光の後継者(7)
「本物の魔族に会うのは初めてだし、実際、シリスが話してくれて、レイの、女王の日記を読まなければわたしも魔族だとは分からなかったかもしれない。それほど、魔族の情報って少ないし、伝説やおとぎ話といわれてるくらいに人の間では架空の存在だった」
「……黙れ」
兵士の優越に焦燥が混じり始める。
「あなたはシリスの、ううん、フィリアのことを調べていて、傀儡の指輪も用意して、野心があるビエルに話を持ちかけた。そうやって、レイハイストを混乱……いや、それだけじゃない、魔王を倒した一人、翡翠の魔女、フィリアの娘であるシリスを殺さず利用して潰そうともした。でも、なんだかすごい回りくどいというか、存在を出さないようにしているというか……魔族の力が強いなら、シリスを殺して、国も攻め滅ぼせば良かったよね」
「黙れ」
魔族の声が深く低くなっていく。焦燥を隠すように、恫喝の響きを込めて声を向けてきた。
だが、それでもノヴァは静かに続けた。ノヴァは魔族に向かって質問しているものの、本当のところは答えてもらおうと思っていなかった。ノヴァが見ているのは、その反応だった。それが何よりの答えとなる。
「ずっと気になってたの。ビエルの話を聞いて、何か裏にいるんだろうけど手の打ちようがないなぁって。実際隠れられたままなら、こっちはどうしようもなかった。なのに、今頃、こうしてわたしの前に現われてる。光の女王が憎くて、『インファータ』という名前のわたしを殺しに来たのは分かるけど、今になって直接動くんだって思って」
「…………」
今まで陽の光を怯えるように木々の闇にいた魔族が、一歩踏み出した。
それに気付いても、ノヴァは話を止めない。相手の動きに構えを取る必要はなかった――この魔族の兵士と相対した時から、戦う準備はすでに出来ている。
「ああ、いや、違うか。最初にあなたは『お前は何者だ』って言ったよね。つまり、わたしがインファータっていう名前かどうか初めは分からなかった。でも、こうして殺しに来たのは……もしかして、魔族の存在に気付いたから?」
ノヴァの声に、魔族がもう一歩踏み出す。
魔族の反応を……この話を嫌がっている事を見て、ノヴァは一人頷いた。話しつつ自分でも考えていたことだが、魔族の本質を落ち着いて把握してみれば不思議なことではない。その忍耐と用意周到さは、賞賛に値するかもしれないが。
「さっき『俺の存在を知られるわけにはいかない』っていったよね。分かった、そういうことか。魔族なんて存在しないと思われたほうが良かったから、だから今頃――」
「黙れぇええっ!!」
ノヴァの話を遮るように魔族が絶叫した――そして、
「っ!」
ノヴァは反射的に身体を回転させた。半歩、左足を後ろに引き、逸らした身体をかすめて手刀が突き抜ける。
魔族との距離は十分にあった。五メートル以上はあったはずだ。踏み込んできたなら、余裕で対応できた。
だが、魔族は一瞬で攻撃してきたのだ。五メートルの距離の間を、腕を伸ばして。
(いくらでも姿を変えられるって、そういうこと!?)
「ガァアアァアアアアアァァァアアアッッッ!!!」
続けざまに腕を伸ばし手刀を打ち付けてくる魔族に、ノヴァは胸中で悲鳴を上げながら反射神経だけで身体を動かした。手の甲で手刀を弾き、次の攻撃に備えて構える。
(なるほど、そうか)
すぐに気付くべきだった。違和感はずっと感じていたのだ。魔族の動きを見ながら、その正体が今になって分かる。
兵士――魔族は呼吸をしていなかった。
(考えてみれば、当たり前だよね)
真の魔族に実体はない。限りなく実体に近いが、本質は精神体。だから、いくらでも姿を変えられる。これも、本に書いてあったことだ。そして、肉体を持っていないという事は、呼吸を必要としないのも当たり前だった。




