信頼×人工迷宮
初は俺の方を見て「あっ」と立ち上がる。
「どうかしたか?」
「えっと、飲み物とかお出しした方がいいかと思って」
「……俺は客ではないんだから気にしなくていい。あー、いや、冷蔵庫とか使ってもいいよな?」
「も、もちろんいいですよ。一通り使っていただいて」
立ち上がって冷蔵庫を開けると麦茶が入っていたので、コップを使っていいかと初に許可を得てから注ぐ。
気まずさがドンドン増していくな……離れるに離れられない状況だしな。
「俺が初を守るのを前提として、問題はそれがいつまで必要かって話だな。……一年とかならまだしも、一生となると流石に厳しいし、相手も対策してくるだろうからな。ある程度解決の目星を立てる必要がある」
「解決の目星……ですか」
「何かあるか?」
「……いえ」
まぁそりゃそうだよな。と思いながら麦茶に口を付けながら椅子の方に戻り、スマホをポケットから取り出す結構暴れたが壊れていないことに安心して息を吐く。
「初が選んだ案は、それだけだとその場凌ぎでしかないわけだが……まぁ、全く目処が立たないというわけでもない」
「何かあるんですか?」
「ない」
「ええ……」
「当然、事前の情報も何もない俺にはないが……元々、こうなる可能性が読めていた奴はいるだろ」
初は不思議そうにキョトンとした表情を俺に向ける。俺は棚の上に飾ってあった子供が描いたらしい親父の絵を指差す。
「親父は、遅かれ早かれこうなることを予見していたはずだ。何か手立てぐらいは考えている可能性は高い」
「……お父さんが……ですか。言われてみれば……そう、かもです」
「ひとりでこれだけ評価される研究することが出来るような人だからな。何かしらの対策は練っているはずだ。……書斎か研究室に手がかりがあると思うが……問題は多分、研究室の方なんだよな。そういうのを残しているとしたら」
研究室に行く場合は尾行がな……間違いなく尾行はされるよな……ここに来ているのだけで複数人はいそうだし、躊躇なく俺を殺そうとしたのにそこだけ見通しが甘いはずもない。
うーん、と、俺が頭を悩ませていると初が小さく口を開く。
「……行けますよ。研究室、尾行されずに」
「いや、最悪の場合、すぐ外にいるぞ? 俺なら走って逃げ切れるかもしれないけど、肝心の初はそこまで足が速くないだろ」
俺がそう言うと、初はジッと俺の顔を見つめてポツリと口を開く。
「……兄さん、私が頼れるのはあなたしかいません」
「まぁ、現状はそうなるな」
「……兄さんが父の研究を狙っていた場合、私には打つ手が一つとしてありません。だから……全部託します」
「味方だから安心しろ。裏切ったりはしない」
初はこくりと頷いてから、ポケットからスマートフォンを取り出す。スマホ? と思っていると、手慣れた様子で何かのURLを打ち込んでいく。
「……迷宮はこことは異なる世界と繋がっています。一見するとこの世界が歪んで出来ているように思えますが、実態は新しく空間が発生しているんです」
「……親父の研究か?」
「はい。……特に父は迷宮に都市が飲み込まれることにより被害が出る「迷宮災害」について問題視しており、それの対策のため迷宮の発生方法を研究していました」
「はぁ……そうか」
結局何が言いたいのだろうかと思っているとURLを打ち込んだらしい初は机の上にポンっとスマホを置いて話を続ける。
「迷宮災害は現段階では対処不可能ということでしたが、その研究の成果がなかったわけではありません。父は……「迷宮を生まれさせない」には失敗しましたが「迷宮を作る」ことに成功しました」
「迷宮を……作る?」
思わぬ言葉に目を開くと、初は俺の手をキュッと握る。小さな細い指の感触にドキリとしていると、初は俺の手を握ったままスマホに反対の手を突っ込む。
「……は?」
ものの例えや比喩表現ではなく、俺の手を握っていない方の初の手がずずずとスマホの中に沈み込んでいく。
「危険はないので、平気です」
初はそのまま肩まで腕を突っ込んでいき、そのまま俺共々スマホの中に入り込んだ。
空気が唐突に生温いものに代わり、ここが先程の家の中ではないことを肌が知らせてくる。恐る恐る目を開けると真っ暗な空間で、パチリという音が響いたと思うと照明が点いて明るくなっていく。
明るくなった空間の中はどこかのビルのような廊下だった。だが、窓はなく上へと続く階段はあるのに下へと続く階段も出口も存在していない。
出入り不可能なビルの中……という様子のそこに驚いていると、初はスマホを俺に見せて「すぐに出れるんで警戒はいらないですよ」と口にする。
「……迷宮、なのか」
「ええ、でも人工的なものでかなり調整がされているので一般的な迷宮とはかなり違います。本来なら中層に繋がる道があるはずですがこの迷宮は浅層のみですし、魔物は出ませんし、罠などもなく、宝箱なども発生しません。まぁ、迷宮というよりかはただの異空間と呼んだ方がいいかもしれません」
「……とんでもない研究をしていたんだな、親父は」
壁にぺたりと手を当てると、一見するとコンクリートに見えたが全く別の材質のようでどこか生温さを感じた。
初は驚きっぱなしの俺を置いて、トントンと前に歩いて振り返る。
「父はここを、模倣の廃廊と呼んでいました。主に迷宮に関しての研究はここでしていましたから、先程の話に出ていた手がかりもここにあると思います」
「模倣の廃廊……」
……まだここにきたばかりなのにとんでもないことに巻き込まれていることが実感として湧いてくる。
これは……こんなものを作れるのなら、命を奪ってでも研究を奪おうとする奴ぐらい出るだろう。
親父は、とんでもない遺産を初に渡していた。こんなの女子中学生に渡しても扱いきれないだろ……。




