1-7 糸の正体
ふわり、ふわりと、揺れている。
目を開けると、一番に夕暮れの空が見えた。頬に当たるのは、がっしりした肩。俺はノルの片腕に、赤ん坊みたいに縦抱きにされて、街道を運ばれていた。
「……あれ、俺」
「起きたか」
ノルは歩きながら、静かに言った。
「スキルの使いすぎだ。魔力が切れると、ああなる。子供の魔力量は多くない」
「魔力切れ……」
「死にはしない。寝れば戻る。だが、切れる寸前まで使うな」
なるほど、便利な力にも限界があるということか。ガス欠したら強制シャットダウン。スマホみたいに「バッテリー残量が20%です」という便利な警告メッセージは流れないなら、自分で限界を探るしかないようだ。
「……ねぇ、俺の籠は」
「ちゃんと持ってきた」
ノルが顎で示した先、反対の手に籠がぶら下がっていた。こぼれていない。ちゃんと大きな葉っぱにくるまれた薬草も入っている。3巻の薬草を20本は摘んだから、2,000ゼナにはなるはずだ。少しでも収入があると嬉しい。
「ノル。魔力とかスキルとか、俺、基本がわかってないんだ。教えてくれない?」
抱えられたまま受ける講義というのも情けないが、聞けるときに聞いておかないと自分の首を絞めるのが新人だ。ノルの説明は簡潔で、要点が整理されていた。騎士時代に、後輩指導の経験でもあるのだろうか。
いわく──この世界のほとんどの人間には魔力があり、触れると作動する生活魔道具くらいなら誰でも使える。これで水を出したり、火を点けたりする。
魔力量が多ければ、大きな結界を張る複雑な魔道具や、自動魔道人形が長時間使えるので、どこででも重宝される。ただし、そういう魔道具は高級品で貴族しか持っていない。メイド人形があれば、是非、見てみたいものだ。
一方、スキルは全くの別物で、生まれつきの固有能力らしい。持っているのは数十人に一人か二人。神殿にある水晶でしか鑑定できず、内容は千差万別。炎スキルや身体強化スキルのような戦闘に有用なスキルから、織物スキルや鍛冶スキルなどの生産系、錬金スキルや製薬スキルまで数千種類あるという。
「じゃあ、俺の『クリマ糸』も、その数千のどれかってことか」
「……いや、少し違う」
ノルは少し黙ってから、続けた。
「ハッキリと表に出てはいないが、神殿はスキルをランク付けしている。数千のスキルのほとんどはE~Dランクだ。だが、主のような探索や鑑定に使えるスキルだとAランクは確定だ。だから隠せと言った。神殿に見つかるとやっかいだ」
Aランクの上にはSランクがあり、未来予知、集団転移、天候操作、詳細鑑定などが歴史的に記録されているという。国を盛衰を左右してきた歴史がある以上、大陸全土に組織がある神殿が管理するのもしょうがない部分もあるらしい。
神殿については、聞いても含みのある答え方だった。内部情報は少なく、「目を付けられたら終わり」という程度が一般的な認識のようだ。まあいいか。スキルに関する情報管理に気を付ければいいだけだ。
総務歴10年としては、情報管理には自信がある。
「機密性」は、俺がノル以外に話さなければよし。
「完全性」はこれから検証して、スキルのデータを正確に把握すればよし。
「可用性」は……俺が生きていればいいだけだな。
3つとも問題ないが、異世界でも俺のリスク管理は続くようだ。監査が無いからマシだけど。
「ノルのスキルは? 命令じゃないから嫌なら言わなくてもいいよ」
「…………紅焔刃というBランクのスキルだ」
ノルは、少し口ごもってから教えてくれた。
「それって戦闘に使うスキルなの?」
「炎を剣にまとわせることができる。対人でも対魔物でも強い」
ノルが差し出してきた冒険者カードにも「スキル:紅焔刃」と刻まれている。
だが、ドラゴンブレスに焼かれて魔力が無くなってからは、スキルも使えなくなったらしい。それが犯罪奴隷に落ちたきっかけの一つであろうことは、何も聞かなくてもわかる。
あの左肩の絡まりの糸玉や、糸が巻き付いていない部分を何とかできたら、ノルの魔力が復活する気がする。だが今の俺は、ノルの左腕をそっと撫でることしかできなかった。ノルはそんな俺を、「今は痛くはないぞ?」と怪訝そうな顔で眺めていた。
ルーデンの門が見えてきた。俺は「もう大丈夫」と申告して降ろしてもらった。魔力切れの体は、休息で回復するようだ。だるさは残るが、歩けないほどではない。
せっかくなので、俺は歩きながら「見る」練習をすることにした。『糸』と念じて、短く数秒だけ辺りを見回す。ガス欠に気を付ける。学習する男、それが俺だ。
町の中は、発見の連続だった。
まず、人には白く光る糸が巻き付いている。だいたい5~10巻くらい。
建物には、糸は巻きついていない。石壁も、木の柱も、何もなし。だが、たまに糸の巻き付いた扉がある。石造りの頑丈そうな建物の扉に光る白い糸。なんだあれは。
屋台の売り物も、ほとんどは何もなし。なのに、果物の山の中の数個と、反物屋の布の一部に、白い細い糸が光っている。
そして、道具屋のウインドウ。魔道ランプや魔道コンロが並ぶ棚──あそこだけは、全部にきれいに巻きついていた。
「ノル。魔道具って、魔力で動くんだよね?」
「そうだ」
「さっきアレが見える扉があったんだ。鍵が魔道具だったりするのかな」
「魔法錠だろうな。高級品だ」
「果物も、あの赤いやつ」
「魔力を含む土地で育った作物は、味が良くなり高く売れると聞く」
……なるほど理解した。
「クリマ糸」じゃない、「クリ魔糸」だ。
糸が見えるのは、魔力が関係するものだけだ。人、魔道具、薬草、魔獣──糸は魔力の流れそのものなのだ。つまり俺の目は、この世界の「魔力鑑定器」なのだ。
そして、ノルには魔力の流れる道はある。だが、光っていないということはその道が通行止めになっているということなのかもしれない。
ということは、もしも、ノルの左手の糸を繋ぐことできたら、あるいは……
日はもう傾いていたが、ギルドの買取窓口はまだ開いている時間だ。
「ノル、このままギルドに行こう。薬草を買い取ってもらいたいんだ」
「休まなくていいのか?」
ノルが無表情のまま俺の顔を覗き込む。
今朝までの態度は何だったのかと文句を言いたくなるほど、半日でノルが俺を気にしてくれるようになった。給料の話のせいか。キンネ少年の両親の話のせいか。それとも、便利なスキルを持った稼げる主人だと見直してもらえたのだろうか。理由はわからない。
「もう大丈夫。ノルが運んでくれたから休憩できたよ。ありがとうね」
ノルの手を引っ張って、ギルドへ向かう。
俺は籠の中の、あの5巻の薬草が包まれた大きな葉っぱを見た。
それに、こいつがいくらになるのか確認しないと、今日の収支をメモできないではないか。3巻が100ゼナなら、5巻は167ゼナなのか、300ゼナくらいになるのか。うーん、楽しみだ。
明日も2話、投稿します。
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