1-6 白い糸
糸。糸。糸。
念じながら周囲を見回した俺は、息を呑んだ。
見える。草原のところどころに、白い糸のようなものが、ぼんやりと光って見える。よく見れば、それは特定の草に巻き付いていた。細い光の糸が、葉の根元から葉先に向かってくるくると。
遠くの方では、巻き付いた糸が跳ねながら移動している。あれは、さっきノルが気を付けろと教えてくれた一角草兎か?
籠の中の俺が集めた薬草(暫定)を見ると巻き付いている草と、いない草がある。もしかして、これが……。
俺は光る白い糸が巻いた草に駆け寄り、葉の形を確かめた。ギザギザの数、葉脈の走り方──ギルドの見本と、完全に一致する。薬草だ。間違いない。
後ろを向いて、ついてきたノルを見上げる。
そして、改めて驚いた。
すごい密度だった。薬草に巻きついている糸は、クルクルと3巻している程度だ。だがノルの体の糸は、腕にも足にも胴にも、何周も巻き付いている。まるで細い横縞の全身タイツを着ているみたいで、ちょっと面白い。
だが、おかしな点が2つ。
1つは、左腕の肩下から手首の間の糸が途切れている。全身タイツが、左手だけ空白なのだ。そして、左肩のあたりで、糸がぐちゃぐちゃに絡まって団子になった10センチほどの塊があった。
もう1つは、ノルの糸は光っていなかった。薬草や魔獣に巻き付いた糸は淡く光っているのに、ノルの糸は光ってない。
「ノルの左手、糸が切れてるみたいなんだけど。それに、ノルの糸は光ってない」
深く考えずに見たままを口にすると、ノルが怪訝そうな顔をした。
「クリマイトって、糸が見えるスキルみたいなんだよ。『糸』って考えると光る白い糸が薬草に巻き付いてるのが見える。あっちの一角草兎にも見えたよ。でもさ、ノルに巻き付いている糸は光ってないし、この辺だけ切れてしまってるから不思議で」
俺がノルの空白地帯を触って教えると、ノルの顔色が変わった。
「主……今、何と言った」
「え、だから、ここからここまで、白い糸が切れてるんだよ。で、この辺にぐちゃぐちゃに絡まった塊が──」
「ここは、ドラゴンブレスで焼かれた場所だ」
「ドラゴン? え、ノルって竜殺し(ドラゴンスレイヤー)なの?」
「ドラゴンは倒せたが、最後にここを焼かれて魔力を失った。なぜ、服の上からわかるんだ。そんなスキルは、聞いたことがない」
低い声だった。ノルは素早く周囲を見渡し、誰もいないのを確かめてから、俺の前に片膝をついた。目の高さが合う。初めてかもしれない、こんなに近くで目を合わせるのは。
「主。それは、誰にも言ってはいけない」
「……どうして?」
「噂が広まるだけで、危険だ。神殿が主を捕まえに来るぞ。ギルドでも、宿でも、食堂でも、今後は絶対に俺以外の人間の前で、糸の話はするんじゃない。わかったか」
有無を言わせぬ緊迫した圧だった。俺は、こくこくと頷いた。
神殿。囲われそうになった少年の記憶が、頭をよぎる。
「神殿」というからには、神を崇拝する宗教組織なのだろうが、かなりやっかいな相手のようだ。珍しいスキル持ちを単純に好待遇で迎えるのなら、少年の両親やノルが警戒するわけがない。スキルを占有するために軟禁されるのか、実験に使われるのか、とにかくあまり喜ばしくない扱いを受けるのだろう。神殿や宗教についての情報も集めなければならないな。
そして、「クリマ糸」というスキルは、要配慮個人情報──つまりセンシティブ扱いな情報なわけだ。アクセス権限とパスワードの強化が必要なやつ。俺の得意分野だから、守秘義務は問題ない。
それより、籠の中の薬草(暫定)が大問題だ。当たり2本、ハズレ5本。今日の収入が200ゼナになるところだった。危ない。これから巻き返さなければ。
「ノル! 俺、薬草がわかる! 巻いてるやつが薬草だ!」
「……そうか」
ノルの返事は素っ気なかったが、俺はもう走り出していた。
糸を探す。見つけて摘んで籠に入れる。
次。あっちにも光ってる。摘んで籠に入れる。
次。丘の斜面に2本まとまって生えているのを見つけて、小走りに駆け寄る。
摘む。摘む。摘む。
楽しい。なんだこれは。
すっごく楽しいぞ。
宝探しとスタンプラリーを同時にやっているみたいだ。目に見える正解を、拾って集めるだけで金になる。段々と100円玉を拾い集めているような気がした。摘むたびにチャリンチャリンと幻の効果音まで聞こえてくる。
籠がどんどん重くなる。10本、15本。
途中、糸が5巻きしている薬草を見つけた。巻き数が多いということは、レア薬草の予感がする。今まで摘んだ薬草と比べると、葉っぱの数が多くて一回り大きい。丁寧に大きな葉っぱに包んで、籠の一番上に置いた。
日が傾き始めていた。あと少し。妙に喉が渇いてきたけど、あの岩場の向こうにも白い光が──
ふいに、視界が暗転した。
膝から力が抜ける。傾いていく視界の端で、ノルが弾かれたように駆けてくるのが見えた。地面にぶつかる衝撃の代わりに、大きくて頼りになる腕の感触に包まれる。
ああ、籠。薬草、こぼれてないといいけど。
それが最後の思考だった。




