第零章
一対多数の戦いにおいて、森の中というのは悪い場所ではない。いや、むしろ有利な場所といえた。
ただし――
それは、相手が普通の人間だった場合だ。
少女は木々の間を駆け抜けながら、相手の位置を把握しようと意識を集中させた。
こんな見通しの悪い森の中、しかも走りながらでは目を頼ろうとするのは逆に危険だった。視線を周囲に向けながら、しかも木々を避けながらだと走るスピードが落ちてしまう。わずかでも動きが鈍れば相手の攻撃が当たりやすくなるということだ。一撃で致命傷になりかねない攻撃を放ってくる相手に対して、それはしてはならないことだった。
「――――っ」
鋭く息を吸い、少女は木を蹴り高く飛び上がった。瞬間、少女の下を『何か』が通り過ぎ、木を薙ぎ倒していく。
これじゃ、隠れることもできない――飛び上がった一瞬、倒れる木々の間に少女は視線を動かした。攻撃してきた方向、当然そこには相手がいる。気配だけで把握していた相手との距離を目で確認することによってより明確にし、少女は地に降りると同時に再び走り出した。
敵は一人ではない。その中で、一人一人を相手にするには何よりも他の敵との距離が大事だった。しかも、こちらを見失っても周囲の木々を薙ぎ払ってくる相手だ。戦っている最中に大木が降り注いできたらさすがにひとたまりもない。
手間取らず、一人を確実に倒すにはどれくらいの時間が必要か――迫ってくる敵――一人、二人――四人。いや、まだ居る。
相手を待つことはしない。こちらが動き、全ての敵を誘導して距離をコントロールする。そして――
ザッ――!!!
少女は急に身体の向きを変えた。迫ってくる相手に対して自分から近づく。
向かってくる少女に敵――生気のない顔をした男の兵士が立ち止まり右腕を上げた。距離は二十メートルはあるだろう。それだけある距離に、ただ腕を上げるという行為は普通なら何の意味も持たない。
――そう、普通の人間だったなら何の意味もないはずだった。
少女は鋭く息を吸い、一段走るスピードを上げた。身体を柔らかく、そして、意識を集中する。相手は見るが、それに固執しない。そうでなければ――
ヒュオッ!!
少女は走るスピードはそのままに、右手の甲で『目の前に来た手刀』を流し逸らした。『兵士が腕を伸ばし、手刀を打ち込んできたのだ』。
腕を伸ばし、足を伸ばし、大木を薙ぎ払うほどの力を持つ相手――そんな普通ではない敵と戦う場合、相手を見すぎると予想外の攻撃に反応できなくなる。どんなことにも対応できるようにしなければ、こちらがやられる。
続けて伸びてくる手刀を掻い潜り、少女はぐっと右足の親指に力を入れた。左右の腕は避けた、だとしても油断はしない。三本目、四本目の腕が出てこない保証はない。
ダンッ!と地を蹴り上げ、兵士の懐に入り――
――ィィン
透き通った音とともに腰の刃を閃かせた。通り過ぎ様に兵士の胴を薙ぎ、しかし、相手の状態を確認することなくそのまま走っていく。
この程度――胴を斬ったくらいで兵士が倒れないことは知っていた。これはただの時間稼ぎにすぎない。数秒動けなくなればいい。
(その数秒で倒しきるっ!)
内で吼え、少女は片刃の短剣――小太刀を構えなおした。瞬間、
ゴォッッ!!
木々が乱暴に薙ぎ払われ、大木が少女に降り注いだ。だが、それも予想の内だった。
それに、こちらにとっても好都合だ。降ってくる大木は自分の姿を消してくれる。つまり、相手に見られることなく近づくことができる。
少女はにっと笑った。本来なら上に跳んで避けたほうがいい。落ちてくる大木の下を潜り抜けるのはさすがに危険だ――と相手も考えるだろう。だったら、その大木自体を利用させてもらう。
「――風よ」
少女は囁き、身体に風の魔法を纏わせた。そのまま地を蹴り飛び上がり、
「こーいうのっは、どうかなっ!」
大木の中へと突っ込み、そして、ガッと大木を足で押し飛ばす。
ガッ! ガガッ!!
続けて二つ三つと押し飛ばし――だが、すぐに飛ばされた大木は横へと薙ぎ払われた。
腕を伸ばした兵士、先ほどと全く同じ顔の男の兵士が怒りの形相で落ちてくる大木を払ったのだ――その瞬間、
ィイン――
払った腕、身体の中心が開いた。一瞬といえど、少女にしてみれば十分な隙。
薙ぎ払われた大木の陰から現れた少女の剣線は、兵士の左肩から右の脇腹を抜けるように月の軌跡を描き、ざっと地を滑り膝をつくと振り向き様に逆手に持った小太刀を再び閃かせた。
黒煙を噴出す兵士、だが、その煙の中から手が伸びてくる。その手を小太刀で斬り裂き、少女は集中を重ねていった。戦っている後ろから先ほどの兵士が来ることは感じていた。だからこその準備はしてある。
キッと視線を向ける――と同時に、白の閃光が解き放たれた。
白閃は兵士二人を飲み込み、黒い煙とともに消していく。無詠唱魔術はまだ慣れないが、集中する時間さえあれば使うことができる。それに、体術が得意な自分にとっては意識すれば瞬間的に使える無詠唱魔術は使い勝手が良かった。
ふっと息をつき――少女はすっと身体を逸らした。その横を手刀が通り過ぎる。
(一息つける暇もない……いや、一息はついたけど)
自分で自分に突っ込みをいれつつ、だからといって相手が待ってくれるわけもなく。
少女は視線を向ける。木の陰からまた『同じ顔の兵士』が三人現れた。誰で誰が誰なのか名乗ってほしいところだったが、訊いたところで答えてくれないだろうし、答えてくれたとしても見分けがつく自信がない。
「面白いじゃない」
やるならとことん相手をしてやろう。戦いは望むところだ――とはいえ、
(まさか、こんなことになるなんてね)
少女は笑った。数時間前までは予想もしていなかった。
「女王っ!!!!」
兵士が憎悪の叫びを上げ、腕を上げた。腕が伸び――そして、指を伸ばし、五本の爪が眼球を抉ろうと、心臓を貫こうと襲い掛かってくる。
右足の親指に力をいれ、少女はザッと駆け出した。風を纏い、刃を閃かせ。
――そう、女王。
自分は望んで女王となり、そして、同時にお尋ね者になったのだ。




