1-8 巻数の意味
夕方のギルドは、依頼を終えた冒険者たちで、朝よりさらに騒がしかった。魔力切れの気だるさを少し引きずりながら、俺は今日の薬草を抱えて、買取窓口に並んだ。
「薬草の買取? さっさと並べて」
今朝、冒険者登録をしてくれためっちゃ美人でスタイルがいい水色髪のお姉さんが、俺の前に並んでいる冒険者が取り出した薬草を、作業台に丁寧に広げていく。慣れた手つきで1本ずつ検分し、右の箱、左の箱、と仕分けていく。俺は何気なくそれを眺めながら、そっと「見た」。
糸。
仕分けの手元に、意識を集中する。糸が無い薬草は、右の粗末な木箱へ。3巻の薬草は、左のしっかりした木箱へ。そして5巻の薬草は、背後のキレイな布が敷かれた木箱へ。
やはり俺の考えは合っていたようだ。
糸が多く巻いた薬草ほど、高い等級の箱に入っている。職員は葉を触って、色や張りで見分けているようだが、俺の目には答えが最初から見えている。巻数が、そのまま品質なのだ。
俺の番が来た。きれいなお姉さんに少し緊張しながら進んだ。
「はい次。──何、今朝の子じゃん。迷子の受付は向こうに行って」
「違います。買取です」
「……あっそ」
お姉さんがスイスイと仕分けしていく。口は悪いが、買取の目利きの腕は確かなようだ。それにしても、スタイルいいな。そんなに前かがみの姿勢で仕分けされると、ちょっと目のやり場に困る。6歳児の目線の高さ、恐るべしだ。俺はすぐに視線を天井へ逃がした。これは事故だ。故意ではない。断じて、立場を利用したセクハラではないぞ。
「下級が20本で2,000ゼナ、中級が1本で3,000ゼナ。合わせて5,000ゼナ」
中級1本が、下級20本を上回った。300ゼナどころか、3,000ゼナとは。1巻で薬草の効能がそんなに上がると言うことか。『巻数が品質。多いほど上等』と俺はメモ帳に書き留めた。
俺はノルと一緒に窓口を離れながら、ふと、酒場側の冒険者たちを「見た」。
なるほど、誰の体にも光る白い糸が巻いている。町で見た人たちよりは巻数が多い。だが、それでも20巻程度。間隔を空けて、ゆるく巻かれている者がほとんどだ。屈強そうな一団でも、せいぜい30巻くらいか。
それから改めて、隣の大男を見上げた。目が合う。
ノルの糸は、間隔が空いてない。100巻以上の糸が全身、隙間なく巻き付いている。並みの冒険者とは比べ物にならない。3巻100ゼナが5巻で3,000ゼナになるほど、1巻の価値が高いのであれば、この男は本来、そこらの冒険者とはレベルが違う「品質」なのではないだろうか。魔力があって、糸が光ってさえいたら……。
「主……人の顔を見て黙り込むな」
「あ、悪い。ノルって実はすごいんだなあと思って」
「意味がわからん」
意味がわからないのはこっちだ。なぜこれほどの糸を持つ男が、30万ゼナで売られていたのか。奴隷商界隈の査定は、いい加減すぎるのではないだろうか。いや、査定は正しいのか。今は使えないんだから。
もちろん、戦闘の強さは魔力の量や品質だけではなく、力とか剣技とか色々な要素があるのだろう。だが、それでもこの糸の量は桁違いすぎる。
試しに自分を見てみたが、自分の糸は見えなかった。そういうスキルの仕様なのか、転生の作用なのかはわからないが、ガッカリしたようなホッとしたような複雑な気持ちだ。
さて、浮かれてばかりもいられない。宿に戻って、俺はメモ帳と向き合った。
本日の収入、5,000ゼナ。対して支出は、朝の買い物一式、弁当代600、これから夕食と大部屋代。そしてノルへの日給3,000は、宣言通り、今日から未払い賃金証書を渡す。
売上は立った。だが初日で服や道具の初期費用が嵩んだため、どう見ても赤字だ。しかも未払い賃金の残高は、今日から毎日、確実に膨らんでいく。証書を書くたび、紙の上でノルへの借りが増えていく計算だ。いつまでも続けるつもりはない。
冷静に収支を見直すと、削れるところは削らねばならない。宿はこれ以上、下がない。証書の金額は法定額で不可侵。となれば──食費だ。
夕食の席で、俺は重い口を開いた。
「ノル。悪いけど、今夜の夕食は全部盛りじゃなくて……普通定食の大盛りにしてもらえないか。収入が増えたら見直すから」
3,000ゼナから、1,200ゼナへ。経費削減の告知だ。直前のアナウンスで申し訳ないが、福利厚生の水準は財務状況に連動する。俺が破産したら元も子もない。
「問題ない」
ノルは即答した。またいつもの心底どうでもよさそうな表情に戻っている。
「元々、あんたの食わせ方が異常なんだ。普通、奴隷は残飯だ」
「そんなことは許さない。うちの就業規則では」
「しゅうぎょう……?」
「まだ書いてないけど、いずれ書く俺たちのルールだよ」
運ばれてきた普通定食(大盛り)を、ノルはやはり黙々と、きれいに平らげていく。俺は今日もパンとスープだ。6歳の体には問題ないが、今後は俺の食費も上がるだろう。頭が痛い。
──視界に、ぬっと大きな手が入ってきた。
ノルの手が、自分の皿から肉を2切れ、俺のパンの皿に載せた。
「え」
「……肉は、身体を作るために必要だ」
それだけ言って、ノルは何事もなかったように食事に戻った。
俺は皿の上の肉を見た。雇用主の飯を心配する奴隷が、どこの世界にいる。これは受け取っていいのだろうか。贈収賄罪には当たらないとしても利益供与で懲戒対象に──いや、違う。これは業務じゃない。ただの、同僚の差し入れだ。というか、もうノルは、相棒と言った方が近いのかもしれない。
「ありがと……いただきます」
肉は、少し冷めていたが、うまかった。
昨日と同じ酸っぱい大部屋に戻り、壁のランプの薄明かりの中で、俺はメモ帳のページの下半分に証書を書き、控えの上半分を残して、ビリビリと破り取った。
「ノル、今日の給料です」
『未払い賃金証書 第1号』。昼間の見本と同じ様式、ただし今度は本物だ。
「……そうか」
一言だけ言うと、ノルは無言で受け取った。だが、見もせずに無造作に胸元へ入れる。まあいいか。今朝の態度を思い出すと、受け取ってもらえただけでも進歩だ。
メモ帳に未払い賃金台帳のページを作る。1行目には3,000ゼナ。明日には2行目が増える。単なる数字ではなく、俺のノルへの借金だ。できるだけ早く、耳を揃えて返したい。全部盛りを毎日頼める経営にしたい。証書なんかじゃなく、この手で、ちゃんと給料を渡したい。
使用者としての、俺の責任だ。




