症でしたから……。」

 例えば沙耶香が離れていったのだって、中学生の時に優勝したっきりのゲームという唯一の取り柄と引き換えに、色々なものを疎かにしてきた結果だと言われても仕方がなかった。このままいつまでも呑気に遊んでいていいのか?進路はどうする?男としても失格のお前に一体何ができる?最近ではそんな誰とも知れぬ声が、枕元に出る幽霊のように叶多を脅かす。

「何かあったんですか?」

 はい。今はそう答えたかった。そんなのは甘えだとしても。

「……。」

 結局は言えなくて黙った。それは即ち肯定なのだが。

「……その思い出も、持っていてくださいね。」

 ミチコは言った。

「え……?」

「悲しみの旋律、暴虐の過去は、雨雲の匂いを詰めて、」

 歌うように、ゆっくりと口ずさんでいく。

「迸るは激情、時は戻らず、アンチワールドエンド、ブーストアンドバースト、反逆せよ仇なす者へ、光明いずこより射す、我が手には——"メモリー"。」

「メモリー……。」

「何回も聞いていたら覚えました。前にも言いましたけど、好きなんですよ。タナカさんの詠唱。」

 負けじと言い返す。

「俺も、ミチコさんの詠唱が好きです。」

「知ってますよ。前にも聞きましたから。」

「……。」

 叶多は言葉に詰まった。

 心がほわっとした。同時にもやもやした。

 焦りも切なさも叶多に訴え出した。衝動。

 ——何をしたらいい。

「……?」

「……。」

 思いついて、ポケットから携帯を出し、メッセージアプリのQRコードを画面に表示させる。

 少し躊躇った後、手元だけを見ながら突き出した。

「あの、これ……交換してくれませんか。」

「……えっと……。」

「お待たせしました。」

 セトが戻ってきた。

「何の話をしていたんですか?」

 叶多は——引き下がらなかった。もう冷静になってしまったとか、セトがいるとか、関係なかった。

「……お願いします。」

「……。」

「……。」

「……ど、」

 ミチコがようやく口を開いた。

「どうすればいいんですかね?」

 どうすればいいんですかね!?!?

 セトは頭が痛いという風にうーんと唸った。

「どうするも何も……ミチコさんのしたいようにしてくださいよ。最初のオフ会で女とわかった相手にコレを突き出す男は警戒されて然るべきですけどね。」

「そうですか……。」

「……。」

「まあ、俺も二人ともう少し日常的に繋がっていたいと思ったので……。」

 ゴソゴソと音がして、見るとセトも同じ画面を出していた。

「三人で交換しませんか?仲間として。」


 コミュニケーション 進化済み

 マッド 進化済み

 メモリー進化まで 詠唱残り 82,154回

 マグネット進化まで 詠唱残り 9,311回

意地でもエタりません。応援よろしくお願いします。

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