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保存食×ビー玉

 模倣の廃廊……初の実の父親であり俺の法律上の俺の父親が作ったらしい人工迷宮。

 見た目は一般的なビルから扉や窓などの外と繋がる場所をなくしたようなもので、エレベーターなどはない七階建てだそうだ。


 初は小さく頷いてから俺を見つめる。


「……ここの一階を主に使っていて、普段使わないものは二階に押し込んでいます。三階以降は「階段登るの嫌」ということで父は行きたがらなかったので、ほとんどものはないはずです」

「スマホから入ったけど、入れる場所は決まっているのか? 自宅じゃなくてもいけるとか、俺のスマホなどでもいけるとか」

「URLを打ち込めばネット環境がある場所ならどこからでも入れます。くれぐれもネットとかに流さないでくださいね。メモとかも取らず。この場で覚えていってください」

「暗記は得意だから大丈夫だ」


 ネット環境……ということは電波が届かない迷宮内からは無理か。緊急避難場所に使えるかと思ったが、そこまで都合が良くはないか。

 と考えていると初は紙に何かを書いて俺に手渡す。


「私が覚えているここの簡易的な地図です。……もしもの時に籠城するために備蓄から確認しようと思います」

「ここには何度も来たことあるんじゃないのか?」

「頻繁にきてましたが、備蓄の管理は父がしていたので把握してないです」

「まぁそんなもんか?」


 一室に入るとそこそこの料金の保存食や日用品が並んでいた。


「ちゃんと備えてるな。……とは言っても缶詰めとかでも賞味期限とか長くて三年とかだからかそこまで多くはないな。二人なら二週間分ってところか。むしろ賞味期限切れる前に消費しないといけないのが面倒だな」


 と思って缶詰の一つを手に取る。

 賞味期限切れそうなものがあったら、新しく買ってきて古いやつは食べないとなと思って一つずつ確かめていると妙なことに気がつく。


「製造年月日、最近のばっかだな」

「あ、本当ですね。まぁ父は防災とかに関心があったようなので」


 いや……だとしても常に新しい缶詰めを用意し続けるなんてことはないだろ。そんなことをしていたら毎日缶詰めばっか食うことになるぞ。


 ……まさか、近いうちに自分が死ぬことを見越していたのか? と勘繰っていると、初は俺を見て注意をする。


「あ、兄さん、異空間なのでどこからでも入れますけど、ミナミちゃんを連れ込んだりしないでくださいよ?」

「しねえよ……。というか、何でミナ……」

「歳下好きなんですよね? 兄さんは」

「そういうわけではない。……籠城は出来そうだし、一度帰るか、そろそろ夕方だ」

「……危なくないですか」

「ずっとここに籠るわけにはいかないだろ」


 初は不安そうにこくりと頷きスマホにURLを打ち込んでから俺の手を握る。捜索は明日にでもしようという話をしてから再びスマホの中に入り込むようにするとリビングに戻ってこれた。


「……兄さん、その、今のを知って……父の研究を奪える立場になりましたが」


 と言いながら初は怯えるような視線を俺に向ける。

 俺は首を横に振って「いや、興味はないな」と伝える。


「……願いを叶えられるかもしれないのに、ですか?」

「いや……そもそもの話として、俺が迷宮に願ったのは「何もいらない」だからな。ほら、これ昨日書いたやつ」


 鞄から昨日の紙を取り出して初に渡すと、初はその紙の内容を見て目を見開き、そのあと何故か紙を破こうとするが破けることはない。


「……破けない……本物」

「妹に嘘なんかつかねえよ。俺は特に願ってないから、研究を奪う理由もない。それより昨日、初に「部屋に入るな」って言われてたけど、昨日の今日で一緒に寝ることになって平気なのか?」

「……仕方ないですから。兄さんは平気ですか?」


 フラれたばっかの好きな子と一緒の部屋で寝るのはしんどいな。仕方ないけど。

 俺が頷くと初は「ベッドを入れる場所を考えましょうか」と言って俺を連れてリビングを出る。


 廊下や階段を歩きながら、初は少し難しそうな顔をしていた。


 初の部屋はとてもシンプルで小綺麗だ。どこかいい匂いがすることにドギマギしながらベッドを置けそうな場所を見ていると、初はポスリとベッドに座って息を吐き出す。


「どうした?」

「いえ、ちょっと疲れて……」


 まぁ色々あったしな。などと思っていると、初はじっと俺の方に黒い目を向ける。


「どうかしたか?」

「……兄さんの、ことが、よく分からないです。迷宮の願いは偽りが書けないそうです。……兄さんはこころから「何もいらない」と思っていて……そんな人がいるというのが、不思議で」


 偽りが書けない……そんな機能があったのかと思いながら、初の疑問に答えようと口を開くが、自分が何で「何もいらない」のかの説明が難しいことに気がつく。

 欲しいものを語るならまだしも、いらない理由なんていらないからいらない以上にあるのだろうか。


 それでも説明しようと、椅子に腰掛けながら話し始める。


「迷宮に何も望まない理由。というか、俺の考え方とかについてだよな。んー、あー、そうだな……ラメの入ったビー玉が欲しかったんだ」


 初は俺の顔を不思議そうに見て「ビー玉?」と小さく首を傾げる。幼さの残った顔に疑問を浮かべており、おそらく俺のことを理解しようとしているのだろうことが見て取れた。


「えっと、何かの比喩とか慣用句ですか?」

「いや、まんまビー玉の話だ。小さいガラス玉な。保育園の頃に友達が親に買ってもらったって自慢してきてさ、光に照らすとキラキラしていてめちゃくちゃ羨ましかったんだ」


 初は「何でこんな話をしているのだろうか」という表情を浮かべながらも話を遮ることなく頷く。


「俺の母……まぁ初からしたら完全な他人なわけだけど、基本、俺をどこかに連れて行ってくれたことはなくてな。何か欲しいものがあっても買ってもらったってことはなかったから諦めるしかなかったんだ」

「どこかに連れて行ってくれることがなかったって……」

「言葉の通りだ。母親と二人で出かけたことはない。時々、母の彼氏が子供好きな人ならデパートとかに一緒に連れていってくれたことはあったが」


 俺の言葉を聞いた初は嫌悪感のようなものを隠しながら俺に尋ねる。


「子供好きな人ならってどういう意味ですか?」

「ん? ……ああ、かなりの頻度で変わるんだよ。家に連れてくるから会うことにもなってな」

「……すみません」

「いや、まぁ気にしなくていい。年頃の女の子なら微妙に思うのは仕方ないしな」


 椅子に背をもたれ掛けさせて話を続ける。


「まぁ、なんか保育園の中でラメの入ったビー玉が流行っていて、すげえ欲しかったんだ。本気で羨ましかったんだけど、小学生のときに俺は小遣い持ってなかったんだけど友達が100均に行きたいってことで行ったら売っててさ、ラメ入りのビー玉」

「まぁ、あってもおかしくはないですけど……」

「別にそのときはもう欲しくなかったんだけど、何ていうかさ……欲しくないのに欲しいという思いだけが残っているというか、上手く言葉に出来ない」


 初は俺の方を見ているが急かすような仕草はない。

 これから食事の準備やら初の部屋にベッドを持っていったりやと忙しいというのに、ゆっくりと聞いてくれている。


 それは俺にとって初めての体験で、だからポツリと、自分でも知らない自分のことが口に出来た。


「俺は保育園の時にビー玉が欲しかったんだ。欲しかったという感情は残り続けているのに、欲しかったものは宝石ではなく100均で10個セットで売っているようなものだった。……欲しかったときの自分も、失望したときの自分も、俺の中に残り続けている」


 初はなんとなく理解したように頷いてから薄い桃色の唇を小さく動かす。


「だから「何もいらない」ですか?」

「ああ……実際に欲しかったのは、多分友達と自慢しあったり、母に買ってもらったりするという体験だったんだろうな」


 初の目は俺を捉える。それからぎゅっと俺の手を握る。


「……ごめんなさい」

「えっ、何がだ」


 こんなに中身のない話を長々と聞いてもらって俺が謝る方だろうと思っていると、初は俺の手をしっかりと握りなおす。


「……嫌いと言って、ごめんなさい」


 初の声は震えていて、瞳は俺を捉えたまま目尻に涙を溜めていた。


「えっ、い、いや、嫌われているのは仕方ないって、親のアレコレがあるし、印象が悪いのは当然だろ」

「……ごめん……なさ……い。自分のこと、ばかりでした」

「い、いや、ビー玉欲しかったってだけの話だぞ。ほら、な? え、えっと、あ、ハンカチ……なんて持ったことねえよ。どうしたらいいんだ、あっ、ほら、ティッシュ」


 初は涙を堪えきれない様子でぼろぼろと涙を零し、ずるずると鼻水を啜る。昨日見た綺麗な泣き顔とは違うぼろぼろな泣き方で、抱きしめたりしてもいいのかとても迷ってあたふたとしながらティッシュの箱を引っ張って初に手渡す。


「……兄さんのこと、ちゃんと見てなかったんです。お父さんがいなくなってただ悲しい気持ちの時に、お父さんを悲しませた人がきたってなって……攻撃的になって、ごめんなさい……」

「い、いやいや、気にしてないから、大丈夫!」

「本当……ですか?」

「……いや、本当はちょっと気にしてるけど、初が悪いわけじゃないって」


 大泣きをしている初を、ちょんっと肩に触れて嫌がる様子がないのを確かめてから抱き寄せる。

 小さな体、細い手足、父が死んだばかりの女の子なんだから……これぐらいは仕方ないのだろう。


「な、泣いて、ごめんなさい、困らせてますよね」

「いや、親が亡くなって悲しいときだし、感情に抑えが効かないのは仕方ないだろ。分かるよ」

「……本当、ですか?」

「……いや、本当はちょっと分からないけど、多分母が死んでも泣かないと思うし」


 初は顔をぐしゃぐしゃにして俺の服を掴む。


「上手く、感情が、纏まらないんです」

「ああ、仕方ない。俺は兄さんだから別にこれでいいんだ。少しぐらい甘えても」

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