好敵手と書いて友達と読む(7)
息をゆっくり吐き続け、集中を高める。もっともっと意識を鋭く、でも、身体は柔らかく。魔力の流れを、空気の流れを、全てを感じ、自分と一体にし――
「……炎の精霊よ」
綺麗で小さな声が囁いた。炎の高位魔術、炎竜が放たれた瞬間、世界が白で埋め尽くされる。
巨大な力、炎の奔流――その流れを、中心を感じ、掴み。
「――っ」
ノヴァは鋭く息を吸った。無意識に閉じていた目を開き、左手を振り抜く!
ゴガァアアアアアアアッッッ!!!
轟音と共に壁が吹き飛び、全てを焼き焦した。火花が散り、熱風が逆巻き、黒く炭となった壁の石が転がり――
喉を焼くような熱に咳き込みながら、アイリスとフロナはゆっくりと目を開き、少女を、ノヴァへと視線を向けた。
立ち込める煙と埃。あんな小さな少女が防ぎようがない強大な炎。助かりようが無い爆発と破壊。誰もがそう思っただろう。
しかし、
――ヒュォ
風が一陣、熱と煙を吹き飛ばし、そして、その涼風は周囲をも癒やし。
小さな少女、ノヴァは服がボロボロになりながらも腰に手を当て、にっと笑った。
「やっとできた~! やってみたかったんだよね、魔術弾き! あ~、すんごく大変できつかったけど、面白かった~!」
「……な……なな……」
絶句するビエルや兵士達。アイリスとフロナは安堵と共に苦笑し。
ノヴァは一歩踏み出すと、左足を前に、右足を後ろにして僅かに腰を落とし構えた。
「さて、じゃあ、終わらせようか、シリス。一発だけ殴るけど、勘弁してね」
「シ……シシシ……シリスッ、こ、殺せっ……あ、あいつをこ、殺せっ!」
命じられれば従うしかない、シリスの魔力は爆発的に上がり――だが、
ダッ――!
ノヴァは右足の親指で床を蹴り上げた。シリスの魔術構成は確かに速い、けれど、ノヴァの動きのほうがそれよりも速い。
懐に入り鳩尾に一撃入れる、それで全て終わる。ノヴァは駆け――その瞬間だった。
「待って! シリスを傷つけないでっ!!」
女の子の声が響き渡った。
「っ!?」
ノヴァはダンッと踏みとどまり、声と共に飛び込んで来る白い子猫を抱き止め――だが、シリスの魔術は止まることなく。
防ぐことはできない、猫を抱いたままでは弾くこともできない。避ける時間もない。
「――――」
考えるよりも先に身体が動く。足を蹴り上げ後ろに退きながら、自分ができる最大の風の障壁を展開する。
「……炎の精霊よ」
囁く声が力となり、白き閃光が全てを包み――
ゴガァアアアアアアアアアアアアッッ!!!
壁を床を焼き壊し、熱風が荒れ、火花を散らし、周囲を黒き灰とし。
炎の奔流が全てを……少女も猫も、その全てを消し去った。
「…………は……ははっ……」
壊れた大きな壁、何も無くなった穴を見つめ、ビエルは身体を震わせながら口を開けた。
「はははははっ! ガキが、ガキが消えた! 消し飛んだ! ははははははっっ!!」
誰もが黙る王の間で、ビエルの哄笑だけが響き渡る。
その笑いはいつまでも続き――一つだけ、たった一つだけ。
静かに、シリスだけが一粒の涙を流した。
――――――――――
――ガラ
外に落ちた瓦礫の山……その山が一つ二つと崩れていき。
「――ぷはっ! あ~~、死ぬかと思ったぁ~」
ノヴァは瓦礫をどかしながら身体を起こす。
魔術を放たれたあの瞬間、床にあった石を蹴り上げシリスの腕に当て、僅かに炎の軌道を逸らし、そして、全力の障壁で魔術の勢いに逆らわず吹き飛ばされ、瓦礫の上に落ちた。
左手で抱き留めている子猫を見る。気を失っているようだが、怪我などをしていないことにほっと安心する。
「死にそうになったんだから、ちゃんと理由を聞かせてよね、子猫さん」
右手の指で頭をちょんちょんと撫で、ノヴァは立ち上がった。周囲からは声が聞こえ、だんだんと大きくなってきている。大騒ぎになる前に、離れたほうがいいだろう。
「風よ」
身体に風を纏い、宙に浮く。これも普通の魔術の使い方じゃないそうなのだが……それはともかく。
ノヴァは空を飛び、城を離れた。
(ごめんね、少しだけ待っててね、シリス)
王の間へと顔を向け、心でそれだけを呟き伝えて。




