第四章 光の後継者(1)
――それは、いつの時だっただろう。
「ふふ、もうほんとにシリスは甘えん坊ね。それじゃ、いつか一人で暮らすようになったときにどうするの?」
「いや! シリスはずっとお母さんと一緒にいる!」
微笑むお母さんの腰に、私は抱きついた。
「あらあら、困ったな」
優しく撫でてくれるお母さんの手の暖かさを感じながら、私は口を尖らせて反抗する。
「だって、お母さんはずっとここにいるんでしょ? だったら、シリスもずっとここにいるよ」
「お母さんは……」
お母さんは何かを言いかけて、口をつくんだ。
「お母さん?」
私が見つめると、お母さんはどこか悲しそうに微笑んで、
「ごめんね」
一言、私に謝った。
「どうして謝るの?」
私の問いかけにお母さんは微笑みで答えて、別のことを話し始めた。
「……シリス」
「なに?」
「シリスは自由に生きなさい」
「お母さん……?」
「もっと世界を見て、もっと色んな事を学んで……そして、もしお母さんが愛したこの国に大変なことが起きたら、その時は助けてあげて」
その時はお母さんの言っている言葉の意味は分からなかった。
「……うん、分かったよ、お母さん」
でも、お母さんの気持ちだけは分かって私は頷いた。
チチッ――――
どこからか小鳥の囀る声が聞こえ、シリスはゆっくりとまぶたを開けた。
見慣れた……でも、見慣れたくない石造りの天井が目に入る。それだけで木造である自分の家じゃないことはすぐに分かった。
(私は、まだここにいる)
昔、母が居た城。母が見守り幸せを願った街。母が愛した国。
でも、ここにあった母の思い出は全て消され、ここで眠ることさえ許されなかった。
(だったら、ここは私の居場所じゃない。お母さんのいる場所が私の居るところ)
私にはお母さんだけでいい。お母さんと一緒にあの家でずっと暮らすんだ。
帰らなきゃいけない。あの森へ……母が居るあの場所へ。
「――――帰らなきゃ」
「シリスッ!!」
シリスが呟くと同時に、短い白髪の少女が胸に飛び込んでくる。
「シリス、シリス……! よかった! よかったぁ……!」
「……ミリア?」
驚いて名前を呼び、人の姿となっているミリアに抱きつかれたままシリスはベッドから身体を起こした。
「シリス、名前……ぐすっ……あたしの名前呼んでくれたっ……うぅ」
「なにをいっているの、ミリア。名前なんていつも……」
そこまで話し、シリスははっと気づいた。震える指で、自分の口に手を当てる。
「私……喋ってる……自分の意志で……」
意識を操られている時は、自分の意志で喋ることすら出来なかった。おそらくはビエルが秘密の発覚を恐れ、喋る事を禁じていたのだろう。
「…………」
だんだんと意識が鮮明になってくる。それにともなって、溢れ出すように記憶も甦ってきた。
ミリアが掴まり、ビエルに指輪をはめられ……そして、自分は自分ではなくなった。意識はあっても自由に喋ることも動くこともできない操り人形。
それからの日々は苦痛そのものだった。ビエルに命じられ、ただ人々を脅す為に魔術を使うだけの生活。牢獄のような物置に住み、小さな窓から見える太陽を見つめ、月を見つめ、星を見つめ……この操られる日々がずっと続くと思っていた。
(……でも、そんな時)
突然、あの人は現われた。
戦いを拒む私の心を守るために、わざと「全力を出せ」と言ってくれ、私の全てを受け止め救ってくれた女の子。
あの人……あの少女の名は…………
「――おっはよう、目が覚めたみたいだね」
部屋の奥から声が聞こえ、シリスは視線を向けた。
窓からの陽の閃光を浴びながら、お日様のように微笑む少女――シリスは目に涙を浮かべながら、その少女の名を呼んだ。




